第9話
ジャングルの火事は、すぐに鎮火しつつあった。
降り注いだ雨に加え、騎士たちが木々を切り倒しながら進軍していたおかげで、そこまで燃え広がらなかったのだ。
くすぶった煙が上がる中――訪問してきたコモドが撃退した面々を確認。
そして、第二層の一角で、ポイントの引き渡しとなった。
「お疲れ様。カイト――なんというか、キミは想像のはるか斜め上を行ってくれるね。何より嬉しいことだけど」
そう言うコモドの尻尾は大きく揺れている。カイトは木箱に腰を下ろして、ぐったりと脱力しながら苦笑いを浮かべる。
「今回ばかりは――いろいろと、疲れたよ」
「ゆっくり休むといい。とはいえ、どこまで休めるかは分からないけどね」
「……ま、だよな」
カイトとコモドは視線を合わせて考えを共有する。コモドはため息交じりに続ける。
「百人余りの騎士が全員返って来ず、全滅となれば――当然、警戒される。最悪、大規模な討伐隊を起こされるだろうね。そうなれば、ここも危うい――と思えないのは、私がカイトに感化され過ぎているかな?」
コモドは途中から期待するような眼差しを向けてくる。だが、カイトはきっぱりと首を振って言う。
「今回はラッキーだ。相手が迂闊に兵を分断してくれたり、混乱してくれたからできたことだよ――いつも、幸運に救われているが」
今回も、コモドの報告を改めて聞いて冷汗をかいたのだが――。
騎士団の鎧には耐炎、耐水、耐毒構造になっていたのだ。だから、一酸化炭素に満ちている洞窟の中で、あれだけ長く動けていたのだ。
炎の中でもしばらく逃げ回っていた騎士もいたようであり、数人の騎士は川に逃げ込んでいた。その取り逃がしは、罠に引っ掛かったり、エステルが始末したりしたが。
全滅できたのは本当にラッキー。状況次第では、フィアとローラが生き残った騎士を相手に戦わざるを得ない状況ができたのかもしれないのだ。
改めて安堵の息をついていると、コモドは目を細めながら言う。
「そういう謙虚な姿勢が、きっと幸運を引き寄せているんだ」
「あまりおだてないでくれ……あまり、いい気分じゃないんだ」
何せ、敵とは言えおびただしい犠牲者を出したのだ。あまりいい気がしない。
掌を振って、話題を打ち切ると、コモドは軽く頷いて告げる。
「じゃあ、手短に。ポイントは135000ポイント分、ダンジョンコアに入れている。また、ダンジョンコアのレベルも大幅に上がった。支配領域も広がっている。あとで確認してみるといい――お疲れ様。カイト」
コモドは心底気遣うような口調でそう言うのを、カイトはただ頷いて応えた。
「ありがとう、コモド。に、しても……疲れた」
「顔色が、本当によくないよ? 大丈夫かい?」
「……大丈夫に見えるか?」
どちらかというと、精神的に気分がよくない。ウィンドウを開き、ポイントを確かめる。そこには確かに十万以上のポイントだ。だが、何一つ嬉しくない。
(自分の手で手入れしたジャングルを燃やして――人の命を奪って手に入れたポイントか)
とても使う気にもなれない。重苦しい気分が伝播したように、ずっしりと身体が重たくなってくる。立ち上がる気力も湧かず、ぼんやりしてしまう。
だから、フィアが入ってきたことにすら、気づかなかった。
「――カイト様? お話は終わりましたか?」
「ああ、終わったよ。フィアルマ。すまない、長々と邪魔をしているね」
「いえ、お気になさらず。お湯でも、用意しますか?」
「悪いね。じゃあ、少しごちそうになるよ。いいかな、カイト」
「あ、ああ……いい、んじゃないか?」
どこか、二人の声が遠く聞こえる気がする。カイトは重く息をこぼしながら笑う――だけど、その笑みが浮かべられているか、分からない。
身体が、ひどく熱っぽい。フィアがすぐに異変に気付き、カイトの傍に寄る。
「大丈夫ですか? カイト様、なんだかお顔が赤いような」
「いや、大丈夫……っと」
立ち上がろうとして、くらっと足元が揺らいだ。立ち眩みに瞬きをしていると、フィアが早足に近づいてきて、腕を支え――びっくりしたように目を見開く。
「か、カイト様? 身体がすごく熱いですよ……っ!」
「そ、うか……ちょっと、気が緩んだな……」
「ひ、ひとまず座ってください。ええと、えぇと……」
慌てるフィアの声と、コモドの落ち着いた声が遠くから響くようだ。
「フィアルマ、彼からマスターの権限を共有させてもらうんだ。ウィンドウを開いて、管理権共有を要請すればいい。あまり、使わない機能なんだけど、今は仕方ない」
「わ、分かりました……失礼します。えっと、うぃんどぅ、おーぷん。管理権共有要請をお願いします」
フィアはカイトを木箱に座らせると、慣れない口調でウィンドウを呼び出す――カイトの目の前にウィンドウが浮かぶ。
『ボスキャラ〈フィア〉が、管理権の共有を要請しています。承諾しますか?』
「ああ……任せる」
カイトが声を発する――その声も、掠れているようだ。
(気が緩むと、もう駄目だな……熱、が……)
視界も、朦朧としてきた。その中で、フィアは必死な顔でウィンドウを操作していく。それを見つめながら、カイトはゆっくりと意識を手放していった。
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