第2話

 フィアとローラの鉤爪が激突――衝撃波と共に膠着する。

 それを合図に、二人の身体から鱗が消え去っていく。時間切れで変化が解けた。その感覚に、姉妹は揃って吐息をつき、腕を下ろした。

「少し、休憩にしましょうか。ローラ」

「ん、そうしようか。姉さま」

「いや、もう終わりだ。二人とも」

 そのタイミングを見計らい、カイトが二人に声を掛けると、二人は振り返ってぱっと顔を輝かせた。ローラは小走りに駆け寄り、彼に弾けんばかりの笑顔を見せる。

「兄さま、ダンジョンの確認は終わったの?」

「ああ、あとは何とかなることを祈るだけだ」

「お疲れ様です。カイト様」

 ローラの頭を撫でていると、フィアも穏やかな笑みで歩み寄ってくる。カイトは目を細めて二人を見つめながら告げる。

「身体を動かすのは終わり。明日に備えて、もう休もう」

「そうね。二人とも落ち着かないのは分かるけど、今は休むべきよ」

 ヘカテは欠伸交じりにそう告げながら、カイトの隣に並び、悪戯っぽくウィンクする。

「――カイトも、一緒に寝る?」

「いや、お姫様たちの相手をしたいから」

「あら、甲斐性なし。仕方ないわね」

 彼女としても冗談だったのだろう、あっさり引き下がると、すたすたと立ち去ってしまう。その小柄な銀髪少女の姿を見送っていると、フィアは不安そうに目を伏せさせる。

「……もしかして、ヘカテもカイト様を狙っているのでしょうか」

「かもしれないねえ。姉さま。泥棒猫だ」

 ローラは頷きながら、ふしゃあ、とふざけて猫の物まねをする。だけど、その目は笑っていない。カイトは苦笑いを浮かべながら、ローラの髪をくしゃくしゃに撫でる。

「こら、嫉妬しないの。別に、二人から心離れしないから」

「でも、カイト様はお優しいから……」

「身内に対してだけだよ。ほら、もう休むぞ」

 カイトは安心づけるように二人の手を取って歩き出す。フィアは嬉しそうに笑って隣に並び、ローラはえへへと表情を緩めてカイトの腕に抱きついた。

「なんだか、姉さまと兄さま、二人でこうしているのが久々な気がする」

「仕方ありません。私とローラは訓練していましたし、カイト様も〈アマト〉で掛かり切りでしたから。一か月近く、ご無沙汰です」

「ああ、ごめんな。相棒」

「いいえ、お互い様です。カイト様」

 二人で笑みを交わし合うと、いいなぁ、とローラが腕を引っ張って拗ねてみせる。

「姉さまとイチャイチャしていないで、私も構ってよ、兄さま」

「ああ、悪い。今日はしっかり構ってやるから」

「やったっ、何でもしてくれる?」

「もちろん、できる限り。今日は二人の傍から離れないから」

 その言葉に、フィアとローラも嬉しそうに笑みをこぼした。

(まあ、それくらいしないと、二人も落ち着かなくて休んでくれないだろうし)

