第5話
「なるほど? カイト様とローラがイチャイチャしていたおかげで、水の精霊の歓心を買うことができた、ということでしょうか」
「……違う、と言いたいが、あながち間違っていないんだよなぁ……」
夕方、岩山から舞い降り、ダンジョンに戻ったカイトたちはフィア、ヒカリと合流していた。経緯を聞いて少し不機嫌そうなフィアだったが、仕方なさそうに吐息をつき、視線を彼の手に向ける。
そこには、水の精霊から譲り受けた卵がある。
「ローラとの浮気のことはさておき、そちらですが……」
「むぅ、姉さま、浮気じゃないよぅ。兄さまが二股かけているだけ」
「……それは事実だが、言葉を選んでくれ……」
弱り切った声で言うと、フィアとローラは揃ってくすりと笑い、両脇から腕に抱きついてくる。その様子をヒカリが苦笑い交じりに告げる。
「観念するべきでしょうね。カイトさん」
「まあ、二人はきっちり幸せにするつもりだけどさ」
それなら、二股の評価も甘んじて受けよう。
思考を切り替え、すぐにカイトは手元に卵を見やる。
「んで、この卵だけど、孵すには水につける必要があるらしい」
「水の精霊の卵……こういうのを見るのは、私も初めてだな」
ソフィーティアは興味津々に手の中を覗き込む。その卵は無色透明で柔らかい。ひんやりとしていて、手の中で溶けだしてしまいそうだ。
「ソフィーティア、ここから生まれるのは水の精霊――ウィンディーネ、というべきかな」
「そうだな。力は、あの精霊様よりも弱く感じるが……十分に、水の精霊としての力を感じる」
「じゃあ、言うなら上の精霊は、精霊王、とでも言うべきかな」
「言い得て妙だな。そうかもしれない」
雑談をしているうちに、カイトたちは迷宮に辿り着く。半分が水に侵された迷宮に辿り着くと、カイトはその場でしゃがみ込む。
「じゃあ――水に入れてみるぞ」
その言葉に少女たちは頷きながら、その手元に視線を注ぐ。その中でそっと冷たい水の中に掌を差し込む。瞬間、ぷるぷると掌の中で卵が揺れていく。
まるで、周りの水を吸い込むように、卵は震えながら大きくなる。
「お、お……これは……」
「すごいな。まるで、進化だ」
ソフィーティアのつぶやきと共に、卵はぐにゃぐにゃと形を変えていく。まるで、最適な姿かたちを探すように。
やがて、それはカイトの目の前で、水の中で一人の少女の姿を形どった。
ぺたん、とその場で座り込み、見上げてくる少女の姿はあどけない。幼気な顔つきをした彼女はぼんやりとした眼差しでカイトを見つめ、手を握りしめる。
そして、淡い微笑みと共に小さく囁いた。
「こん、にちは……お父さん……」
「あ、ああ……こんにちは。マナウ」
彼女の名を呼ぶと、嬉しそうに水の少女、マナウは表情を綻ばせる。カイトも釣られて笑みをこぼし――。
その肩に、ぐい、と小さな指先が背後から食い込んできた。
「……ふ、ふふ、ふふふふ……」
「どうした、フィア、笑い方が怖いぞ」
「い、いえ、何でもありません……カイト様が、子持ち……子連れ……」
壊れたように、不気味な笑みをこぼすフィア。ローラはその肩を軽く叩きながら苦笑いを浮かべる。
「しっかりして、姉さま、別に浮気とかじゃないから」
「分かっていますけど……! 内心、複雑なんです……っ!」
フィアが泣き出しそうな声で言い、ローラがそれをなだめている――ふと、そんな中で、マナウの視線がゆっくりとローラに向けられる。
そして、可憐に緩んだ笑みと共に、手を伸ばす。
「あ、お母さん……こんにちは……」
ぴしり、とその場が凍り付いた。想定外の言葉にフィアとローラも固まる。ヒカリも引きつった表情を浮かべ――ソフィーティアだけが納得したように頷く。
「ふむ、確かに上流の精霊はローラにそっくりな形をしていたからな」
その言葉と共に、背後から嫌な気配が立ち上る。やり場のない怒りを立ち上らせるフィア。それに危機感が覚えたのか、ローラはマナウに近寄り、慌ててしゃがみ込む。
「えっとね、マナウ、私は貴方のお母さんじゃなくて……」
「ふぇ……っ? 違う、の……っ」
たちまち、ぐすっ、と涙目になるマナウ。その仕草にローラはうぐ、と言葉を詰まらせ、視線を彷徨わせる。だが、マナウの縋るような目つきに気づくと、ぐっと唇を引き結ぶ。そして、緩やかな笑みを浮かべた。
「……そうだね。私が、マナウのお母さんだね」
「あは……っ!」
ぱっと晴れるような笑顔を浮かべるマナウ。えへへ、と嬉しそうにカイトとローラの手を取るマナウは嬉しそうに無邪気な笑みをこぼす。
「お父さんとお母さん、仲良し!」
「ああ、仲良しだぞ」
「ん、そうだね。ふふっ」
三人で和気藹々とする雰囲気の中、背後では、凄まじく剣呑な空気が立ち上っていた。
「ううぅ……っ、ヒカリさん、やり場のない怒りを、どうすれば……っ!」
「落ち着いて、フィアさんっ!」
「そうだぞ、フィアルマ殿、そんな激しく地団駄すれば、地面が抜ける……っ!」
背後から響き渡る地鳴りに冷汗をこぼしつつ、カイトはローラを見やる。
「ローラ、しばらくマナウの相手を頼んでいいか」
「あ、うん、わかった……姉さまをよろしくね、兄さま」
ローラは申し訳なさそうに眉を下げながら、マナウの手を取ってにっこりと微笑む。
「じゃあ、お母さんと一緒に遊びましょ。マナウ」
「うんっ、あれ、お父さんは?」
「お父さんはね、これからお仕事だから。とても、大変なお仕事」
(……ああ、本当にな)
苦笑い交じりに立ち上がると、マナウがにっこりと笑って手を振ってくれる。それに励まされて振り返った。
その後、拗ねに拗ねまくったフィアの機嫌を取るのに、半日ぐらい時間が掛かった。
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