第4話

「――別に下着を与えなくても、構わないと思いますが」

「……あ、エステルまでそう言うの?」

 日が暮れていく中、洞窟外の調理場ではいい香りが漂いつつあった。

 その匂いを作り出しているカイトは、手伝ってもらっているエステルに下着の件を訊ねていたが、エステルの返答はあっさりとしたものだった。

 むしろ、突拍子もない質問に対して、完ぺきな無表情を保っている。

 想定外の返答に、少しだけ表情を引きつらせていると、エステルは芋の皮を剥きながら、こくん、と頷いてみせる。

「人間にとってどうかは分かりませんが、私たちは必ずしも下着が必須というわけではありません。むしろ、変化を解いたときは、下着などつけていませんので」

「まあ、それはそうだけど……落ち着かないのでは?」

「少なく、とも、私は気にしません。彼女たちも、気にしないのでは?」

(なるほど……こちらが過敏に気にし過ぎていたのかな)

 カイトは頬を掻きながら、土鍋の中を確認していく。

「――すまん、エステル。変なことを聞いて」

「いえ……気にする、気持ちも分かります……フィア様、とローラ様は、ご主人様に狂信的な一面があります、から」

 ぽつりぽつりとつぶやくエステルは表情を変えず、さりげなく付け加える。

「――その気持ちも、十分に分かりますし」

「そんな信頼されるほどのことはしていないけどな。むしろ、泥臭くて格好悪いと思うが」

「泥臭い、努力を惜しまない姿勢に、彼女たちは惹かれている、のだと思います」

「……それは、ありがたいのだけど。気恥ずかしいものだな」

 そう言いながら、土鍋の中に竹箸を差し込み、しっかりと火の通った魚を取り出す。それをエステルは眺めながら、ゆるやかに首を傾げる。

「ご主人、様。それは、一体……?」

「ああ、見たことがないか。エステルは。唐揚げ、という料理でね」

 カイトは説明しながら、土鍋の中を竹箸で指し示す。その中では、油がぱちぱちと音を立てて弾けている。揚げあがった魚を回収しながら、解説する。

「油を使って魚を揚げ物にしたんだ。衣は、芋を乾燥させて粉にしたものを使っている」

「そんな料理が……煮込み料理しか、知りませんでしたが」

「世の中には、いろんな調理法があるものだよ」

 そう言いながら、カイトは適度に冷めた魚の唐揚げに、一つまみ、岩塩を振りかける。それを箸で摘まむと、ほい、とエステルの口元に運ぶ。

 彼女は無表情のまま、ゆるやかに首を傾げた。

「これ、は……?」

「味見。手伝ってくれたから、はい、どうぞ」

「ん……そ、それでは」

 少しだけ、顔が緊張したのは気のせいか。エステルはひな鳥のように小さく口を開く。その口の中に、カイトはそっと唐揚げを差し出す。

 小さな唐揚げはするり、とエステルの口の中へ。彼女は無表情のまま、それをもぐもぐと咀嚼し――その目を、大きく見開いた。

「んっ……こ、れは……」

 瞳が揺れ、目尻が緩んだ。明確な表情の揺れ方に、思わずカイトは笑みをこぼしながら、もう一匹、今度は少し大きめの魚を選ぶ。

「もう一個、いかが?」

「あ……そ、それは……」

 ためらうようにわずかに視線が揺れる。その目が物欲しそうにしているのを見て、カイトは口元に魚を近づける。エステルは頬を染めながら、おずおずとその魚を食べ。

 んん、と目を細め、頬を緩めた。美味しそうに味わって咀嚼する。

「気に入ってくれたのなら、よかった」

「は、い……本当に、美味しいです……」

「今日はみんな疲れているだろうからな。揚げ物で精をつけて欲しいし」

 そう言いながら、今度はエステルが刻んでくれた芋を素揚げにしていく。エステルは口元を拭きながら、ほぅ、と一息ついて瞬きをする。

 遅れて恥ずかしくなったのか、少し視線を伏せさせてしまう。

「すみません――少し、我を失って……」

「いや、自分の料理を美味しく食べてもらえるのは嬉しいよ。それに、いつもエステルの働きには助けられているから」

 いろんな雑用を進んでやってくれているだけでなく、キキーモラたちの面倒を見てくれてもいる。キキたちは、エステルにすごく懐いており、よく熱心に働いている。

 エステルが指示を取ってくれるおかげで、何倍の作業がはかどっているのだ。

「そ、れは……当たり前です。ご主人、様」

「でも、訳わからない作業しているとは思わない?」

「……それは、少しだけ」

 エステルが視線を泳がせるのも、無理はない。

 キキーモラにやらせているのは、採集した土を水と一緒にして攪拌。それを素焼きの器で濾過しているのだ。それを板の上で蒸発させる。

 そこに残った白い粉をひたすらに集めている。

 その白い粉が、今回の鍵となってくるのだ。

 その正体を告げても、彼女はきっとぴんと来ないだろう。だから、黙々とやってもらうしかない――信じてもらうしかないのだ。

「時が来たら分かる。そう約束するよ」

「大丈夫、です。信じて、おりますから」

「ありがとう。そういう作業を淡々とやってくれるのは、助かる。それに、毎朝の料理も――ありがとう。いつも、本当に美味しいよ」

 カイトが笑いながら振り返ると、エステルは嬉しそうにほんの少しだけ目尻を緩める。その様子に、彼は目を細めながら内心で思う。

(彼女は無表情だけじゃなくて――あまり、顔に出ないだけなんだな)

 見れば、耳が微かに揺れているし、表情も少し動いている。

 わずかだけど、エステルのことが理解できたような気がして、少し嬉しく思いながら、揚げあがった芋を掬っていく。

 ふと、エステルの視線に気づき、それの油を切りながら振り返る。

「――味見、する?」

 その言葉に、エステルはわずかに頬を染め――こくんと、頷いてくれた。

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