第9話

 買い取りは、つつがなく済んだ。

 生きていたものの、前のように無傷ではなかったので、二人で3200ポイントの買い取りとなった。装備も貧相で、300ポイントのみ。

 ただ、拳銃だけはカイトの手元に残しておいた。護身用として使えそうだからだ。

 そのうちの、3000ポイントは解呪に使ってしまった。

 なので――。


「残りは2360ポイント――なんというか、進歩しませんね。カイト様」

「それはまぁ……申し訳ないな……」

 ため息をこぼしながら、カイトは苦笑いを浮かべる。

 洞窟の中の囲炉裏。そこで四人が車座になっていた。

 だが、少しだけ変わっているところはある――全員、真新しい服に身を包んでいることだ。

「ただ、コモドが食料と服を交換してくれたのは、助かったな」

 そういうカイトは、新しいシャツにズボン、さらには丈夫なマント。

 その右隣に座っているローラは、両手を持ち上げ、目をきらきらさせている。

「私の服――なんだか、おしゃれ!」

「そうですね、ローラ」

 フィアは相変わらずのセーラー服だが――それとは別に、ローラの服は学生らしいもの。ブレザーを着用してもらっていた。

 薄桃のブラウスの上に紺色のブレザー、青地に白のチェックが入ったスカート。

 襟元に結ばれた赤いネクタイはよく似合っているが、彼女の大きな胸に少しだけ押し上げられるようになっている。

 彼女の体形の良さを引き立てる、可愛らしい服装だ。

「――うん、よく似合っている。いい服だな」

「えへへ、ありがとっ、兄さま」

 無邪気にぴょこんと跳ねると、彼女の胸が少し弾んだようにも見える。

(――まあ、これにもデザインのためのポイントが入っているのだが)

 バレたら怒られるだろうな、と思いつつも、止められずにデザインを指定してしまった。かわいい子には、やはりかわいい服を着せたいものである。

 そして――その、可愛い服を着せたのは、もう一人。

「――いい、のですか。私、にも、こんな服……」

 囲炉裏の薪の音にかき消されそうなくらい、小さくて途切れ途切れな声に視線を正面に向ける。囲炉裏を挟んで向かい側に、無表情の少女がいた。

 名は、エステル――奴隷だったが、解呪されて、カイトの仲間になっていた。

 改めて見ると、顔に残る火傷の跡が痛々しい。だが、醜いとは思わない。その顔を真っ直ぐ見つめて笑いかける。

「うん、エステルも似合っているよ」

 その彼女の服は、いわゆるメイド服だ。

 黒いワンピースに、白いエプロン。エプロンドレスといえば、通りはいいかもしれない。腰紐でエプロン周りをまとめているので、彼女の細いウェストが強調されている。

 さらに、動きやすいように、と頼まれたので思い切って短くしたスカート。その丈からのぞかせる足はすらっとしてしなやかだ。

 だが、それよりも目を引くのは、そのスカートを押し上げる、ふわふわの尻尾である。

「……やっぱり、獣人なんだな」

 そう言いながら、彼女の頭に目を向ける。感情の薄い、無表情な彼女の頭にあるのは犬の耳――どこか居心地が悪そうに、へにゃりと項垂れている。

「は、い……こんなに、いろいろ……ありがとう、ございます……」

「ううん、気にしないで。それで改めてエステル、聞きたいのだけど」

「は、い……」

 背筋を正して、二人で向き直る。カイトは咳払いをして言う。

「エステルが望まないのなら、ここから出て行っても構わない。だから、まだ僕とは契約していない状態だ――つまり、ダンジョンから抜け出すことができる」

 その言葉に、わずかにエステルは目を見開き、首を傾げた。

「いい、のですか? というか、何故、私を、解放して下さったのですか?」

「んん、まあ、あの主人に仕えるのは嫌かなって思って」

 彼女が捕らえられていたとき、ほっとしていたように見えた。だが、主人に会わせると、その顔色はほんのわずかに沈んでいた。

 彼女は元々が無表情であまり分からないが――あまり、主人に仕えることを、良しとしていなかったように思えたのだ。

「……もしかして、余計なことをした?」

「いえ……その、正直に言うと、清々しています」

 そう言いながら、軽く揺れる尻尾。そこはかとなく嬉しそうだが、その目つきはやはり腑に落ちないのか、探るような目つきを向けてくる。

「でも……それだけで、私を解放してくれて……?」

「ああ、解放したいと思ったから解放した。でも、無理やり、働かせたいとは思っていない。言うなら、たったそれだけなんだ」

「……それだけ、で、貴重なポイントを?」

「そういう人なんですよ、カイト様は」

 あきらめたように、フィアは竹筒のコップで白湯を飲む。その顔は呆れ顔だ。

 ローラもくすくすと笑いながら言う。

「そんな感じで、15000ポイント以上を、私たちのために使っているからね」

「――僕がやりたいからそうしているだけなんだけど」

 フィアとローラの言葉に、何となく釈然としない気はしたが、そのまま視線をエステルに戻して微笑みかける。

「だから、キミがしたいようにすればいい」

「分かり、ました」

 エステルは頷くと、真っ直ぐにカイトを見つめて言う。

「では、カイト様、ご命令を」

「……ん、っと? 僕の話聞いていた?」

「は、い、聞いていました。ですから、私のやりたいこと――恩を受けた、カイト様にしっかりと、ご奉公したいと思います」

 エステルは途切れ途切れの小声で、だけど、はっきりとそう宣言する。

 彼女の視線は真っ直ぐ射貫くようだ。そのまま、彼女は意志を込めて続ける。

「無用なら、売り払ってください。少しの足しにはなるはずです」

「いやいや、売るなんてことはしないけど……え、いいの?」

「もちろん、です……是非、お力になれれば」

 エステルはぺたんと頭を下げ、茶髪を揺らす。それに、フィアは苦笑いをこぼして言う。

「ウォーウルフの一族は、忠誠心に厚いのですよ」

「そ、そうか……なら、力を借りようか」

(なるほど……戦狼ウォーウルフは、忠犬、というわけだな)

 なんとなく納得しながら、カイトは囲炉裏越しに手を伸ばす。エステルは分かるか分からないかくらいに、淡く笑みを浮かべるとその手を取った。

「はい――よろしく、お願いします……ご主人様」


 こうして、このダンジョンに三人目の仲間が加わったのであった。

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