第4話 魔法1
「ルーク。今日は魔法について教えてあげるわ」
5歳の誕生日を過ぎたある日の事、家族で朝食を摂っていると母が突然切り出した。
「お母さん、魔法なら小さい頃に習ったよね?毎日練習もしてるし」
今更何を言っているのだと、俺は呆れたように返す。すると母も呆れたように
「小さい頃って、今も充分小さいでしょ?」と言われてしまった。確かにそうだ。
まだ5歳なのだから。オジサン1本取られましたよ。はっはっは。
「以前ルークに教えたのは、水属性魔法の初歩と魔力量の鍛え方だけよ。そろそろきちんと教えた方がいいと思ったのよ。朝食が済んだら、裏庭にいらっしゃい。たっぷりと仕込んであげるから」
そう言ってクスクスと笑いながら、母は席を立った。
『マズイ、あの笑顔はマズイ。俺に明日は来るのだろうか』
そんな心の声が聞こえたのだろうか。筋肉ダル…父は引き攣った笑顔で言う。
「ルーク、生きて帰って来られるといいな」
チクショウ、ふざけんな。お前の嫁だろ、ちゃんとコントロールしろよ。
そんな事は、口が裂けたら言えない。…痛いだろ?俺も引き攣った笑顔で助けを求める。
「お父さん、危なくなったら助けてよね」
俺の言葉に、父は明後日の方を向きながら呟く。
「あ、今日は村長と一緒に狩りに出掛けないといけなかった。悪いが付き合ってやれねぇ。急がないとな…」
目を合わせないようにし、父も席を立った。
『汚ねぇ、逃げやがった』
口に出来るはずもなく、朝から俺は最悪の1日を覚悟する。
せめて一秒でも、死地へ赴く時間を伸ばさなければ。新メニューを考えていた頃よりも、自分の思考をフル回転させる。そして今の自分に出来る、最高の答えを導き出す。
「お父さんもお母さんも行っちゃったし、僕がお皿を洗わないといけないね」
良い弟をもって幸せですね、お姉さん。そんな阿呆な事を考えたせいか、良い弟をもった姉が間髪入れずに返して来る。
「ふふふ。ルークは優しいですね。でも、私が片付けておきますから、ルークは修行に集中して構いませんよ。貴方の身の回りの事は、全て私が責任を持ってお世話させて頂きますから」
ちょいとお姉さんや。他人が聞いたら、姉弟とは思えない台詞じゃないですかね?
まぁ、義理の姉弟ですけど。デキる姉を持つと、弟は苦労するんですよ。
はぁ。仕方ない、諦めて地獄へと向かいますか。俺は姉に片付けを任せ、鉛と化した足を、裏庭へと向けるのだった。最後の抵抗、牛歩戦術を発動したのはナイショだ。
「やっと来たわね。それじゃあ、私の隣に座りなさい」
「うん、お母さん」
芝生に立っている母の隣へ座ると、母も腰を下ろす。
「まずは魔法に関する知識を教えるわ。以前ルークに教えたのは、水魔法の初級、ウォーターボールね。そして、毎日限界までウォーターボールを放つ練習。ここまでは良いわね?」
「うん。ところで、さっきから水魔法って言ってるけど、水以外にもあるの?」
「えぇ、そうよ。村の中だと危険だから教えてないけど、魔法には属性というものがあるの」
「属性?じゃあ、火とか風とか、あとは雷とかもあるの?」
「火と風は有るけど、雷は無いわね」
笑いながら答える母は、とても魅力的だ。子供ながらにドキドキしてしまう。傾国の美女というのは、こういう人の事なのだろう。
「正確に言うと、雷は無い訳ではないの」
無い訳ではない?回りくどい言い方をするのは何故だ?
「それは、雷も有るという事でしょ?」
「そうね。でも、雷は使える者がいない。いなくなってしまったのよ」
「いなくなった?」
過去には存在したという事か。失われし古代魔法みたいな感じか?
