第12話

 温かい何かに、包まれていた。

 柔らかく抱きしめられているような優しい温もり――とくん、とくんと響くリズムが心地いい。それに微睡みながらも、徐々に意識が浮上していく。

 カイトは少しだけ瞬き――自分が、ベッドにいることに気づく。

(ああ……フィアが、ポイントを使って用意してくれたのか)

 やたらと大きく、ふかふかなベッドである。おかげで、身体がしっかりとぽかぽかと温まっている上に、一緒に寝ている二人も窮屈そうじゃない――。

(って、フィアとローラ……なんで一緒に寝ているんだ?)

 左右を見る。そこには、姉妹が揃って寝息を立て、カイトの腕に抱きついていた。しっかりとしがみつかれているせいで、身動きが取れない。

 少し困惑したが、同時に、布団の温かさの正体にも気づく。

 二人が添い寝して温めてくれたのだろう。おかげで、身体が軽い。

(とはいえ、まだ体は熱いし、喉が痛むが……)

 なんだか、頭は軽かった――悩みの種が、すっきりと消えたかのように。

 フィアとローラ、二人の寝顔を見つめながら、苦笑いをこぼす。

「――家族、か」

 昔は、あれだけ絆を紡ぐのが怖かった。

 だから、一線を踏み越えそうになると、いつもカイトは流浪の旅に出た。そうやって、誰とも深く付き合わず、各地を流浪し続けて来た。

 絆を紡いだ相手を失うのが、怖かったから。

 もう、二度と家族を失いたくなかったから。

 だけど、そんなことを思う暇もなく、気づいたときにはフィアとローラはカイトの心の内側に入り込み、居場所を作ってしまった。

 二人の笑顔が何よりも嬉しくて、一緒にいるのが楽しくて。

「――そのくせ、簡単に命を捨てようとして」

 そう言いながらローラを見つめる。それがわずかに腹立たしくて怖くて、だけど、傍にいてくれることに、ほっとする。

 その気持ちの動きが――夢のせいか、はっきりと自覚してしまう。

(――こんなに、二人のことが大きい存在になっていたなんてな)

 だけど、心苦しくない。どこか、温かい気持ちだ。

 そんな気持ちにさせてくれたのは、きっと彼女のおかげだから――。

 その初めての相棒の姿を見つめながら、小さく囁く。

「ありがとう」

 礼の言葉が聞こえたのか、少しだけフィアの寝顔が緩む。

 思わずカイトは笑みをこぼしながら、さて、と気合を入れる。

(二人のために、ごはんでも作るかな――っと?)

 ひとまず、ベッドから降りようと腕を動かそうとして――動かない。

 がっちりと二人に上からのしかかるようにして抑え込まれているのだ。二人とも軽いから気にならないものの、さすがに全身を使って押さえられると動かない。

 困惑していると、それに気づいたのか、フィアとローラが身動きした。

「あ――カイト、様……」

「兄、さま……」

「うん、おはよう、二人とも」

 カイトが笑いかけた瞬間、二人は目を見開き――次第に、その目に涙を浮かべ始めた。え、と思う間もなく――フィアが、胸の中に飛び込んでくる。

「よ、よかったです、カイト様……!」

「うん……本当、よかったよ……兄さま……」

 ローラも瞳を揺らしながら、安心したように緩んだ笑みを浮かべる。フィアは胸にぐりぐりと顔を押しつけながら、身体を震わせる。

「もう……倒れられたら、どうしようかと……」

「気が抜けたら一気に疲れが出たみたいだ……ごめん、心配かけた」

「本当です……こんなになるまで、動かなくても……」

「いつもは大丈夫なんだけどな」

 苦笑いを思わず浮かべる。今回は、精神的なダメージも大きかった。

 まさに、病は気から、というところだろう。ため息をこぼし、フィアが動いたおかげで空いた手で、彼女の頭をなだめるように撫でる。

「本当に、ごめんな」

「いえっ……カイト様が、無事ならそれで……!」

 フィアは涙ぐんだ顔でへにゃりと笑う――その無防備な笑顔がかわいくて、思わず言葉に詰まってしまう。ローラはその姉の肩を叩きながら微笑んだ。

「まあ、でもこれを機に、兄さまは少し休むようにしてもらわないと。いきなり倒れられたら、私たちの心臓がいくらあっても足りないし」

「善処する――それより、二人とも、退いてくれないか?」

「ダメです。カイト様」

「うん、寝ていて」

 二人に笑顔できっぱりと却下されてしまう。何となく予想していたカイトは吐息をこぼし、ぐったりとベッドに身体を預ける。

「――分かった、分かったから……もう、無理はしない」

「どうでしょうね。カイト様はそう言いながら、無理をしますから」

 そう言うフィアの口調は刺々しいが、その瞳は慈しむように細められている。そのまま、そっと胸にしなだれかかり、一つ吐息をこぼした。

 その優しい重みに思わず目を細め、カイトは片手を持ち上げて背に手を回す。

 ローラはそんな二人のことを見つめていたが、やがて一つ頷いて身体を起こした。

「ん――じゃあ、看病は姉さまに任せようかな。私は、エステルに伝えてくる。ついでに、何かごはんでも作ってこようかな」

「ああ……ありがとう、ローラ」

 カイトは笑って頷くと、ん、と彼女は頷いて姉の方を見やる。

「あとで交代してもらうからね。姉さま」

「はい……ありがとうございます。ローラ」

 フィアは少し申し訳なさそうにしていたが、ローラは悪戯っぽく片目を閉じる。

「その代わり、しっかり兄さまを見張っていてね」

「はい、もちろんです」

「ん、じゃあ行ってくるね。兄さま」

 ひらひらと手を振り、ローラが歩き去っていく――その後ろ姿を見届けてから、カイトはフィアに視線を移す。彼女もまた、カイトをじっと見つめていた。

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