第5話

『ん……カイト、少し痩せたかい? 大分、疲れているように見えるけど』

 そのコモドからの通信が来たのは、一週間ほど経った日だった。

 川辺で休んでいたカイトは少しだけ苦笑いを浮かべて頷く。

「ああ、正直言うと、結構疲れている。みんなに手伝ってもらっているとはいえ、さすがにやっている量が量だけにね」

 稽古、炭焼き、開拓、調理――休まる暇がない作業量だ。

 時間が限られている以上、全てを急ピッチで進めなければならず、休む暇もない。カイトも疲労の蓄積を感じつつあった。

 休む時は貪るように寝るのだが――その間にも、夢は見る。

 懐かしい過去。失ってしまった家族。そして、寝汗と共に起きてしまう。

「――でも、踏ん張らないと」

 あの惨劇を、繰り返さないためにも。

 その血気迫った気迫を見て取ったのか、コモドは特に触れずにただ諦めに似たような苦笑を浮かべた。

『カイトは本当に真面目だね――そんな君に知らせを持ってきてね』

「いい知らせ? それとも悪い知らせ?」

『私としては悪い知らせだろうね』

 コモドは目をぱちくりさせながら、はっきりとした口調で告げる。

『騎士団の派兵が決定した。一週間後に出立。恐らく、私の見込みでは十日後にそこのダンジョンに踏み入られることになる』

「――そう、か」

 いよいよか、と唾を呑み込む。片手でウィンドウを開き、ダンジョンの様子を確認する。

『どうにかなりそうかい?』

「どうだろうな。半分、といったところか」

『二階層は作ったのかい? ポイントは十分にあるはずだけど』

「作った。だけど、迎撃には使わない」

『へぇ……期待を裏切ってくれるね。なんだか、不思議とキミなら何とかしてくれるような、そんな予感がしてくるけど……正直なところ、どうかい?』

「正直なところか……まあ、五分五分だな。負けるつもりはないし――いざとなれば、フィアやローラに頼るだろうね」

『本当なら、真っ先に二人を頼るべきなんだけどね……ダンジョンマスター本人が戦う事態だけは止してくれよ? 別に悪いことではないけど、私の心臓に悪いから』

「善処する――知らせてくれてありがと。コモド」

『ううん、礼には及ばないよ。じゃあ、頑張って』

 通信が切れる。ウィンドウを閉じてから、ふぅ、と一息こぼす。その後ろから澄んだ声が響き渡った。

「カイト様、コモドからの連絡ですか?」

「ああ――十日後での侵攻予測だ。想定通りだが、やはり少し時間が足りなかったな」

 カイトは唇を噛みながら振り返る。そこには、フィアがセーラー服のスカートをひらめかせながら立っている。心配そうに眉を寄せ、小声で訊ねる。

「カイト様、あまりご無理はなさらないように……」

「大丈夫。それよりも、ここからが正念場だ」

 カイトはそう答えながらフィアを見つめて訊ねる。

「食料の備蓄や、道具などはもう全部、収納した?」

「はい、二階層部分と、地下貯蔵庫に」

「よし――炭焼きもここで切り上げよう。最終工程に入る。エステルには引き続き、キキーモラたちに作業をさせる。ローラは採集と偵察を最後まで続けてもらう。僕とフィアは、最後までジャングルの土を掘り返すことになる――辛い仕事になるが、一緒に頑張ってくれるか」

「それは、もちろんです!」

「よし、それならもうひと踏ん張り、頑張っていこう。大丈夫だ。何とかなる」

 カイトは笑いかけると、フィアはぎこちなく笑う。その視線が心配するようにじっと見つめられていたが――内心で、謝るしかない。

(ごめん、今だけは――無茶をさせてくれ)

 どんなに疲れても、このダンジョンを守るために――。

 そう思いながら、カイトは切り株から腰を上げた。


(――カイト様、さすがに疲れている……)

 ダンジョンのジャングル地帯に向かう、カイトの後ろ姿を見つめてフィアは心を痛めていた。その後ろに付き従いながら、ぐるりとジャングルを見渡す。

 その足元は、ほとんどが掘り返されている。どす黒い泥が表面に出てきており、油のようにどろっとしている部分すらあるほどだ。

 それらは、ほとんどカイトとフィアが掘り返した部分だった。

 そこを二人で毎日のように掘り返し、そこに木炭を砕いて混ぜ入れ、さらには、その木炭を作るときの煙が浸み込んだ土も混ぜ込んでいる。そうやって土壌開発しながら、土を掘り返してまんべんなく乾燥させている。

 その掘削は、重労働だ。寝不足の彼には、きっと堪えているはずだ。それでも彼はひたすら動く。弱音を吐かずに、ひたすらに。

 何かに駆り立てるように、血気迫るような眼差しで彼は作業を続けている。

 その姿は頼もしいけど……どこか、危なっかしい。

 さっきの会話も、どことなく疲れが見え隠れしていた。いつも感じられる気遣いが少し欠けているような気がしたのだ。

 カイトの背を見つめながら――フィアは胸の前でぎゅっと拳を握りしめる。

(きっと――カイト様は、止まらない。そう言う人だから――)

 それでも、大事な人だから。絶対に、無茶はさせない。

 胸の高鳴る鼓動が、そうさせてはいけない、と告げているから。

 フィアは深呼吸するとぐっと顔を上げ、カイトの後に続いて駆けて行った。


 そして――来るべき時が来た。

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