第十章 ドラゴン VS ドラゴン
第1話
「ここから大分、離れた場所におったで……化け物みたいなやっちゃ」
精霊に相談した翌日、カイトはローラと共に再び、岩山の泉に立ち寄っていた。そこで告げられた事実に、二人は揃って眉を寄せる。
精霊は憂鬱そうに首に振り、泉の真ん中で吐息をこぼす。
「まさか、あんな化け物がいるとは思わなかったで。魔素を食うのも納得や」
「……何がいたんだ?」
「ヨルムンガンド、言うて分かるか?」
その言葉に、カイトとローラは同時に目を見開く。
(確か、北欧神話の毒蛇……っ)
「毒竜……? なんで……っ!?」
ローラが毛を逆立てるような勢いで唸りを上げる。その獰猛な気配に、カイトは驚きながら訊ねる。
「どうしたんだ? ローラ」
「竜族は縄張り意識が強いんや。んで、加えると、陽の竜と陰の竜は相性が悪い」
「陽と陰?」
「ああ、ちと古い言葉やったな。陽側は火、水、風、雷、土の竜たちや。陰側は闇、毒、鋼、妖の竜たち。言い換えると、昼の住民、夜の住民というところやな」
「魔物たちも、一筋縄じゃないんだな」
「人間たちの方が一筋縄ではないやろ? 何せ、目の色、肌の色だけですぐに差別をする。時には性別、内面的なところまで差別を図る――救われん種族やな」
「……まあ、それを言われると頭が痛いが」
辛辣な皮肉に肩を竦めるしかない。精霊は苦笑い交じりに首を振る。
「つまらんことを言うたな。しかし、あんた、本当に不思議やな、同じ種族をバカにされているのに、怒りもせんでただ受け入れるんか」
「事実は、事実だよ。その事実を受け止め、どう改善するかが大事だ」
ただ怒り狂って暴れても、互いの溝が深まるばかりだ。
(――暴力に訴えて混乱が広がった例は、枚挙暇がないからな……)
元の世界のことを思い起こしながら吐息をつき、泉の傍に腰を下ろして目を細める。
「話を戻そう。それで、ヨルムンガンドはどの位置に?」
「ここから南西に……そうやな、三日くらい歩いた距離やな」
(じゃあ、大体、150kmくらいか)
ヒカリやシズクと協議して、この世界での歩ける距離や単位などを調べている。
この世界で一日歩くとなると、大体50km相当だ。150kmとなると、大体、東京から長野、あるいは富士山までの距離になる。
当然、目視で確認できる距離でもない。だが、無視できる距離でもない。
「それで、そいつの大きさは……」
「立派なもんやでぇ。成竜で、ローラの何倍もでかい。せやな、最低でも五十年は経っているのか……」
「私より四十五年以上も大きいのか……」
「それは手ごわそうだな……って、ローラ」
ふと、聞き流しそうになり、表情を引きつらせる。きょとんと見つめてくるローラの紅い瞳を見つめ返し、カイトは訊ねる。
「その言葉が正しければ、ローラは五歳以下ってことに……」
「ん、四年くらいかな。生まれてから。幼竜の基準って、十歳以下ってことだよ」
「い……いやいや、さすがに、ねぇ?」
「あ、兄さまがここまで狼狽えるのは珍しいかな」
「せやな、いつも人を食ったように不思議なくらい、落ち着いているのに」
ローラと精霊の視線に、カイトは視線を逸らしながら深呼吸を繰り返す。動揺を収めようとするが、さすがに衝撃的過ぎた。
(四歳の子と恋愛関係、って……それは、よろしくないぞ……っ!)
ロリコンどころの騒ぎではない。ここが異世界とはいえ、さすがに常識知らずだ。何も知らない子供を騙しているような罪悪感さえ、胸から込み上げてくる。
もしかしたら、フィアとローラとそういう関係になるのはよくなかったのでは……。
「――誤解しているやな。カイト。まあ、無理もあらへんわな」
精霊は吐息をこぼしながら、水際で頬杖をついてカイトを見上げる。
「人間は母親の身体から出て来てから歳を数えるけど、ドラゴンはちゃうで。卵から孵化してからや。しかも、卵の中にいる間に彼女たちは成長する。生殖可能な年齢になるまでな」
「……え、そうなのか」
「せやでぇ。だから、四歳のドラゴンとイケない関係になっても問題ないわけや」
「……精霊様、少し言い方を考えてよぅ」
「はは、悪いなぁ、ローラ」
頬を赤らめるローラに、精霊は手を叩いて嬉しそうに笑う。カイトは少し衝撃から立ち直って顔を上げると、精霊は不思議そうに首を傾げる。
「しかし、あんた、このことでショック受けるのは意外やなぁ。何歳児でも、愛さえあれば関係ない、とか言い切りそうな男やのに。意気地なしか?」
「さすがに、そこまで守備範囲は広くないぞ……?」
「うん、それに兄さま、どちらかというと、私たちのことを心配してくれていたんだよね? 主に、身体の心配、かな?」
ローラはカイトの肘に手を添え、優しく目を覗き込んでくる。カイトは思わず苦笑いをこぼしながら一つ頷いた。
「ああ、さすがにいろいろ心配だろう?」
「……なるほどなぁ、相変わらず優しい男やで」
からかうような精霊の声。ローラの優しい目つきもどこかくすぐったくて、面映ゆい。カイトは咳払いを一つして強引に話を切り替える。
「で……それはさておこう。そうなると、毒竜は脅威だな。できるだけ接触を避け、穏便に済ませるか、あるいはどこかに行くように仕向けるか……」
「そうもいかんみたいやで、カイト」
精霊はふるふると首を振る。わずかにその目を細め、真剣な口調で言う。
「雨雲をたぐって、いろんなところを調べた。その結果、分かったんだが、あいつ、移動しておる。こっちに向かって」
「……え、こっちに向かって?」
「ヨルムンガンドは痕跡を残す。体液をこぼせば、その周りを毒する。木々は枯れ、大地は汚染される。あやつが住むだけで、そこは瘴気に沈むんや。その痕跡が、南西からこっちに向かって続いてきておる。見るも無残やで、一直線に腐食領域が広がっているのは」
真剣な表情で精霊は告げると吐息をこぼす。胡乱な目つきで南西に向ける。
「正直、訳が分からんわ……なんなんや、あれ」
「……まさか、そこまでの脅威が迫っていたとはな」
正直、地震か嵐の前兆ではないか、という予想だった。外れてくれればいい、そう思いながらの保険のつもりだったが……。
(まさかの、大当たり……いや、ある意味、大はずれか)
カイトは唇を噛みしめる。だが、深呼吸して思考を切り替える。
「――とにかく、偵察ありがとう。その情報があれば、なんとかなる」
「本当に、なんとかなるのかえ?」
「うん、なんとかなる……ううん、違うかな」
ローラはカイトの手を取り、ぎゅっと手を繋ぎながら無邪気に笑う。
「兄さまと私たちで、なんとかするんだよね?」
「ああ、そうだな。これまで通りだ」
カイトはローラに笑い返す。二人の笑顔を前に、精霊は微笑みを浮かべて頷く。
「――ああ、そうやな。カイトとローラ、二人ならやれるやろ」
そして、精霊は目を細め、真剣な眼差しで告げる。
「タイムリミットは早くて三日や……気張りや、カイト、ローラ」
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