第2話

 カイトが目を覚ますと――そこは、薄暗い洞窟だった。

 岩を削り取っただけのような、荒い天井と壁。身体を起こすと、そこがベッドだったことに気づく。簡素な、木のベッドだ。

(確か――コモドドラゴンに勧誘されて、それで……ダンジョンマスターに……)

 記憶を呼び覚ましながら背伸びをすると、洞窟の奥から声が響き渡った。

「目覚めたみたいだね。カイト」

 のす、のす、と両の前足を交互に押し出すように歩み寄ってくるコモドドラゴンは、心なしか嬉しそうな声で告げると、カイトの足元でぱちくりと瞬きする。

「気分は悪くないかな? 転移魔法を使うと、時々、気分を悪くする子がいるんだ」

「特に、問題はないかな……それで、ここが?」

「うん、ここがダンジョンだよ。一番、最奥――いわゆる、ボス部屋、かな」

「ってことは――異世界か」

 もう一度、ぐるっと部屋を見渡す。本当に、洞窟だ。

 インドネシアで雨宿りしたときの洞窟に似ている。ここは、本当に異世界かどうか半信半疑になってしまう。

 もしかして、壮大なドッキリなのではないか? とさえ思ってしまう。

「一応、先回りして言うけど、ドッキリじゃないよ」

「あ、考えているのバレた?」

「大体、みんな考えることは同じだよ。まあ、行く行くはだんだん分かってくると思うし、それで確かめればいいと思うよ」

「それもそうか――それにしては、みすぼらしいような」

 本当に、ただのボロ洞窟である。頼りないにも程があるのだが。

 その言葉に、わずかにコモドドラゴンは笑い声をこぼした。

「仕方ないよ。ここからカイトがダンジョン経営を始めるわけなのだから」

「経営っていうのは何をすればいいのかな?」

「ん、歩きながら説明しようか。こっちだよ。カイト」

 コモドドラゴンが先導するように、地を這って進み始める。ふりふりと揺れる尻尾を追いかけ、カイトは洞窟の奥に向かいながら訊ねる。

「そういえば、キミに名前はないのか?」

「ん、特にはないけど――前に担当した子は、コモドって呼んでいたよ」

 安直なネーミングだったが、分かりやすい。それにあやかって、カイトもコモドと呼ぶことにする。

「コモドは、なんでダンジョンマスターを集めているんだ? 僕だけじゃないんだろう?」

「それはもちろんだよ。他にも何人もいる。理由は、今から話すよ。別に、後ろめたいことは何一つとしてないからね」

 コモドはのすのすと進んだ先――洞窟の奥から、薄明かりが漏れ出していることに気づく。透き通るような、青い色合いだ。

 コモドはその光に近づき、それを見上げて言う。

「これを見てごらん――便宜上、『ダンジョンコア』と呼ぶものだ」

 カイトも近づいてそれを覗き込む――それは、青い石だった。

 こぶし大ほどの大きさだが、どくん、どくんと光が微かに脈打っているようにも見える。まるで、心臓のようにも見えるが――。

「これは、実は魂の一部なんだ。我が主である、神の」

「――え、コモドって神様の使徒なの?」

 目を見開きながらカイトが訊ねると、コモドは何でもなさそうな口調で答える。

「一応ね。下っ端だけど――天使、使徒、そう言われる存在だよ。話を戻していいかな?」

「あ、悪い、続けて」

「ん、このコアは主の一部。莫大な力を持っていて、土地に恵みをもたらすことができるんだ。だけど、同時に、これらはこの世界の命綱でもある」

「命綱?」

「安全装置と言い換えてもいいかもしれない。この世界を崩壊するのを防いでくれる役目があるんだ。その役割を果たすために、これは各地に散らばる必要がある」

 だけどね、とコモドはどこか憎々しい口調で言葉を続けた。

「これのエネルギーを狙って、人間たちが襲ってくるんだ。これは希少な価値があるからね、売るにしろ、利用するにしろ、莫大な価値を生むそうだ。だから、彼らはこれらを探し出そうと躍起になっている」

