第6話
「カイト、銃の試作品が、できた」
その報告があったのは、グレイが出て行った翌日だった。
それを受けて、カイトはエルフ村の外れの空き地にヒカリとシエラを連れて赴いた。フードを目深にかぶった彼女は表情を見せることなく、手にした銃を差し出す。
「――これが、その試作品」
「へぇ……これは」
手に取った銃を眺める。それは、外見はよく見る火縄銃のようだ。
単発式の細長い
「ヒカリさん、どう思う?」
「ん――イギリス陸軍のスナイドル銃に似ているかも。銃身は、短いですけど」
さすが、大卒であるだけあって、そういうのは一目見て分かるらしい。ヒカリの感心したような声に頷き、カイトはシエラに訊ねる。
「試射はした?」
「もち、ろん。問題はない――それは」
「それは、というと?」
「こっちはまだ」
そう言うシエラは傍に置いてある木箱からもう一本の銃を取り出す。姿形はよく似ているが、なんだか全体的に不格好なデザインだ。
カイトの手にある銃は、グリップが滑らかなのに比べ、シエラの手にある銃はどこか角ばっているというか、ごつごつしている。
「それは、試験的に、丁寧に作ったもの。それを参考に、量産を目途に作ったのが、これ。中のパーツを省略。それは鑢掛けもきちんとしたけど、こちらはしていない。鋳出したものを、組み立てただけの銃」
「なるほど、量産型シエラ銃というわけか」
「あ、いいネーミングですね」
ヒカリが嬉しそうに手を合わせる。シエラは黙っているが、雰囲気的に嫌そうだ。
「とにかく、この銃の試験は、まだ。でも、理論的には、内部構造が同じ、だからしっかりと撃てる、はず」
「で、それがしっかり作動が確認できれば、量産できるわけか」
そのカイトの言葉にシエラはこくんと頷く。
「日に、一丁ずつは、確実に仕上げられる、はず」
「……それはすごいな」
「ただ、もちろん、質が落ちる。鉄もあまり鍛えていない、から弱い。そこが、不満」
納得はいっていないようだが、しっかりとニーズを把握して作ってくれたらしい。シエラの手から、その量産型の銃を手に取る。
触った感じ、重さも変わらない。問題は、なさそうだが――。
「念のため、テストはすべきだな」
「――カイトが、撃つのは、オススメしない」
「そうだね。暴発のリスクもあるわけだし」
「といっても、誰かに撃たせるのもなあ……」
ただ、誰かがテストはしないといけないわけだ。カイトは少しだけ黙り込むと、重苦しいため息をついてウィンドウを開いた。
「兄さま、これを撃てばいいんだよね?」
「ああ、すまん、ローラ。危険な役割だけど、任せていいか」
呼んだのはローラだった。フィアにも声を掛けたのだが、エステルと手合わせしていたため、手の空いているローラを呼んでいた。
ローラは概要を聞いても尻込みせず、むしろ喜んできてくれた。
「だって、兄さまのお役に立てるのだもの……あ、でも、あまり見ないで欲しいな」
彼女は少しだけぎこちない笑みを浮かべると、銃を持ったまま深呼吸する。
それに応じるように彼女の肌の色が徐々に変わる。白い肌に青みがかった緑の色が広がっていき、それが彼女の肌を覆っていく――火竜の、鱗だ。
フィアのを見たことがあるが、彼女の鱗の色は緑のようだ。
彼女はその鱗に覆われた腕を持ち上げ、嫌そうに顔をしかめた。
「――汚いでしょ? カビが生えたみたいで」
「いや、汚くないよ。ローラ」
カイトは即答し、安心づけるようにその腕に手を触れる。ごわごわした鱗をためらいなく触ると、ローラは目を見開き――やがて表情をゆるめた。
「そうだね、兄さまは、そういう人だ。見かけでは、判断しない」
「そゆこと――この鱗に覆われていれば、安心かな」
「うん、目も一応、瞬膜が保護してくれるし」
「なら、硝煙も大丈夫か。でも、危ないと判断したら、すぐに身を守って」
「了解。兄さまもあまり近寄らないでね」
ローラはそう言いながら銃を持ち上げる。そこに、シエラが近づいていく。無表情の彼女が近づくと、わずかにぴりっとした空気が流れた。
二人の視線がぶつかり合う。その中で、シエラは手を差し出した。
「これが、弾薬包。火薬が、弾が詰まって、いる」
「――これを、中に入れればいいの?」
「そう。棒でしっかり、中まで押し込んで」
「分かった」
淡々としたやり取り。シエラから受け取った包みをローラは銃身に入れ、槊杖で中まで押し込んでいく。シエラは軽く頷いて言う。
「そのまま構えて、引き金を引けば、撃てる」
「分かった。兄さま、離れていて」
「ああ、ヒカリさん、シエラも」
カイトが十分に後ろに下がると、ヒカリもそれに続いた。だが、シエラは少し離れただけでローラから近い。ちら、とローラはシエラを見やる。
「……怪我するよ」
「私は、銃の出来栄えを見る、必要がある。心配、するな」
「心配はしていないけど。怪我、しないでね」
「ふん……気遣いは、受け止める」
二人は視線を交わし合ってから、ローラはゆるやかに銃を構えた。それを見て、シエラが言葉を挟む。
