第2話
「以上が、これからの食糧計画だ」
「……なるほどな」
地上のエルフ村。そこには一件、一際大きな建物が建てられていた。
二階建ての立派なログハウス。応接間や客間まである、宿の次に立派な建物。木の温もり溢れる応接間に、カイトたちは集まっていた。
集ったのは、フィア、ヒカリ、ソフィーティア。四人で机を囲み、今後の計画を話し合う。ソフィーティアが示した計画に、カイトは一つ頷いて視線を上げる。
「――現在、112人か。地上の食料は、これで間に合うのか?」
「畑の開墾が予定通りいけば。何か、不測の事態があれば、カイト殿のポイント頼みになるかもしれない。正直、ここまで増えるとは思っていなかったからな」
「……それは同感だ。全く、あの〈組織〉は」
カイトとソフィーティアは視線を合わせ、思わずげんなりとする。
この村の112名のうち、50名近くは人身売買組織から救い出した子たちだ。主に獣人だが、ドウェルグやエルフも交じっている。
保護したことに悔いはないが、現実的な食糧問題はこうして差し迫っている。
「――あの子たちの心のケアはどうだ?」
「大分、改善されているよ。見てみるか」
ソフィーティアは微笑みながら立ち上がり、応接間の窓を指さす。カイトは立ち上がり、そこから外を見やると――そこでは、元気に動き回る獣人の子たちがいる。
エルフたちの手伝いをしているのか、果樹園でせっせと動き回る犬耳、猫耳の子供たち。エルフたちも面倒見良くそれらを見ている。
「入ってきたのが、子供たちでよかった。心の復帰も早い。年頃の娘も多いが、その子たちも徐々に慣れてきて、焼き場で働いてくれている子もいるよ」
ソフィーティアは腕を組み、優しそうな目つきを注ぐ。その視線は、どちらかというと、同胞のエルフたちに向いている気がした。
カイトがその視線を追いかけると、彼女は少しだけ苦笑いをこぼす。
「本当は、エルフはとても排他的なんだ。誇り高き長寿の一族だからな。だが、同じカイト殿に救われた身で、追われてきた子たちに寛容になっているらしい。いい兆候だよ。もっと胸襟を開き、広く接するべきだと私は思う」
「同感だよ。ソフィーティア。何より、みんなが笑顔であることが一番だ」
「違いないな」
カイトとソフィーティアは笑みを交わし合う。金髪のエルフの女性は端正な顔に無邪気な笑みを浮かべ、軽くカイトの肩を叩く。
「これからも頼りにしているぞ。カイト殿」
「ん、こちらこそ。ソフィーティア」
その二人の後ろでは、フィアがわずかにむぅ、と唇を尖らせる。ヒカリは少しだけ苦笑いを浮かべて声を掛ける。
「大変だね。フィアさんも」
「本当です……分かっていても、やきもきします」
「おっと、それは悪いことをしたな。フィアルマ殿」
くすりと笑い、ソフィーティアは椅子に戻る。カイトもフィアの隣に戻ると、ぽん、とその頭に手を載せ、埋め合わせをするように髪を撫でる。
それだけでご満悦そうに喉を鳴らすフィアに表情を緩めながら、ヒカリに視線を移す。
「あと、聞いておくのは――エステルの、ことだけど」
その名を聞いて、ヒカリとソフィーティアは揃って顔を曇らせた。その反応に、カイトは吐息をついて目をつむる。
「……当然だな」
エステルは、勇者撃退後、村の一角で療養していた。
傷はポイントですでに治っている。ただ、それでも治せないところがある――それは、心の傷だ。彼女は目の前で部下を失ったことに、心をひどく傷つけていた。
(特に――目の前で、庇って死んでいった仲間たちがいたからな)
彼女は兵長として、魔物たちと距離が近く、親睦もあった。その友人たちが次々に目の前で無残に殺されていく――とても、言葉では表せない惨劇だ。
不意にカイトの胸がずきりと痛み、脳裏に閃光のように過去の光景が蘇る。
飛び散った血潮。血だまりに沈む身体。突き立ったナイフ――。
自分の手は血に染まり、冷たく身体が震えている。その手に握られているのは刃――。
不意に、そっと手を握られる。その柔らかい感触に我に返ると、フィアが顔を覗き込みながら、眉尻をへにゃりと下げていた。心配そうな眼差しを見つめ返す。
