第267話 SSS級クエスト14

ダンジョンの入り口を数分進んだ辺りで、現れたゴブリンとコボルトの相手をするナディア。そんな彼女を後ろで見守っていたルークの表情は険しい。


(砂漠で足を取られている事もあるんだろうが・・・それを差し引いても、神崎の技を教える以前の問題だな。)


そんな事をルークが考えているのは、ナディアの戦い方に問題を見つけたから。だがそれは、戦果に問題があった訳ではない。結果だけを見れば、無傷の完勝である。普通ならば、ケチをつける点は見当たらない。


しかしナディアが何時か相対するのは、化物クラスであろうユキ。対人戦闘に必要なのは、技の多さと熟練度。駆け引きにおいては、引き出しの多さが勝敗を左右する。ただし、それは地力の差が無い場合の話。


現状、ルークが危惧するのは基礎の部分。いや、基礎はそこそこ様になっているから、もう一歩踏み込んだ部分だろうか。



戦闘を終えたナディアに対し、労いの言葉を飲み込んで確認する。


「一応魔力による身体強化は出来るみたいだな?」

「え?・・・えぇ。ティナに教わったわ。」

「なるほど。なら確認なんだけど、接近戦以外の手段は?言い換えれば遠距離での攻撃。」

「・・・無いわ。」


この世界において、魔力による身体強化はほとんど知られていない。ティナが知っていたのは、父親が魔力による身体強化の第一人者・・・先駆者だったから。肉弾戦という共通のスタイルのアスコットとナディアであれば、参考になると考えて指導だった。


事実、魔力強化を会得したナディアは飛躍的にレベルアップしている。だがそれでも、アスコットには遠く及ばない。彼はナディアの数十倍、或いは数百倍の経験を有している。身体能力に関しても、ナディアの数倍を誇る。同じ事をしていても、勝てる道理は無いのだ。


今のままではマズイと、ルークは竜王達へと視線を移す。


「時間は惜しいけど、ここで焦る訳にもいかない。悪いが、少し時間を貰うぞ?」

「それは構わないが、一体何をするつもりだ?」

「ナディアには戦闘の幅を広げてもらう。」

「「「「幅?」」」」


ルークの発言に対し、全員が一斉に首を傾げる。魔力による身体強化という世間一般には知られていない手法。即ち、幅を広げられる程の引き出しは無いように思えたのだ。事実、そんな物は無い。あればアスコットやティナが使っているのだから。しかしルークは違った。



「ナディアに聞くけど、魔力による身体強化とは何だと思う?」

「え?・・・魔力で全身を強化する・・・こと?」


改めて聞かれると自信が持てないのか、辿々しく答えるナディア。他に言いようが無いのだから、そう答えるしかない。それは質問したルークにもわかっていた。


「まぁ、その通りだな。」

「ほっ・・・。」

「なら、ナディアはどれ位の魔力を使って身体強化してる?」

「え?そう言われると・・・わからないわ。」


ルークの次なる質問は、盲点とでも言うべきものであった。故にナディアは答える事が出来ない。



この問い、魔力という力がありふれた世界においては当然の疑問であって当然ではない。卵を掴む時、どの程度の力を込めているのか聞くようなものなのだから。


これが魔法となれば話は違う。どの程度の魔力を込めたのかがハッキリしている魔法とは、全く以て異なるのだ。



卵を掴むのなら卵が割れない分、10キロの重りを持つのなら、10キロの重りが持ち上がる分の力を込めている。そう答えるしかないだろう。だがそれを、咄嗟に答えられる者がどれだけいるだろうか。基本的に、力を込めるという行為は無意識である。否、経験によって導き出されているはず。


全く未知の物体を持ち上げようとした時、人は一体どのように力を込めるだろう。大胆な者は、いきなり結構な力を込めるかもしれない。慎重な者は、徐々に込める力を増やすのではないか。



ちなみに予想よりも軽かった、思っていたより重かった。これは経験を基にした予測によって齎される感想であって、今回の質問の意図するところではない。



「そうか。じゃあ最後の質問だ。全力で身体強化を施すと、何が起こると思う?」

「・・・わからない。けど・・・肉体が壊れる?」


人は無意識に力を抑えている。それを知るナディアだからこその答え。だがそれにより、ナディアも何となくルークの言わんとしている事を理解する。正解かどうかは別として。



「残念、不正解。正解は・・・試してみるといい。」

「え!?だ、大丈夫なの!?」

「心配しなくても大丈夫。危険は無いから。」

「信じるわよ!?」


苦笑混じりに答えたルークを疑いつつも、ナディアは全身に魔力を纏う。全員が徐々に増加する圧迫感を感じた次の瞬間、予想だにしない現象がナディアを襲う。


「へ?」

「「「は?」」」


ナディアから放たれていた高密度のエネルギーが、突然霧散したのだ。これにはナディアだけでなく、見守っていた竜王達も呆気に取られた。


「とまぁ今ナディアが体験したように、扱い切れない魔力は拡散してしまう。これは魔法にも言える事かな。」

「し、心配して損したわ・・・。」

「だから大丈夫って言ったろ?」


胸を撫で下ろすナディアに、ルークは呆れ混じりに答える。そんなほのぼのとした2人とは違い、何やら引っ掛かったエアが真剣な表情で声を上げた。


「扱い切れない魔力は、じゃと?」

「お?そこに気が付くとは大したものだな。」

「「「?」」」

「ハッキリ言おう。ナディアの魔力が散ったのは、単に魔力操作が下手だったからだ。」

「ならば、お主はどうなのじゃ!?」

「オレか?オレが本気でやると・・・こうなる!」



ーーブワッ!


「「「「っ!?」」」」


突然ルークから放たれた突風に、ナディア達は息を呑む。本来、魔力は空気と同じようなもの。それ自体が何らかの事象を起こす事など無い。だからこそ全員が驚いたのだ。そしてルークは次なる行動に移る。


「魔力による身体強化。その副産物の1つが・・・コレだ!」


そう言いながらルークが放ったのは、ごく普通の右ストレート。誰もいない場所へ向けて放たれた拳の10メートル先には、比較的大きな砂の山。



ーードンッ!!


「「「「なっ!?」」」」


4人が目を見開いて驚いたのは、砂山の中腹に直径30センチ大の穴が空いたから。しかもその穴は、見事に砂山を貫通しているのだから。それも見えない何かによって。



だが驚愕する4人には目もくれず、ルークはさらなる行動に出る。


「今の副産物がさしずめ『魔弾』、そしてこれが最大の副産物・・・『魔拳』だ!」



解説しながら移動し、今度は左ストレートを直接砂山に叩き込む。大して力を込めたとも思えない一撃は、これまた有り得ない結果を伴った。


ーーボンッ!


「「「「はぁぁぁ!?」」」」



4人が間抜けな声を上げたのも無理はない。なにせ小学生程度のパンチが、3メートルはあろう砂山を跡形も無く吹き飛ばしたのだから。



ナディア達が唖然とする中、ルークはゆっくり元いた場所へと向かうのであった。・・・口に入った砂を吐き出しながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る