 なるほど、話が見えてきた。カイトは納得しながら頷く。

「だからこその、ダンジョンか。コアを守るための、ダンジョン」

「話が早くて助かるよ。つまり、キミにはこの世界を守るという意味でも、このコアを守って欲しいんだ。僕たちが守れればいいのだけど、僕たちには別の役目があるから」

「了解した。じゃあ、上手く守れるようにしよう」

「助かるよ、カイト」

 コモドはほっとしたように吐息をつき、そのまま、視線をコアに向ける。

「じゃあ、カイト、そのコアに手を触れてくれるかな。大丈夫、爆発したりしないから」

「いい、けど……何をするんだ?」

「エネルギーを利用できるように認証するんだ。地球人たちは、魔法が使えないからね。代わりといっては何だけど、コアと契約を結んで魔力を利用できるようにする」

 その説明を聞きながら、カイトはコアに手を触れる――瞬間、じわりと熱が掌に伝わってくる。その熱がじわじわと身体の中に入ってくるのを、思わず目を見開いて振り返る。

「ほ、本当に毒じゃないよな?」

「信用して欲しいな……痛くはないだろう?」

「でも、さすがに怖いというか……」

 まるで、身体の中を侵食していくかのように、熱がじわじわの胸の中に広がっていく。やがて、首を伝って頭の中に染み渡っていった。

 ふと、次の瞬間、青い半透明のパネルが浮かび上がった。

『契約が、完了しました』

「そろそろ、契約完了の文字が出ているんじゃないかな?」

 見透かしたように、コモドが言う。嬉しそうな声で、尻尾を振りながら言葉を続けた。

「魔力操作が分かりやすい、そういう仕様になっているんだ。言葉で解説してくれて、便利だろう?」

「そうかもしれないけど、なんだか――落ち着かないな」

「必要がないときは、消すこともできるよ。ただ、コアの状態を見ることができるのは、このダイアログが一番だと思う。ステータス、と一言だけ唱えてくれるかな」

「あ、ああ……『ステータス』」

 その言葉に反応したように、青いパネルが浮かび上がる。


『ダンジョンコア、レベル1

 特性:なし

 保有ポイント:4000』


「表示されるのは、レベルがいくつか。特性に何があるか。ポイントがいくらあるか。この三つのはずだよ。初回で特性はないはずだけど、どうかな?」

「特性は、確かにないよ。保有ポイントは4000ある」

「その保有ポイントで、このダンジョンを強化していくんだ。それと、ステータスの他に、三つコマンドがある。『創作』『召喚』『ヘルプ』の三つだ」

 順に説明するよ、とコモドは前置きして説明していく。

「『創作』は文字通り、物を製作する。罠とか、通路とか、生成することができるんだ。もちろん、手作業でもダンジョン内を整備できるけど、さすがに一朝一夕で野菜とかは作れないからね。そういうのを、理を無視して製作できるのが『創作』だよ」

「なるほどね……『召喚』は?」

「『召喚』は生物の召喚。ゴブリンとかホビット――いわゆる『幻想生物』を召喚して、このダンジョンのガーディアンを任せることができるんだよ」

「おっけ。じゃあ、ヘルプは読んで字の如く――」

「うん、私に直通でホットラインを繋げられるコマンドだよ。分かってくれたかな?」

「分かりやすいこと、この上ないな……了解した」

「あはっ、よかった。最近の子たちは飲み込みが早くて助かるよ」

 コモドは尻尾を振り振りしながら、わずかに目元を緩ませる。

 なんとなく、だんだんコモドの感情表現も、分かってきた気がする。

「じゃあ、僕はこれから4000ポイントで罠を作ったり、召喚したりすればいいのか」

「うん、そうなるね。なんとなく、操作をしていけば慣れていくと思うし、分からないことがあれば『ヘルプ』で私に繋いでくれればいい――あと、最後に一つだけ『召喚』についてなんだけど」

 コモドはぺち、と尻尾で地面を叩き、こほんと咳払いをする。

「なんと、最初の一回は召喚を三分の一のポイントで行うことができるのです」

「え、そうなのか? お得だな」

「そうなんだよ。さすがに、一人でダンジョンづくりは寂しいだろうから、という神様の配慮だね――ただし、その代わり、召喚されるモンスターはランダム。もちろん、やり直しは聞くけど、一度、これと決めたら変更は不可能」

「つまり――ガチャのリセマラができる、ということか」

 日本を出る前に遊んでいた、ソーシャルオンラインゲーム――通称、ソシャゲを思い出す。ソシャゲは基本無料であるため、登録して最初のガチャは無料で回せる。

 だからこそ、気に入った子が出なければ、もう一回リセットしてまた回す、ということができるのだ。これを、リセマラ、という。

「じゃあ、できれば大きなポイントの子を召喚できればお得、というわけか」

「そういうことだね。善は急げだよ、カイト。召喚のコマンドを!」

「お、おう……召喚」

 勢いあるコモドの声に押され、カイトはその言葉を口にする。目の前に、青いパネルが表示され、その一番上に『お試し』がある。

「これを指で押せばいいのかな」

「それでもいいし、声でも認証するよ」

「了解。それじゃ――」

 お試し、のコマンドをそっと指で突く。

 しかし――何も、起こらない。眉を寄せた瞬間、ふわり、とどこからともなく風が吹いてきた。洞窟の中であるはずなのに。

 辺りを見渡して気づく。目の前に、徐々に光が集まっていることに。

 風に乗って運ばれてきた光の粒子が、次第に集まっていき、文様を作り出していく。

 それは、魔法陣――それが、眩い光を放ち始め、思わずカイトが目を細める。その真ん中から、澄んだ声が響き渡った。


「初めまして――こんにちは」


 瞬きをする。気づけば、その魔法陣の真ん中に、一人の少女がちょこんと座っていた。感情が読めない顔つきの、金髪の少女――その子と、目が合う。

 思わず、息を呑む――それほどに、端正な顔立ちの少女だった。

 見たことがないほどの、美少女。その雰囲気に、思わず気圧されていると――彼女は、紅い目を一つ瞬きし、桃色の唇をそっと開いた。

「貴方が――私のマスター、ですね」

「ああ……僕の名前は、カイト。キミの名前は?」

 なんとか、言葉を押し出すことに成功する。ぎこちなく笑いかけると、彼女はもう一つ瞬きをしながら頷いた。

「私の名前は、フィアルマ。火竜のフィアルマ」

 そして、と彼女は自嘲するように口角を吊り上げて、言葉を続けた。


「はずれボスモン、と呼ばれています」


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