柔らかい手を握り返す。そこに、無機質な刃は、ない。
「……大丈夫そうですか?」
フィアはそっと肩に手を置いて優しい声で訊ねてくる。ん、と軽くカイトは頷いた。
「ありがと、フィア」
フィアは、ローラと共にカイトの過去の一端を知っている。
だからこそ、カイトの心の内を察したのだろう、傍で寄り添って温もりを分かち合ってくれる。その優しい心配りに感謝しながら、カイトは視線を上げた。
何も事情を知らないヒカリとソフィーティアは、心配そうにカイトを見つめている。それに応えるべく、カイトは笑みを返した。
「二人ともごめん。大丈夫だ――問題ない」
そう答えて咳払いを一つ。目を細めてヒカリに告げる。
「手間をかけて申し訳ないけど、エステルは辛抱強く接してやって欲しい。彼女に一番必要なのは、優しさと時間だ――多分、ヒカリが一番、適任だと思う」
「え、ええ……大丈夫、ですけど……カイトさん? なんだか……」
ヒカリは言葉に迷うように視線を彷徨わせ、ソフィーティアを見る。だが、彼女は何かを察したように首を振った。
「――ヒカリ様、言うのは野暮です。命にも年輪はある。だがそれを知るには木を斬らなければならない……エルフの格言です」
どうやら、ソフィーティアは何となく察してくれたらしい。さすが、ヘカテに次ぐ年長者だけはある。軽く謝意を示すように頭を下げると、苦笑いを浮かべた。
「すまない……どうにも感情移入してしまう。一人は、辛いからな」
「ああ、分かった。カイト殿も、苦労しているようだな」
「エステルに比べれば、生易しいかもしれないな。彼女は、強いよ」
(――彼女は逃げていない。自分と、向き合っているはずだから)
カイトは、一度、逃げてしまった。結果的に、生き延びてはいるのだが。
彼の物憂げな眼差しにわずかに戸惑っていたが、すぐに頷いて微笑んで見せた。
「分かりました。最善を尽くします」
「ありがとう――よし、じゃあ他に村関係で話しておくことはあったかな」
「んっと……特には、ないよね、ソフィ」
「ああ、また何かあったら報告書をあげる」
「……そうか。特にないのか。水関係も?」
「水、関係?」
困惑したようにヒカリは首を傾げる。ソフィーティアはわずかに眉を寄せて少し考え込んでいたが、ふむ、と口を開く。
「……確かに。考えてみれば、それはおかしいな」
「さすが、ソフィーティア。頭の回転が速いな」
ヒカリとフィアはまだ理解できていない。きょとんとした二人に対し、ソフィーティアは説明を加える。
「地下迷宮が浸水被害を受けているのは知っているだろう? 突貫工事で地盤が緩んだのが原因のはずだ。その水は恐らく山の水源から来ているはずだが……仮にそうだとしたら、この村で異常がないのが逆におかしい」
「……ごめん、ソフィ、まだ理解できない」
「結論から先に言います。ヒカリ様――本来なら、川の水位が減るはずなんです」
その言葉にそういえば、とヒカリとフィアが目を見開く。特に、ヒカリは迷宮の面積をよく知っている。唇を噛み、思考を巡らせて頷く。
「うん、おかしい……というか、考えてみれば、前々からおかしかった」
「そう、おかしすぎる。前々の状況も、この状況も」
二人の言葉に、フィアは首を傾げ、ソフィーティアはわずかに片眉を吊り上げる。その魔物娘たちを見やり、カイトは言葉を続けた。
「だから、今回、調査を行きたいと思う。ソフィーティアを、借りても構わないか? ヒカリ」
「うん、こういう調査ならエルフの手があった方がいいと思う」
カイトとヒカリは大きく頷き合う。フィアはカイトの横顔を見つめて訊ねる。
「調査――川の調査、ということですか?」
「というか、その大本だよ。フィア」
カイトは窓の外を指さす。そこから見えるのは岩肌――。
ダンジョンの洞窟がある、岩山。その頂上を指さし、はっきりと告げる。
「頂上の水源を、調査したいんだ」
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