「そうよ。神の雷とか、裁きの雷なんて物語に書かれていたりするでしょう?」
「姉さんが時々読んでる物語に出て来てた気がするけど…」
「雷は神々にしか使えないと言われているのよ」
エルフの次は神かよ。本当にファンタジー世界じゃねぇか。
この世界の常識もわからないし、一応確認しておいた方が良さそうだな。
「神って本当にいるの?」
「あれ?神魔大戦に関する本は読んでないの?…まぁいいわ。それは後日ゆっくりと読みなさい。今は魔法の話よ」
そんな本、ウチにあったっけ?と思ったが、今は聞く訳にはいかない。母が後日と言ったのだ。逆らったら命が無い。ただ、神にしか使えない『失われた属性』という事は、神はいなくなったと考えるべきなのかな。それ以前に、子供が読む本ではない気がする。
俺は傾げた首を戻し、母の言葉に集中する。
「じゃあ、気を取直して魔法の属性から。魔法には主に、火、水、風、土、光、闇があるわ。光に関しては聖属性とも呼ばれているの。で、魔法にも種類があって、通常の魔法と呼ばれている物以外にも、精霊魔法、龍魔法、と呼ばれている物があるわ。質問はある?」
「精霊魔法と龍魔法は、どう違うの?それと、さっき主にって言ったけど、まだ属性があるって事?」
精霊魔法とか龍魔法も、若い頃に読んだ小説に出て来た気がする。こんな事なら、しっかりと覚えておくんだった。昔過ぎて、内容は一切記憶に無い。とほほ。
「ちゃんと集中して聞いてたのね。偉いわー」
わぷっ。お母様、突然抱きしめないでもらえませんか。窒息しそうです。相変わらず良い乳してますね。揉ん…いや、何でもないです。
「精霊魔法はエルフ族が、龍魔法は龍族がそれぞれ使うものよ。精霊や龍の力を借りたりするものなんだけれど、個々の相性もあるから自由自在に扱える者が少ないの。だから、あまり気にしなくていいわ。ルークには使えないし」
相性ね。相性が良くないと自由自在に扱えない…つまり、威力が無いとか狙いが定まらないって事かな?まぁ、エルフ族でも龍族でもない俺には無関係って事か。まぁ、スルーして良さそうな内容だな。口を挟まず、母の説明を聞く事にする。
「残りの属性については、時と無があるわね。時は時空間、無は無属性の事」
「時空間?それって、時間を止められたり、転移出来たりするの?」
全国の健康な男子諸君!ワープ出来たら、あんな場所やこんな場所が…。すみません、暴走しました。いけません、いけませんよ。悪い事をするとバチが当たります。
『の◯太さんのエッチ!』って言われちゃいますね。
しかし、あれって何で毎回タイミング良く入浴してるんだろ?逆にウェルカムって考えてるんじゃないか?準備万端、既成事実ヨッシャー!みたいな。
閑話休題。
「時間が止まったり、転移出来たりするという事は聞いたことないわね。悪い事に使われちゃうだろうし、あっても禁止されるんじゃないかしら。ルークは悪いことしちゃダメよ?」
「あはは……悪い事ってどんな事?」
お母様、あなたはエスパーですか!何が悲しくて覗きなんてしなくちゃいけないんだ。正々堂々とあんな事やこんな事を…。お母様、そんな目で見つめちゃ嫌。漏らしちゃいます。
「まぁいいわ。お父さんが教えたのね。あとでキツくお仕置きしないと。」
おや?よくわからないが、クソ親父に矛先が。くっくっく、ざまぁ。いや、待てよ。こんな美女のお仕置きなんて、羨まし…いや、考えるのはよそう。
この手の欲求は無くなったと思っていたんだが、若い肉体になったせいかな。頭の中がピンク色だよ。まったく碌なもんじゃない。おっといかん。さっきから変な事ばかり考えてしまう。今は魔法に集中しようではないか。
「時に関しては、その属性の魔石があるのよ。でも魔法は確認されていない。神々には使えたのかもしれないけど、ハッキリしてないわね」
定番の魔石が登場した。魔石を有効活用するのが、異世界の主人公ってヤツだよな。これも詳しく聞いておこう。
「魔石って?」
「各属性の魔力を帯びた石の事を魔石と呼ぶの。まぁ、無属性も併せて追々ね」
残念、詳しく聞けませんでした。まぁ、今はわからないし、とりあえずは魔法に集中しようか。これ以上脱線すると、母さんの機嫌が悪くなってしまう。地獄の表層までの予定が、最下層になったら目も当てられん。
「わかった。とりあえず今は、魔法の事を教えてよ」
「えぇ。ルークは偉いわ。じゃあ、しっかり身体で勉強するのよ?」
こうして地獄の蓋は開けられるのである。
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