はずれボス娘と過ごすダンジョン生活
アレセイア
第一部
序章 ハジマリの出会い
第1話
「初めまして――こんにちは」
そっと優しく吹き渡る春風に乗り、凛とした声が響き渡った。
目の前に浮かび上がった光の文様――魔法陣。その上にそっと正座をするように一人の少女が姿を現していた。
薄暗い部屋の中、魔法陣の淡い光で照らしあげられる少女は、幻想的で。
そのまま、ゆっくりと彼女は顔を上げる。
とても、美しい少女だ。
魔法陣の光に照らされ、光を散らすかのように輝きを放つ長い金髪。
顔の輪郭は、わずかに幼さを残しているものの、小さく可憐な唇、すっきりと整った鼻梁、さらに透き通るような白い肌が、神秘的な美しさを表している。
そっと、その瞳が開かれる――焼けるような、真紅の瞳が焦点を結ぶ。
そして――魔法陣の前に立つ青年と、目が合った。
「貴方が――私のマスター、ですね」
「ああ……僕の名前は、カイト。キミの名前は?」
「私の名前は、フィアルマ。火竜のフィアルマ」
そして、と彼女は自嘲するように口角を吊り上げて、言葉を続けた。
「はずれボスモン、と呼ばれています」
――その邂逅が、カイトとフィアルマの最初の出会いであった。
彼らが何故、出会うことになったのか――。
それを説明するには、わずかに時間を遡らなければならない。
およそ、三時間前。この空間とは、別の世界。
地球のオーストラリアで、物語は始まった。
「私と契約して、ダンジョンマスターになってくれるかな」
「――おう?」
その言葉に思わず戸惑ったのは、突拍子のない内容だったから、というよりも、三年ぶりくらいに聞く、久しぶりの日本語だったからだ。
バックパックを担ぎ、枯れ木の杖を片手に進んでいた青年は振り返って眉を寄せる。
視界に入ってきたのは――なんとも、珍妙な生き物だった。
(これは、コモドドラゴン、か……?)
インドネシアで見た、オオトカゲに似ている。それが、デフォルメされたようなデザインだ。舌先をちろちろ出しながら、それはくい、と首を傾げる。
「あれ、日本人じゃないのかな、キミは。やれやれ、英語は苦手なのだけど――」
「あ、いや……ごめん」
久しぶりの日本語を押し出す。そして、そのコモドドラゴンのようなそれを見やって頬を掻きながら言葉を続ける。
「日本語なんて久しぶりだから、少しだけ思い出すのに時間が掛かった」
「ん、そうなのかい。それは悪いことをしたよ。それじゃあ、英語の方がいいかい?」
「いや、大丈夫。日本語でいい……というか」
混乱から立ち直りながらも、青年は思わず首を傾げて訊ねる。
「――トカゲが、喋っている?」
「うん、真っ先にそこに驚いて欲しかったけどね。私としては」
コモドドラゴンはずいずいと地を這うように歩み寄り、ぱちくりと瞬きした。
「私は世界中を旅して、ダンジョンマスターの素養のある人間に声を掛けているんだ。だから、進化の末にこういう姿になった」
「そういうものなのか?」
「うん、そういうものなのだよ」
「――で、ダンジョンマスターって何なのさ」
「あれ、こう言えば、大抵の日本人には通じるんだけどな」
困惑したように、もう一度ぱちくり。瞬きの様子が、どこか愛らしい。
「異世界で、ダンジョンと呼ばれる構造物を管理して欲しいんだ。貪欲な人間たちが、攻めてくることもある。それを防ぎながら経営していくのがマスターの役目」
「なるほど、分かりやすいね」
そう言いながら、よっこいせ、と青年は道端の切り株に腰を下ろした。
そして、こともなげに小さく頷いて言う。
「うん、いいよ。構わない」
「え、いいの? そんなあっさり」
自分で誘っておいたのに、また、ぱちくりと瞬きして困惑を示すコモドドラゴン。それを見やりながら、青年は肩を竦めて吐息をつく。
「どうせ、行く宛もなく、放浪していたんだ――身寄りもないし、頼る先もないからね」
そして見渡した先は――だだっ広く遮るものがない荒原だ。
日本では、まず見ることのない景色だろう。左右の道には、所々に赤茶色の草が生えている。点々と低木がある以外、何もない。
進んできた道はアスファルトで舗装されていたが、それもひび割れている。
それもそのはず、ここはオーストラリアの一角。
青年は、ただ各地を思うがままに、放浪していたのだ。
「ちょっと事情があって、日本にも居づらくてな。渡りに舟だろう」
「ふぅん、若いのに苦労しているんだね」
同情するような声と共に、コモドドラゴンは歩み寄ってくる。
「じゃあ、未練とかは特にないのかな」
「ああ、特には――なんだ、もうダンジョンとやらに連れていくのか?」
「うん、善は急げ、というからね。えっと、キミの名前は?」
「カイト・ナルカミ――日本名だと、鳴上海人かな」
「おっけぃ、カイト! じゃあ、キミを異世界へと連れて行くよ。私の、口の中を見て」
コモドドラゴンはそう言いながら、かぱっと口を開く。
ギザギザに並んだ鋭い牙。その喉の奥から、何か眩い光があふれだし――。
カイトは、地球上からその姿を消し去った。
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