第7話

 大岩が中空を舞う――その光景を、フィアはウィンドウ越しに見ていた。

 戦が始まったことを思わせる、激しい地鳴りと咆吼。そして何より『侵入者を検知しました』の一文が焦りを募らせる。だが、それを落ち着かせるために深呼吸。

 フィアは椅子に座り直し、気分を切り替える。

(――今は、留守を預からないと……でも)

 どうしても、歯がゆい。

 今、この瞬間、主や妹は強大な敵を前にして戦っているのに、こうして自分はのうのうとしているなんて……。

 そのことに唇を噛みしめていると、ふと、足元から澄んだ声が聞こえる。

「あ、の……大丈夫、ですか?」

「あ……」

 視線を上げる。そこは、二階層。マナウの住む、ハウスボートだ。

 カイトの要請で、そこで待機するように言われていたのだ。そこにいる、幼気な少女の姿に思わず視線を泳がせ、愛想笑いを浮かべる。

「だ、大丈夫ですよ。マナウ。気にしないでください」

「あ、うん……邪魔、です、よね……ごめんなさい」

 マナウは表情を曇らせ、水の中へと潜っていく。まるで、フィアが拒絶してしまった気分になり、罪悪感が込み上げてくる。

 まだ、フィアはマナウのことを受け入れることが、できていない。

 当然だ。カイトの子であるのだが、ローラの子であり、自分の子ではないのだから。

(……でも、それは言い訳、ですよね)

 自分の情けなさにため息をこぼす。だが、同時に思うのは、カイトのこと。

 きっと、カイトはこの現状を喜ばない。だからこそ、敢えてここに待機を命じ、二人で仲を深めるように差配したのだろう。

 それに応えなくて、何が相棒だろうか。

「――マナウ、いいですか?」

「え、あ、はいっ」

 びくりと身を震わせ、水から飛び出す少女。ローラそっくりの顔つきに少しだけ戸惑いが込み上げるが、フィアは努めて笑みを浮かべる。

「折角ですから、一緒に見ましょうか。お父さんとお母さんの姿、見たいでしょう?」

「え……いい、の?」

「当たり前ですよ。今、そっちに行きますね」

 フィアは椅子から立ち上がり、水面が波打つ床に足を向ける。水に足を差し入れると、ひんやりとした感覚が伝わってくる。そのまま、乾いた床に腰を下ろし、ウィンドウを操作する。丁度、ウィンドウの中では投石の攻撃が繰り返されていた。

「わぁ、一杯、石が飛んでいる」

「カイト様の発明ですね。かたぱると、というらしいです」

 フィアは解説しながらも、彼女自身も初めて見るもの。目新しくて見入ってしまう。

(ヒカリさんが設計したもの、のようですが……)

 ウィンドウの中で、獣人たちが力を合わせ、手車を回す。それが動力源になる重石を中空へ引き上げていき、それに連動するように長く太い木の棒が地面へ降りてくる。

 地面に着くなり、トロールとゴーレムがその先端の巨大な木網に、力を合わせて岩を載せる。

 それを見届けたヒカリが合図を出し、エルフが投石機のレバーを引き倒した。

 瞬間、中空に持ち上がった重石が勢いよく地面に落ちる。滑車を通じ、その動力は木の棒を跳ね上げ、勢いよく大岩を跳ね飛ばした。

「すごい……! これ、お父様が考えたの?」

「ええ、そうですね。岩を打ち飛ばして、相手にぶつける装置です」

「あ、でも、当たらないよ……っ」

 マナウがウィンドウを覗き込み、悲痛そうな声を上げる。そのころころ変わる表情を見つめながら、フィアは目を細めてウィンドウを切り替える。

「確かに、この軌道では当たりませんけど……大丈夫です」

 拡大したのは、宙を舞う大岩。それらは、中空に舞ううちに、増えている。

 マナウはそれに目を見開き、あ、と気づいたように声を上げる。

「ばらばらに、なっている?」

「ご明察ですね。マナウ」

 フィアは微笑みながら頷く。岩は増えたのではなく、中空で分離しているのだ。

 ゴーレムが特注で作った、岩を粘土で繋ぎ合わせたもの。それは宙を舞ううちに、つなぎの粘土が振動で崩れ、ばらばらになるのだ。

 つまり、散弾。大岩が命中しにくいことを見越した工夫だ。

 その岩が、激しく毒竜を打ち据える。その衝撃に、毒竜は苦悶の咆吼を上げる。その衝撃は、二階層の迷宮にも伝わり、天井から埃が落ちてくるほどだ。

「ね、お父様はどこにいるの?」

「ここですよ」

 画面を切り替える。そこに映るのは、投石機が並ぶ空き地から離れた、岩山の岩棚。そこに腕を組んで立つカイトは、傍にシエラを置いている。

 そのシエラは魔導鏡を覗き込み、早口に何かを伝える。それを聞き、カイトは頷いた。ウィンドウ越しに、彼の声が伝わってくる。

『ヒカリ、弾着誤差、左に十五メートルだ。修正できるか』

『了解。角度修正します――撃てッ!』

『――よし、いいぞ。右に三メートル』

『了解ッ!』

 そのやり取りを、マナウはきょとんとして見守っている。フィアは苦笑い交じりに解説を加えた。

「カイト様は、高い場所から観測して、どれくらい弾が外れたか確かめているんです。それをヒカリさん――下の指揮官に伝えて、修正させている」

「でも、どうやって……? 細かい距離は、分からないんじゃ……?」

「これですよ、これ」

 フィアは指でウィンドウを示して微笑む。

 ダンジョンマスターが自在に操ることのできる、ウィンドウ。それは、ダンジョン内の任意の場所を移すことができる、万能の監視カメラだ。

 その機能を、彼は逆手に取っているのだ。

(シエラが大まかな位置情報を伝え、その場所をウィンドウで開き、敵と弾着点の位置を把握する――まさか、ウィンドウをこんな使い方に利用するなんて……)

 つくづく、カイトの発想の柔軟さには舌を巻かされる。

「使えるものは何でも使い、徹底的に叩きのめす――それが、カイト様のやり方です」

「ふわぁ……」

 マナウは指示を飛ばすカイトの姿に見入り、目をきらきらさせている。幼気な顔には、ヒーローを見つめるような熱っぽさがある。

 その中で、カイトは目を細めて言葉を続ける。

『よし――弾を変える』

『了解』

(作戦は第二フェーズに入りますか……)

 投石器で攻撃を加えるのが、第一フェーズ。だが、鱗がただれた毒竜とはいえ、ドラゴンの一翼だ。その程度で怯むものではない。

 だからこそ――これは、ただの前哨にしか過ぎない。

 ウィンドウを切り替えながら目を細めてマナウに語り掛ける。

「さて――そろそろ、お母さんの出番ですよ。マナウ」

「え、本当っ!?」

「ええ、お母さんのカッコいい姿を、一緒に見ましょうか」

 フィアは微笑みを浮かべながら、ウィンドウを見つめる。そこでは岩山の上で待機する、妹竜の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る