「しっかり構えないと、吹っ飛ぶ」
「分かっている。どうするの」
「腰を落として。少し前に身を乗り出すように。銃床を肩に当てて」
「――こう?」
「まあ、悪くない」
二人のやり取りを見ながら、カイトとヒカリは思わず顔を見合わせた。まるで、息の合っているコンビのようだ。
やがて、ローラは体勢を定めたのか、しっかりと岩壁に狙いを定める。
「――撃ちます」
彼女の一言と共に、引き金をぐっと引く。
直後、弾けるような轟音が響き渡った。硝煙と共に、ローラのツインテールがふわりと巻き上がる――その身体は、無傷そうだ。
ヒカリはほっと胸を撫で下ろす。だが、シエラは黙ったまま首を振る。
「まだ。もう少しテストする――あと、九発撃って」
「人使いが荒い。弾薬は」
「ん。できるだけ、矢継ぎ早に。でも、焦らないで」
「無茶苦茶……」
ローラは文句を言いながらも、すぐさま弾薬包を詰めて滑らかに構える。そのまま引き金を引く。響き渡る、銃声――岩壁の一部が弾けるように砕けた。
ローラが手を突き出すと、シエラはその手に弾薬包を乗せる。
装填。構える。撃つ。手渡す。装填――。
その動作を繰り返し、何度も銃声が響き渡る。ローラの周りに、硝煙が立ち込めていく。十発目の銃声が終わると、彼女の周囲に靄が掛かっているような状態になっていた。
結局、十発を手早く撃ったところで、暴発はしなかったようだ。
「銃」
シエラがぶっきらぼうに言い、ローラは黙って銃を手渡す。
シエラはすぐさま銃身を覗き込み、銃をいろんな方向から確認する。ローラはやれやれとため息をついている。その傍に歩み寄り、ぽんと頭に手を載せた。
「お疲れ、ローラ。どうだった?」
「ん、すごいな、とは思ったけど、あんまり好きになれないかな。音も大きいし、反動もあるし、煙臭いし」
ローラの素直な感想に、ヒカリは苦笑いをこぼした。
「まあ、それは仕方ないですよね。無煙火薬や消音器が作れればいいのだけど」
「その辺の作り方は知らないな……ヒカリさんは作れるのか?」
「無煙火薬は……蒸留器があれば、もしかしたら。消音器は、仕組みは知っているけど、作り方は知らないですね」
「まあ、その辺は追々だな――シエラ、銃の調子は?」
「……ん、上々。だけど、連発したせいで、歪みが出たから、何発も連射はできない」
「歪み? 見た目では分からないが」
「ほんの、些細。だけど、それが積み重なって、事故になる」
シエラは珍しくきっぱりとした口調でそう言うと、銃を大事そうに木箱に収める。カイトはしっかりと頷いて応えた。
「心に留めておく」
「なら、いい――それと」
ちら、とシエラはローラに視線を向ける。ローラは自分のブレザーについた匂いを嗅いで嫌そうな顔をしていたが、視線に気づいて眉を寄せる。
「――なに?」
「……いや。ただ、この前の非礼を、詫びる――申し訳、なかった」
シエラが深々と頭を下げる。それにローラは少しだけ目を見開いた。
「侮辱が、過ぎた。傷つけたことを、謝罪する……」
「う、ううん、私も……その、貴方の主を、バカにしたから……ごめん」
ローラも慌てて頭を下げる。その二人のやり取りにカイトとヒカリは思わず苦笑いをこぼし合った。
「――二人とも、本当に不器用というか」
「まあ、そんなところが可愛いんですけどね」
「……なんか、バカにされている気がする」
「……遺憾ながら、同意」
ローラとシエラは不服そうな視線を向けてくる。それをごまかすように、カイトはローラの頭を撫で、耳元に口を寄せる。
「ありがと――あとで、一緒にお風呂でもどうだ?」
「あ――もう、兄さま、仕方ないなあ」
にへら、と緩むローラはすぐに上機嫌になる。顔を離すと、シエラに視線を向けて目を細める。
「シエラも、ありがとう。想像以上の出来栄えだ。何か褒美で欲しいものはあるか?」
「なら、たたら場を拡張して欲しい。できれば、ドウェルグの人手も」
「分かった。手配しよう」
「……ん」
謝意を示すようにシエラは軽く頭を下げる。木箱を抱えながら小さく言う。
「できるだけ早く、量産体制を、整える。できたら、ヒカリに報告、する」
「了解した。頑張ってくれ」
シエラは木箱を抱えて立ち去っていく。ヒカリはその背を見つめ、小さく笑った。
「カイトさんは、みんなのやる気を出す天才ですね。私も、頑張りたくなります」
「それはよかった。ヒカリさんにも、何かご褒美が欲しいか?」
「ふふ、私よりもローラさんに構ってあげて下さいね?」
ヒカリは楽しそうに笑いながら、シエラの背を追いかけていく。はて、とローラに視線を向ければ、彼女は頬を染めながらじっとカイトの手を握っていた。
明らかに、この後のことを期待しているらしい。カイトは笑って手を握り返す。
「んじゃ、早く戻って、硝煙の匂いを落とすとしようか」
「ん、早く行こ」
小さくそう答えたローラの耳は真っ赤で、だが、その瞳はとても嬉しそうに潤んでいた。
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