第2話

「ボスの座を競った二人の争い……大変なことになりましたね。カイトさん」

「全く、本当に。ま、今回は完全に自分が蒔いた種だけど」

 一階層、洞窟――たたら場の奥の一室。そこには、新しく作ったヒカリの部屋があった。光水晶を埋め込み、温かい橙色の灯りが降ってくる空間。

 例によってレンガで作られた、六畳ほどの一室。そこで、カイトとヒカリはお茶をしていた。

「しかし、大分、居心地よく部屋を作ったな」

「はい、シエラとソフィが手伝ってくれて。いつまでも、カイトさんに頼り切りにできないですからね」

 彼女は目を細めて微笑む。さらりと揺れる髪を見つめながら、カイトは笑みを返す。

 本当は、彼女は五階層に越す予定だったが、村の管理もあるので、ここに住むことを決めたのだ。

(シエラやソフィーティアも、ヒカリがいてくれた方が心強いだろうし)

 それに、エルフだけでなく、種族が増えた今となってはその判断が心強い。

「――ちなみに、保護した子たちは?」

「みんな、村で休んでいます。エルフたちが精力的に、心身のケアをしています。種族ですが、戦狼などの獣人族が多いですね」

 獣人というのは読んで字の如く、ヒト型と獣の中間の魔物だ。エルフとは仲が悪いわけではない。カイトは頷いて念のため訊ねる。

「村で特段、トラブルは?」

「特には、ありませんね。保護した子たちも素直ですし。保護した子の中にはドウェルグの子たちもいて、今、もうたたら場で働いています」

「それは、いいことだ。念のため、銃をもう少し量産してもらいたいからな」

「そうですね。今の規模だと、五十。百は、いりませんね」

「ああ、多すぎてもトラブルの種だ」

 カイトとヒカリは頷き合う。二人は別段、野心を抱えているわけではないのだ。平穏な暮らしを、求めているのみなのだ。

「以前も協議したけど、『組織』の強襲は、この一回きりだ。多分、次からは警戒されている――ただ、打撃を加えるのには、十分だったはずだ」

「うん、間違いないです。そうなると、相手の出方、次第ですかね」

「ああ、何かしら動いてくるだろう。それを、アリスティアたちには警戒させる。加えて、騎士団の動向も――そろそろ、何かあってもおかしくはない」

 村には冒険者の出入りがあった。ほとんどが、グレイの知り合いだったが、そのうちの一部は明らかに偵察を目的にした冒険者もいた。

 幸い、事を起こさなかったものの、勘のいい冒険者にはここがダンジョンだと見抜かれている可能性がある。となれば、騎士団の耳にすでに入っているはずだ。

「ひとまず、僕たちはそちらの動向に注視する。だから――」

「はい、私は村のみんなを気に掛けています」

「頼んだ……本当に、助かる。こっちは地下に掛かり切りで、村のみんなに顔を合わせる機会もできないから」

「ふふ、フィアさんやローラさんと仲良くしないといけませんからね」

 くすくすとヒカリは笑うと、真っ直ぐな目を細めて言う。

「お互い、大事な人を護るために頑張りましょう」

「ああ、よろしく頼む。ヒカリ」

 カイトとヒカリはお互いの意志を確かめ合い、改めて握手を交わし合う。二人は笑みを交わすと――ふと、カイトは思い立って訊ねる。

「そうだ。フィアとヘカテのことで相談があるのだけど」

「え? あ、はい、なんでしょう」

 ああ、と頷きながら、カイトは目を細めて思う。

(彼女のことだから、助力はいらないと思うけど――念のためだ)

「人手を、貸して欲しいんだ」


 会談を終え、カイトは自分の部屋に戻ると、そこには勝手知ったるように一人の銀髪の少女がベッドの上でくつろいでいた。

「ヘカテ――お前、暇なのか?」

「ええ、血が足りなくて力が出ないし。カイト、血を飲ませなさいよぅ」

「……ま、いいけど。契約も結んだし」

 ヘカテはフィアに挑戦状を突きつけた後、ダンジョンコアを通してカイトと契約を交わした。正式にダンジョンの一員として、服従することになったのだ。

「こうすれば、別に血を抜かれ過ぎて死ぬことはなくなるわけだ」

「そういうこと。故意でも、過失でも、私たちは貴方に命の危機を感じさせることができなくなったわ。そういう、縛りができるの。コアには」

 カイトがベッドに腰かけ、腕まくりをすると、ヘカテはのそのそと這うようにして彼の腕に噛みつく。しばらく血を吸わせながら、彼は軽く首を傾げた。

「随分、詳しいな。ヘカテ」

「ん……三百年も、暮らしていればね。それに、私は元々、ダンジョン生まれ」

「へぇ、そうなのか?」

「そのダンジョンの腹心だった、ヴァンパイアとエルフの間で生まれた娘よ。んん、カイトの血は美味しいわねぇ」

 そう言いながら、また腕にかぶりつくヘカテ。その表情はとても嬉しそうに目を細め、足をぱたぱたとベッドの上でばたつかせている。

「お褒めに預かりどうも。なるほどね、じゃあ、多少なりは詳しい、と」

「ん」

 血を吸いながらヘカテは目で頷く。余程、カイトの血が気に入ったのか、しばらく吸い付いている。暇つぶしに、カイトはウィンドウを開いてフィアの居場所を確かめる。

 フィアは、第四層でエステルと手合わせしていた。

 血気迫った様子でフィアはエステルに拳を放っている。エステルはそれを弾くようにして捌き続ける――その様子に、ヘカテはふぅんと鼻を鳴らした。

「……悪くはないわね」

 その言葉に、カイトは眉を寄せる。

「そう判断するのか?」

「もちろんよ。悪くないものを、悪いとは言わないわ。余程、合理化された武術を使いこなしている様子ね……貴方の指導?」

「まあ、一応」

「彼女、いい筋の戦い方をしているわよ。それは認めてあげる」

 ヘカテはカイトの腕を放し、口を軽く拭いながら肩を竦めた。

「――人間体なら、私とは対等に戦えるでしょうね」

 それが意味するところはすぐに分かった。カイトは目を細めて言う。

「……元々の姿になったら、ということか」

「正確には、ダンジョンでは全力を出せないから、半人半魔の状態になるわね」

(――あの、身体の一部を変化させたスタイルか)

 フィアは、身体を赤褐色の鱗で身体を覆い、鋭い巨大な鉤爪を生やすことができる。

 ローラは、青緑色の鱗で身を守り、真紅の翼を生やすことができる。

 今まではその力を開拓に利用し続けていたが、確かに、戦いはいつも人間体だ。つまり、その意味での経験値は、少ない。

 そして、その経験を教えることは、カイトにはできない。

「このままだと、勝ちの目はないと思うわよ? カイト」

「さて、それは、どうかな」

 だが、カイトは軽く肩を竦めて笑う。

「――実は、念のためだけど、ヒカリに助っ人を頼んでいてね」

「助っ人?」

「ああ、きっと彼女なら力になってくれる」

 念のため読んでおいて正解だった、とカイトは内心で思う。その視線の先――ウィンドウの端には、その助っ人の姿があった。

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