第8話

「カイト様……」

 フィアの視線の先で、ロープのようなものを手にしたカイトは辺りをぐるりと見渡しながら、フィアの方に歩み寄る。

 少し離れた場所でローラは居心地悪そうに訊ねる。

「あ、兄さま……もしかして、見ていた?」

「ん、そこの木の上で」

 少し離れた木を、彼は後ろ指で示す。そこにはひときわ高い木立があった。そこからずっと見守っていたのだろう。

「じゃあ、さっきの投石は……」

「ああ、さすがに危ないと思って横槍を入れた。これで」

 そう言いながら見せてくれたのは、ツタと下着を組み合わせて作った投石器スリングショットのようだった。ブリーフパンツの股座の部分に石を入れ、ゴム紐のところにツタをくくりつけている。

 それを振り回して、遠距離から石を放ったらしい。

(相変わらず、よく思いつかれる――)

 思わず感心していると、彼は優しい笑顔でフィアの頭にぽんと手を置いてくれた。

「フィアは合格だ。もっと言えば、相手の判断を許さないくらい、的確に排除するのが一番だったけど、そこまでは求めない。優秀だ」

「は、はい……ありがとう、ございます……」

 優しく髪を撫でられ、少しだけ頬を染めてしまう。カイトは目を細めて頷き、一転して冷たい視線をローラに向ける。

「それで――ローラ、言いたいことは分かるな」

「う……でも……」

「デモもストライキもない――怪我をしないように、と言ったはずだぞ。それとも、こんな三流にやられるほど、火竜の名は安いのか」

 その淡々とした――だけど、押し殺した感情に気づき、フィアは息を呑む。

 カイトは、怒っている。かつてないくらいに、静かに、激しく。

 そのことに、ローラは狼狽えたように目をぱちくりさせる。その彼女の元に、ゆっくりとカイトは歩み寄っていく。

「怪我をしない――そう信頼したから、キミたちを送り出した。なのに、ローラは軽々と死ぬことを受け入れたように見えた……違うか?」

「う……でも……でも、死ぬのなら、私が……!」

「厳命する。今後、軽んじて命を投げ出すな」

 その一言と共に、カイトはローラの前に立つ。そして、大きく手を振り上げる。

 殴られる――そう思ったのか、ぎゅっとローラは目を瞑り。

 その頭に、そっと大きな手が覆いかぶさった。

「……ふぇ?」

「――でも、よく頑張ったな。ローラ」

 小さな頭が、撫でられる。カイトは目を細め、慈しみを込めて優しくローラの身体を抱きしめた。

「その頑張りは、褒める……怖かっただろう?」

「で、も……私の、役目、だから……」

「うん、でもそれは今後、気にしなくていい。フィアも、ローラも、僕の大事な仲間だ。だから、軽々しく命を投げ出さないで欲しい。そうしたら、僕が困る」

「……ダンジョンを、護れないから?」

「ううん、寂しくて泣く」

 その情けない一言に、フィアもローラも一瞬、拍子抜けした。

「ええぇ、何それ……」

「うるせぇ、仕方ないだろう?」

 カイトは拗ねたように唇を尖らせながら、ローラを抱きしめる腕に力を込める。何かに気づいたように、ローラは息を呑む。

 フィアも少しだけ遅れて気づいた――そのカイトの身体が、震えていることに。

「――ずっと、一人で旅をすることに慣れていて……それで久しぶりに、二人と一緒ににぎやかな生活をしていたんだ。とても、とても……楽しかったんだぞ」

「カイトさま……」

「……二人とも、二度と無茶は止めてくれ……本当に、心臓に悪い」

「ごめん、なさい……兄さま……」

 自分の無茶が、どれだけ主に心労をかけたのか理解したように、ローラはへにゃりと項垂れる――その身体をぎゅっと抱きしめ、カイトは優しく声を掛ける。

「ローラが無事なら、それでいい……次から、気をつけてくれ。別に、手ごわそうなら竜の形態になって、ぶっ飛ばせばいいんだから」

「ん……次から、そうする……本当に、ごめんなさい……」

「ああ……気をつけてくれ。もちろん、フィアも」

「……はい、もちろんです。カイト様」

 その傍に行き、恭しく一礼――その中で、フィアは胸の中から込み上げてくる熱が、どうしても抑えられそうになかった。

 狂おしいほどの熱。それを感じながら、心底、フィアは思う。


(この人に、お仕えできて――よかった)


「やぁ、一か月ぶりだね」

 襲撃からしばらくすると、のしのしと地面を這うようにして、コモドがダンジョンを再訪した。前のように、捕らえた冒険者の買い取りに来たのである。

 洞窟で出迎えたカイトは軽く肩を竦めて頷いた。

「ああ、奥にいる二人はとっとと持って行ってくれ。太った男の方がうるさくてね」

「ん、太っているのか。それはいいね。いい素材になりそうだ」

「――ちなみに、何の素材にするのか?」

「聞かない方がいいと思うよ」

 コモドはそう言いながら、軽く長い舌をひらつかせる――鋭い牙がむき出しになったのを見て、カイトは何も言わずに頷いた。

「まあ、実際のところ、そういう素材にするのはごく一部であって、普通の人間なら人足として、魔族領の開拓に使わせる。鉱山で、必死にあくせく働いてもらうのさ」

「懲役刑と考えれば、妥当か……」

 こちらとしては正当防衛として殺しても文句はないはず――それに比べれば、まだ生易しい量刑と言えるのかもしれない。

「じゃあ、奥の二人は買い取りとして――あと、一人いたよね」

「ああ、獣人の子らしい。それについて少し聞きたいんだが」

 カイトが指を弾くと、フィアが縄を引いて奥から現れる。その縄の先には、その獣人の少女がいた。縛についたまま、大人しく歩いている。

 火傷が色濃く残る顔には、無表情――何も、感情を浮かべない。

「この子を、このダンジョンで面倒を見ることは可能かな?」

「ああ、再利用するんだね。いいアイデアだとは思う、けど……」

 コモドはのしのしとその少女に歩み寄り、しげしげと首元を見る。

「――服従の首輪か。また厄介なものをつけているね」

「……首輪? ああ、確かにつけているが」

「うん、人間の魔術でね。これをつけた相手を服従させられるんだ。まず、それを解除しないといけないのだけど、なかなか面倒くさくてね」

「面倒くさいものか?」

「某RPGに例えると、呪われた装備かな。わざわざ教会に行ってから大金を払わないといけないくらい面倒くさい」

 よく分からないたとえで表現しながら、コモドはその首輪を見て告げる。

「……そうだね。解除には3000ポイント必要になる。それなら、別の子を召喚した方が……」

「いや、解除してくれ。費用は、あの男二人で賄えるだろう?」

 即決即断すると、コモドはため息をこぼして言う。

「キミならそう言うと思ったよ。カイト。でも、敢えて言うけど、獣人――この子の場合、ウォーウルフだけど、この子なら指名コスト込みで、1000ポイントで新規召喚できる。半額以下で抑えられて、こっちの方がお得だと思うけど……」

「それでも、だ――頼んでいいか。コモド」

「……全く、キミは優しいね。分かったよ。じゃあ、前払いでさくっとやってしまうね」

 コモドは仕方なさそうにそう言う。だが、内心では嬉しそうに、尻尾がぶんぶんと左右に揺れていた。

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