第13話

 カイトの身体の上にしっかりのしかかったフィア。その視線が合い、なんとなくくすぐった心地になる。フィアは照れくさそうに笑みをこぼした。

 少し前まで、どこか気まずかったのに――今はどこか居心地がいい。

 なんだかおかしくなって、カイトは笑みをこぼした。

「そういえば、フィアが添い寝してくれるの、大分久々な気がする」

「そう、でしょうか……いえ、そう、ですね……」

 フィアはわずかに頬を染めて視線を泳がせる。ん、とカイトは頷き、首を傾げる。

「何か事情があったのか? ああいや、別に僕のことが嫌なら――」

「い、嫌なんてことは! ただ、その――急に、恥ずかしくなったんです」

 フィアはふるふると首を振りながら、必死に訴えかけるように言う。頬を染めながら、カイトの胸に手を置いて続ける。

「変な寝顔していたら嫌ですし、もし、変な寝言を言ったら恥ずかしいですし……カイト様に、絶対に嫌われたくはないから……」

「フィアを嫌うなんて、そんなことあり得るはずないぞ」

 安心づけるように、フィアの背に手を回す。優しく抱き留めると、彼女は幸せそうに頬を緩める。そのまま、真紅の瞳で見上げてくる。

 その瞳を見ていると、胸から熱い想いが込み上げてくる。

 だけど、苦しくなくて、愛おしくて、優しくて――今までに感じたことがない。

 心地いいくらいの優しい鼓動に、カイトは目を細めた。

「むしろ――もう、フィアがいないと落ち着かないくらいなのかもな」

「え……それ、って……」

 フィアが軽く目を見開き、頬をわずかに染める。彼女に微笑みかけながら、カイトはその真紅の目を見つめる――彼女の目を見つめるだけで、これまでの時間がよぎる。

 およそ、三か月――だけど、どんな集落や街で暮らした三か月より、濃厚だった。

 それくらい、フィアと共に長い時間を過ごしていたのだ。


 カイトの傍に立って笑ってくれるフィア。

 美味しそうにごはんを食べ、笑顔で嬉しそうにしてくれる。

 彼のことをよく聞き、真面目に話を聞いてくれる。

 彼女の話す、妹の愚痴も他愛もなくて、かわいらしくて。

 少しおちょこちょいで、勇み足なところも、愛おしくて。

 嫉妬深いところもあって、拗ねてしまうときもあるけれど。

 彼女が名を呼んでくれるだけで、それだけで安心している。


「……フィアルマ」

「……カイト様」

 互いに名を呼び合う。視線が合う。徐々に顔が近づいてくる。

 それだけで息が詰まりそうなくらい、胸が高鳴ってくる。だけど、苦しくない。感じたことないこの感覚に、頬が熱くなってくる。

 この気持ちは――きっと、家族に対するものだけじゃない。

 もっと大切な、優しい――自分自身だけのもの。

 フィアはじっとそのカイトの目を見つめ、紅い瞳を切なげに揺らす。

「なんだか……胸がきゅっと締め付けられるみたいで……だけど、苦しくなくて」

「ああ……それでいて、もっとフィアのことが、欲しくなってくる……」

 二人の想いが絡み合うように、視線が交錯した。熱っぽい吐息が、カイトの頬をくすぐる。

「カイト様、もっと、抱きしめて……」

「……ああ、もちろん」

 腕に力を込める。華奢なフィアの身体、だけど、どこかしなやかな柔らかさがあって、抱き心地がいい。その弾力を感じるたびに、さらに胸が高鳴る。

 もっとくっつきたい。フィアが欲しい、そんな気持ちが込み上げてくるのだ。

 そんな気持ちとは裏腹に――どこか、心は穏やかだった。

 思わず二人でくすりと笑い合い、間近な距離で見つめ合う。

「不思議ですね。恥ずかしいのに……こうしていると、落ち着く」

「ああ、僕も同じ気持ちだ。それと、もっと傍にいたい」

「私も、同じです」

 合わさった視線から、気持ちが通じてくるようだ。彼女の瞳に宿る熱が移ってくるように、気持ちが高ぶってくる。

 気が付けば、フィアの長い睫毛が間近で揺れている。上気した頬と、蕩けた瞳。熱い吐息がぶつかり合い、お互いの唇を濡らす。

「――フィアルマ」

 彼女の名を、掠れた声で呼ぶと、フィアは、ん、と白い喉を逸らして目を瞑り――。


 唇が、そっと触れ合った。


 湿った部分が、燃えているように熱い。背筋を熱いものが走り、思わず身震いをする。フィアはそっと目を開け、照れ臭そうにはにかんだ。