 今日くらいは、二人の我がままをしっかり聞こう。

 そう思いながら、二人の姉妹と手を繋ぎ、カイトは五階層に戻っていく。


 そして――三人は、風呂場にいた。


 かぽん、と木の桶がいい音を立てる、湯殿。

 エルフが仕立ててくれた木の浴槽にカイトは身を浸して一息ついた。フィアとローラも居心地良さそうに、カイトの両脇でくつろいでいる。

 美少女二人と一緒に、お風呂――なんとも、極楽なことこの上ない。

「……しかし、意外だったな」

「はい、どうかしましたか?」

「ん、フィアがお風呂に誘ってくるなんて」

 右隣を見ると、一糸まとわぬ姿のフィアがゆったりと湯船の縁に寄りかかっていた。カイトの質問に顎に人差し指を当てて首を傾げる。

「そうでしょうか? 確かに湯あみまでご一緒したことはないですけど」

「でも、どちらかというと、ローラの方が誘いそう」

「んん……さすがに、お風呂を一緒は恥ずかしいよ」

 左隣に視線を移すと、ローラは恥ずかしそうに頬を染めて身を手で隠していた。その反応に思わず苦笑いを浮かべる。

「今さら、身体隠す必要はないだろう?」

「そう、だけど……ベッド以外で見られるのって……なんだか、恥ずかしい……」

 ローラは頬に手を添え、悩ましげに息を吐き出す。フィアは小さく笑みをこぼす。

「ローラは悪戯好きに見えて、意外に純情さんですからね。仕方ないです」

「フィアも大人しめに見えて、意外に肉食系だからな」

「……だって、カイト様が何でもしてくれる、っていうから」

「うん、だからこうやってお風呂だ」

 カイトは目を細めながら、手を伸ばしてフィアの頭をそっと撫でる。彼女は心地よさそうに目を細め、彼の身体に寄り添ってくる。

 肌が触れ合うが……そこまで、邪な気持ちにはならない。どこか優しい気分だ。

「でも……確かに、いいね、こういうお風呂」

 ローラもゆるやかに吐息をついて身体をリラックスさせ、だが、カイトの視線に気づくと少し頬を染めながら片手で身を隠す。

 だが、意外に大きな胸は隠しきれず、水面から上側が顔を出している。

 それにフィアは気づいたのか、むっと唇をへの字にする。

「……妹のくせに……大きいです」

「あはは、好きで大きくなったわけじゃないんだけど……」

「この脂肪の塊で兄さまを誘惑するんですか、えい、えいっ」

 手を伸ばし、フィアは妹の胸を突き、ローラはくすぐったそうに声を上げた。

「姉さま、あまりいじめないでよ」

「ふん、いじめていいのはカイト様だけですもんね」

「そ、そういうわけじゃないけど……兄さまが、触りたいなら、いいよ?」

「そこで僕に振らんでくれ……」

 ローラからの上目遣いは、結構、凶悪だ。誘惑に負けそうになる。

 そのぐらついた内心を見て取ったのか、

「ふん、おっぱいが大きい方がお好きなんですね。カイト様は」

 拗ねたような口ぶりに言い、フィアは湯船に半分顔を沈め、ぶくぶくと泡を吐き出す。その仕草にローラはあちゃあ、と目をぱちくりさせた。

「久々に姉さま、いじけちゃったよ」

「全く、仕方のないお姉さんだ」

 カイトは苦笑いをこぼし、手を伸ばしてフィアの肩を抱き寄せる。水の浮力に頼り、彼女の身体を抱き上げ、膝の上に載せた。

 そのまま、ぎゅっと身体を抱きしめると、彼女は目をぱちくりさせた。

「か、カイト様……?」

「こうしても、伝わらないかな? フィアが魅力的だってこと」

 小柄で華奢な身体。だけど、抱きしめると柔らかさが十分に伝わってくる。湯の中でもはっきりと分かる、彼女の高い体温。

 とくん、とくんという鼓動さえも聞こえてくるようだ。

 彼女の頭の後ろに手を回し、濡れた髪を梳くように撫でると、彼女は熱っぽい吐息をこぼした。瞳が次第に潤んでいき、その腕がカイトの首に回される。

 カイトとフィアは見つめ合ったまま、そっと顔を近づけ、唇を重ね合わせる。

「ん……っ」

 小さく喉を鳴らしながら、彼女は応えるように唇を合わせる。二度、三度とキスを繰り返してから唇を離すと、フィアはとろんとした瞳で緩んだ笑みを浮かべた。

「――のぼせちゃいそうです」

「満足した?」

「……もう少し、ぎゅっとして下さい」

「のぼせない程度にな」

 カイトは軽く笑みをこぼしながら、フィアの身体を抱きしめる。彼女は上機嫌でカイトの肩に鼻を寄せ、ぎゅっと抱きついてくる。

 その様子に、ローラは姉に見えないようにやれやれと首を振ると、不服そうに頬を膨らませる。

(――ローラは、後でたっぷり、な)

 口の形だけでそう伝えると、彼女は表情を緩めて小さく口を動かす。

(絶対だからね?)

 そのまま、そっとカイトの肩に寄りかかってくる。その二人の感触を味わいながら、カイトはのんびりとその湯を楽しんだ。

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