第4話
手負いの青年――グレイ・ダイバーンが村に訪れて一週間が経とうとしていた。
村では彼とアリスティアが和やかな時間を過ごす中、地下のカイトたちはその様子を眺めて、会議を重ねていた。
「ソフィーティア、グレイについてどう思うか、忌憚のない意見を」
「実直な青年、と見受けた。友人に魔物の混血がいるせいが、魔物に対する先入観が少ない。気配りができて、心優しい一面があるが、それ故に過激な判断はできなさそうだ」
「要するに、甘い男か――親近感が湧くな」
「兄さまは意外と、シビアなところがあるけどね」
ローラは白湯を口にしながら少し半眼になって言う。フィアは頷いて微笑む。
「仲間以外には苛烈な一面もお持ちです。そこが素敵なのですが」
「ありがと、二人とも。で、話を戻すけど」
「うむ、私としては彼にアリスティアを預けるのは良いと思う。ただ、実力が伴っていないがために、彼女を守り切れないかもしれないが……」
「――そうだな。確実性を得るために、森を抜けるまでは誰かを護衛につけよう。街に戻ってからは、二人の天運次第だ」
そこで一息つき、エルフ茶を飲むと、ソフィーティアに視線を向け直す。
「グレイの傷が完治し次第、アリスティアが同行する旨を伝えてくれ。彼が受け入れれば、そのまま彼女をグレイと共に行かせる」
「了解した。カイト殿の采配に、任せよう」
ソフィーティアは一つ頷き、ヒカリも同意を示す。そのヒカリにカイトは視線を向けた。
「ヒカリさん、他の二人のフェイ――リリス、シズクの状況は?」
「二人とも順調です。カイトさん。あ、それについて少し相談が。カイトさん」
「うん?」
ふと、ヒカリが少し申し訳なさそうな口調でそれを切り出した。
「リリスは好奇心旺盛で、密偵活動に乗り気なのですが――シズクの方が、ちょっと、その密偵活動に積極的ではない、というか」
「……そうなのか?」
「その、人間を毛嫌いしているようで――」
「分かった。一度、シズクとも話をしよう。それで、彼女を意向を確かめて、それ次第ではダンジョンの方で仕事を割り振ることにする」
「……いいのですか? カイトさん」
ヒカリは少し驚いたように目を見開いて訊ねる。カイトは笑って頷いた。
「折角、仲間になったんだ。嫌がることはさせないよ。幸い、仕事を選ばなくてもいいくらい、状況はいい。いろいろと規模を拡大できたからな」
カイトはそこまで言うと、少し考えを巡らせつつ、全員を見渡して続ける。
「そうだな。いい機会だから、それぞれの管轄をはっきりさせておこう。それぞれの仕事がやりやすいように」
「つまり、会社の部署みたいにするってこと、ですか?」
「ん、そういうこと。まあ、今までやってもらったことを確認する意味でも」
ヒカリの言葉に頷きながら、カイトは円卓につく面々を見渡して言う。
「エステルは、地下の土木建築だな。キキーモラ、トロールの指揮を一手に引き受ける。有事の事態は、現場指揮官となる……そうだな、一応、兵長ということにするか」
「謹んで、承ります」
メイド服のエステルは恭しく頭を下げる。その犬耳はぴこぴこと元気よく動いている。仕事をもらって嬉しそうだ。あとで、ご褒美をあげよう。
「次にヒカリさんは、地上の魔物、つまりエルフやフェイなどの精霊族の管理。彼らの話に耳を傾けて、できるだけ希望を拾い上げて、僕に届けて欲しい……えっと、肩書としては」
「人事部長になるのかな?それとも、補佐官?」
「……なんだか、人事だと嫌な感じがするな」
「……うん、ちょっと会社を思い出して嫌かもしれないです」
カイトとヒカリは顔を見合わせて思わず苦笑いをする。
「じゃあ、マスター補佐ということで」
「分かりました。カイトさん」
「ソフィーティアは村の管理。シエラはたたら場の管理として、ヒカリさんの下につく形だ。何か要望があれば、ヒカリさんに。二人も、多分、そちらの方が動きやすいよな」
「ああ、助かる。ヒカリ様だと、気心が知れていて相談しやすい」
「同、意……」
ソフィーティアとシエラは心なしか嬉しそうに頷いてくれる。最後に、フィアとローラを見て微笑みかける。
「二人は僕のサポートを。肩書はもちろん、ボスになる。臨機応援に、僕をサポートしてくれると嬉しい」
「はい、公私に渡りまして」
「うん、兄さまのために」
二人の火竜の姉妹ははっきりと頷いてくれる。その信頼のこもった眼差しが、とても頼もしい。カイトは頷いて付け足すように告げる。
「それと、もう一つ、部署を作る予定なのを頭に入れておいてくれ。僕の直轄で『トロイ計画』を担当する、諜報組織だ。まだ、担当者は未定だ」
「――つまり、諜報員を外に出して、情報を集める人間ですね?」
ヒカリの訊ねる声に、カイトは頷き返した。
「それに加えて、諜報員の養成も行う予定だ。今、ヒカリさんとエステルにお願いしていたことだな。これも、別の管轄にした方がいいと思うから」
それを踏まえて、と続けながら、フィアに視線を向ける。その視線で、彼女はカイトの求めるものを察してくれる。
差し出されたのは、木の板と、石灰を固めて作ったチョークだ。
それを使い、さらりと今、告げた組織図をまとめていく。
地上はヒカリが管轄。ソフィーティアが村。シエラがたたら場。
地下はエステルが管理。地下の魔物の指揮を統括する。
新設するのは、諜報組織。これのトップは未定だ。
最下層に、カイトたちが控える。これが事実上のトップだ。
「――この組織図で動く。ヒカリさんとエステルは負担が多いかもしれないが、その場合は僕に伝えてくれ。随時、ポイントで召喚して仲間を増やしていく。ただ、管理が行き届かないことだけは勘弁してくれよ? 二人のこと、信頼しているからな」
軽い口調で二人を見つめると、二人は真剣な顔で頷いてくれる。
エステルは仕事に忠実だし、ヒカリは自分たちの部下を愛している。二人なら必ずうまく管理を続けてくれるだろう。
「じゃあ、各々、作業に戻ってくれ。ご苦労様」
カイトが散会を告げると、それぞれが部屋を後にしていく。残ったのは、カイトとフィア、ローラだ。ローラは慣れた様子で、カイトの膝の上に居場所を移しながら言う。
「兄さまも本当にしたたかだよねぇ……諜報組織まで作るんだ」
「ああ、騎士団侵攻の時点で考えていたことだからな」
あのときはコモドが情報を提供してくれたからこそ、侵攻のタイミングを把握できた。だが、情報網がなければ、それすらも察知できない。
早急に、冒険者陣営を探る密偵を必要としていたのだ。
「トロイ計画は、その諜報部隊の組織の一端にしか過ぎない――なんだか、だんだんと戦争染みてきたな」
「実際、冒険者と我々の生存戦争ではありますけどね」
「その生存戦争を制するかどうか――その最初の作戦の可否は、この青年に掛かっているわけだ」
ウィンドウを広げる。そこでは、グレイとアリスティアが仲良さそうに話していた。彼は楽しそうだが、決して下心は出そうとしない。ソフィーティアの言った通り、実直な人間のようだ。
「彼が上手く彼女を保護しながら、この村の噂に拡散に協力してくれればよいのですが」
「ああ、それに加えて――」
そっと目を細める。グレイとアリスティアの二人の笑顔を見比べて付け足した。
「二人が、楽しく暮らせることを、祈っているよ」
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