「キス……しちゃいましたね」

「もう少し、するか?」

 カイトの掠れた声に応じたのは、フィアの唇だった。食いつくように身を乗り出し、唇を押しつけてくる。重なった唇から、熱い吐息が漏れた。

 カイトは一瞬驚いたが、すぐにその肩を支えて優しく抱きしめる。

 そのまま、フィアの髪に手を添え、優しく梳きながらそれに応えた。

 柔らかくキスを受け止め、鼻がぶつからないように少しだけ首を傾ける。彼女は夢中でむさぼるように唇を重ね――熱に浮かされた瞳で見つめてくる。

「ん……っ、カイト、様っ、ん、ん……っ」

 唇が重なり合うたびに響き渡る水音。甘い喘ぎ声が重なり、耳が蕩けそうだった。

 息継ぎで、お互いの息がこぼれる。どちらからともなく、笑みがこぼれだした。覆いかぶさってくるフィアの頬に手を添えて、カイトは目を細める。


 前までは絆を紡ぐことが、怖かった。

 だけど、今もう、その一線を踏み越えることにためらいはなかった。


「――フィア、大好きだ。ずっと、傍にいて欲しい」

「はい、カイト様、大好きです。永久に、お傍に」


 誓いを立てるように、さらに唇を重ね合わせる。二人の視線が絡み合い、その想いが伝わってくる。優しくお互いを守り合いたい、という熱い気持ちが。

(絶対に、手放さないから)

(絶対に、貴方を守り抜きます)

 二人はふっと笑みをこぼしながら、名残惜しそうに唇を離す。荒い吐息がぶつかり合うが、絶対にカイトとフィアは視線を逸らそうとしない。

 その距離がさらに縮まり――唇が、また重ね合わさる。

 その想いの数だけキスを繰り返し、お互いに熱を交換し合う。

 いつしか、お互いの身体は汗ばむようにじっとりと湿り気を帯びつつあった。その中で、何十回目のキスを終え、カイトとフィアは見つめ合う。

 荒々しいキスを通じ、二人の気持ちは十分に通い合い――。

 ふと、フィアの息遣いが徐々に変わっていることに、カイトは気づいていた。

 まるで、肉食獣が何か獲物を前にしたような、荒々しく興奮した息遣い。甘酸っぱい吐息と共に、妖しく目つきでカイトを見つめる。舌なめずりするように、唇の合間から真っ赤な舌が見え隠れする。

 カイトの胸に添えられた手が、ゆっくりと下へ滑っていく。お腹を触れ、そしてそのまま、腰に手が触れていく。

「……あ、の、フィアさん?」

「はい、ずっと傍にいますよ?」

「……なんだか、傍の意味が違って聞こえるんですけど」

「大丈夫です。そのためにご安心いただくために作るだけです――既成事実を」

「いや、ちょ、フィア、待て、な?」

 慌ててなだめると、フィアは拗ねたように頬を膨らませて訊ねる。

「お預けですか。カイト様。それとも、私相手では……?」

 少し不安な色が瞳に過ぎる。カイトは慌てて首を振って答える。

「そんなことはなくて……ただ、急すぎると思う、ぞ?」

「好き合う二人に、時間なんて関係ないかと。大丈夫です。何とかなります」

 そんなところでお決まりの台詞を言われたくなかった。

 思わず言葉に窮していると――フィアはくすりと笑みをこぼし、仕方なさそうに身体の力を抜いた。そのまま、カイトの額にこつんと額を合わせる。

「――冗談です。まだ、カイト様が本調子ではないのに、そんなことを致すわけないじゃないですか」

「……その割に、本気に見えたけど」

「それは……半分、本気でしたので」

 フィアは間近な距離で視線を泳がせる。カイトは思わず苦笑し、彼女の真紅の瞳を見つめ返す。

「また、時が来たらにしないか? そのときは受け止めるから」

「はい、今はそのお言葉だけで充分です」

 彼女は瞳を潤ませ、嬉しそうに微笑む。そのまま、フィアは身体を密着させたまま、そっとカイトの首の腕を回す。

「今は、貴方のお傍で……それは、構いませんか?」

「ああ、もちろん、大歓迎だ」

 カイトは笑みをこぼし、わずかな距離を詰めるように唇を合わせる。触れ合うだけの淡いキスにフィアは嬉しそうに笑みをこぼす。

 二人は笑みを交わし合いながら、いつまでもずっと抱き合っていた。

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