断章 グランノールの一幕

第1話

 王都より南東――山を越えたその向こうには、拓けた盆地がある。

 そこの中央を陣取るように、一つの城塞都市がある。

 城壁に包まれたその街は、辺境であるため、自然に囲まれている。魔獣や魔物が跋扈するそこでは、たくさんの資源が眠っている。

 それを収拾するために、その街、グランノールは冒険者の街として知られている。そこに住む冒険者たちはその資源や、まだ見ぬダンジョンを探し、冒険を続けている。


 ――そう、この二人も同じく。


 グランノールから東に少し離れた場所にある、通称、メッツの森。

 そこは自然豊かで湧き水も豊富。それ故に、さまざまな山の幸が溢れかえっている。つまり、それを餌にする獣たちもいる。

 その獣の一つ――シャドウウルフ。

 漆黒の毛に包まれ、爛々と輝いた金色の瞳は金色の月のよう。その目は獲物を見つけたら逃さず、ひたすらに追い求めていく。

 知性ありし魔物とは違い、本能のままに追いかけていく魔獣。

 彼らに交渉などは、通じない。

 その狼に追われ、逃げ惑う一人の少女がいた。


「――ッ!」

 倒木を素早く乗り越え、長い金髪をなびかせて駆けていく少女。

 まるで、山を知り尽くした雌鹿のように、その身体を弾ませてしなやかに駆けていく。巨岩を足掛かりにして、沢も一息に飛び越える。その軌跡を、長い金髪が柔らかく波打つ。

 深い段差を飛び降り、軽やかに受け身を取って転がり、飛び跳ねて駆けだす。

 無駄のないその動きは、森の障害物を物ともせずに乗り越える。

 だが、それはシャドウウルフも同じだ。四足でより無駄のない動きで地を駆け、沢を飛び越える。その速さに、ぐんぐんと少女との距離が縮まっていく。

 その獰猛な息遣いに、少女は冷汗を滲ませながら、一つ息を吸い込んだ。

 そのまま、駆ける勢いで真上に跳ねる。頭上の枝を掴み、逆上がりの要領で跳ね上がる。ひらり、と枝の上に登ると、その動きについて来れず、狼が真下を通り抜ける。

 だが、すぐにUターン。少女が登った木の上で苛立ったように吠える。

 それを見つめ、少女は琥珀色の瞳を細めた。

「……いい毛皮です。いくらで売れるでしょうか」

 不敵な笑みを浮かべ、ゆるやかに首を傾げる。シャドウウルフはその言葉を理解せず、獰猛に吠え散らかし――。

 背後に迫っている、その姿に気づかなかった。

 刃一閃。それが、シャドウウルフの首に迸る。刎ねられた首は、地面を転がる。重たい音と共に、地面に首のない身体が崩れ落ちる。

 その後ろで剣を抜いた青年は、その血に濡れた剣を担いで苦笑いを浮かべた。

「ったく、無茶をするな。アリス」

「えへへ、ごめんなさい。グレイ。お役に立ちたくて」

 舌をぺろっと出しながら、ひらりと舞い降りた少女――アリスティアはグレイの傍に歩み寄り、足元の狼の死体を見る。

「いい一匹狼がいたので、いい収入になるかな、と」

「……確かに、いい臨時収入になりそうだけど、あまり無理して欲しくないんだぞ」

 グレイは目を細め、心配そうにアリスティアの目を覗き込んでくる。その気遣うような眼差しに、少しだけアリスティアは罪悪感が込み上げてくる。

 だが、すぐにグレイは笑みをこぼすと、その頭に手を置いた。

「でも、ありがとう。その気持ちは嬉しいよ」

「あ……」

 大きな掌が頭を撫でてくれる。剣を扱う、ごつごつとした指先。だけど、それが心地いい。優しく地肌をくすぐる感覚に、頬が熱くなってくる。

 思わずアリスティアはうつむくと、グレイもわずかに恥ずかしそうに頬を赤らめ、手を下ろした。咳払いをし、腰からナイフを抜く。

「さて、早めに捌いてしまおうか。毛皮が剥がしにくくなる」

「そ、それもそうですね。手伝います」

 二人で照れくさく笑みをこぼしながら、一緒に作業を始める。

 時々、手が触れ合い、どきっとしてしまうのも愛嬌。二人は時折、視線を交わし合って照れくさく笑みをこぼし合った。


 冒険者のグレイに、アリスティアが密偵としての思惑を抱え、接触したのは二か月余り前のこと。だが、アリスティアはその打算とは別に、グレイに惹かれつつあった。

 グレイもまた、彼女が何かを抱えていることを徐々に知りつつあった。

 だが、それでも彼女と一緒にいたいと徐々に思うようになっていた。

 これは、そんな二人の、他愛のない日常の一幕――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る