第218話 守護神の帰還

学園長が王都を目指してからの10日間。最初の村、トルドラーザ村と言うんだが・・・そこをフィーナに任せ、オレとティナは他の村を回っていた。トルドラーザ村の村長が言うには、どの村も似たような状況らしかったからだ。結局は内政干渉なのだが、やはり放置するのは良くないという結論に至った為である。


他の国とは逆で、王都は切り捨てても良いだろうという意見に落ち着いた。切り捨てると言うと語弊があるかもしれないが、要は国王が何とかすればいいのだ。いや、本来ならば国王が他の村についても何とかしなければならない。オレ達が手出しする必要は無いのだから、文句を言うのはお門違い。そう反論出来る状況にしておかなければならなかった。主にスフィアの為。



移動に関しては、空を飛んだお陰で1日で済んだ。ティナが食材を確保する間に、オレが防壁を築いて料理を作る。この作業に1.5日。つまりは1つの村に約3日を要した。3つの村を回り、4つ目の村へと辿り着いて今に至る。



「ルーク・・・生存者はおりませんでした。」

「こっちもダメだった。ゴブリンじゃなさそうだな。」

「えぇ。遺体は比較的綺麗なままでしたから、壊滅した村と同じでしょう。」

「コボルト、か。」


犯人がゴブリンであれば、死体は悲惨な状態となっている。しかしこの村の住人達の亡骸は原型を保っていた。つまりそれ以外の魔物となるのだが、オレ達が知っているのはコボルトの群れしかない。


「一体何故、村を襲撃するのでしょうか?」

「う〜ん・・・考えられる理由としては、邪魔だったとか?」

「邪魔、ですか?」

「あぁ。陵辱や征服が目的なら、生存者がいるはずだ。でもそんな形跡は無い。何より気になるのは、徹底的に家屋を破壊している事。」

「言われてみれば少し変ですね。」


凶暴な魔物が暴れまわって、住居を破壊する事は良くある。だがこの村のように、徹底的に破壊する事はまず無い。余程癇に障ったか、何か目的が無ければここまでは・・・。


「他にも魔物や動物がいるよな?それなのに遺体は綺麗なまま?」

「近寄らない理由があるのでしょうか?」

「近寄らない、もしくは・・・近寄れない?」

「「っ!?」」


ティナも思い至ったらしく、2人同時に息を呑む。あまり言いたくはないが、食料を前にして躊躇う理由。それは本能が危険だと告げているに他ならない。ココは危険地帯なのだ。つまり、何者かの縄張りを意味している。それは当然コボルトだろう。


「他の村の周辺はどうだった?」

「特に異変はありませんでした。」

「つまり、この先に何かがいるのか。」

「討伐に向かいますか?」

「・・・いや。まともに冒険者として活動しているティナはまだしも、オレが向かうのはマズイだろうな。」

「フィーナさんもですね。」


オレは冒険者ギルドに喧嘩を売っているし、フィーナは辞めた後で色々と揉めたらしい。冒険者として大手を振って動けない以上、侵略行為と受け取られかねない。だからってティナ1人を向かわせるのは得策じゃないだろう。


「確認に向かってもいいけど、そのまま戦闘となる可能性も考慮して・・・戻ろうか。」

「そうですね。明日には学園長も戻って来るかもしれませんし。」


ティナがあっさりと引き下がったのは、おそらく戦う理由が無いから。コボルトは食えないし、他国の為に危険を犯す必要は無い。ティナは誰よりも優しいが、善意で腹が膨れない事を誰よりも理解している。報酬を受け取っての冒険者であって、善意だけで動くのは勇者と呼ばれる者達だろう。


そしてティナが言うように、あと数日の内には学園長達も戻って来るだろう。オレ達に必要なのは自分達に関係のある情報だ。有意義な情報は手に入らないかもしれないが、最低限王都の様子は知る事が出来る。今後の行動指針を決める為にも、無くてはならない情報となるはず。



転移で村へ戻ってから3日後。ようやく学園長達が戻って来た。


「戻ったのじゃ!」

「随分と時間が掛かったな?」

「コボルトの群れがあちこちにおってのぉ。やり過ごすのに時間を食ってしまったのじゃ。」


学園長達3人では、ゴブリンさんですら厳しいだろう。格上と思われるコボルトが相手では、隠れてやり過ごすしか無い。そして相手が移動しなければ、大きく迂回する必要がある。最速で往復10日の行程を13日というのは上出来だろう。


「無事でなによりね。それで?」

「うむ。まずは本来の目的である報告に関してじゃが、これは王都の入り口で無事に済ませる事が出来たのじゃ。」

「入り口?中には入らなかったのか?」

「入らなかったのではなく、入れなかったのじゃ。」

「何かあったのですか?」

「王都近郊に大規模なコボルトの群れがおるそうじゃ。そのせいで王都は今、厳戒態勢が敷かれておる。ワシも一応報告される側じゃろ?単独行動するのもマズイと思って、隠れて待っておったのじゃよ。」


学園長が言うように、メンバーがバラバラに行動するのは怪しまれるだろう。普段はちゃらんぽらんな学園長が、的確な判断を行っている。本当に何処かで反動が来なければいいのだが・・・。


「じゃあオレ達が向かっても問題は無いのか?」

「過去に類を見ない厳戒態勢じゃ。寧ろ向かわねばならんじゃろうな。」

「コボルトと繋がっていると断定されるものね。」

「は?何でそうなる?」

「そういう王なのじゃよ、アイツは。」

「無茶苦茶な・・・。」


ちょっと疑わしい行動をした程度で、魔物と結託しているなんて思うか?有り得ないだろ。っていうか、相当頭のおかしい国王なんだな。これは別の意味で警戒する必要がありそうだ。


「じゃあ、少し余裕を持って6日で到着するように移動、でいいかな?」

「うむ、問題無いじゃろ。」

「なら今日1日は村の周囲を広範囲に確認して、明日の朝出発しよう。」

「「えぇ。」」「わかったのじゃ。」


たった1日でも、のんびり移動すれば状況が改善されるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながらの決定だった。


そして今日1日ですべき事。それは他の村への補給である。今後オレ達が訪れる予定は無いのだから、出来る限りの物資を渡さなければならない。王都へ向かった村人達が戻るまでに必要な食料を。



学園長を残してオレとティナ、そしてフィーナで村々を回る。とは言っても、ただ物資を届けるだけではない。そちらはティナとフィーナに任せ、短時間で広範囲を哨戒出来るオレは別行動だ。周辺にコボルト等の手に負えない魔物がいない事を確認する。そうすれば、残った村人だけでも狩りが出来るからだ。オレ達が渡した食材は、日持ちするように加工して貰えばいい。



暫くは大丈夫そうな事を確認し、やっと王都へと向かうのであった。





一方、慌ただしく動くアストリア王国王都。学園長達が王都内に入っていれば手に入っていたであろう情報の数々。中には非常に重要なものがあった。時は数日遡る。



「私達を呼び戻す程の問題なのかと疑わしかったけど・・・確かにこれは大問題ね。」

「あぁ。侵入者も気にはなるが、まずはコボルトの軍勢をどうにかしないとな。」

「それにしてもエレナよ。儂ら全員で来る程の大事なのか?」

「そうよ、ランドルフ。思い出してみなさい?ここまでの道中、コボルトを見掛けたかしら?」

「いや、見ておらんの。・・・まさか他国でも確認されておらんコボルトが、全てこの国に集結しておると?」

「あぁ。多分そうだろう。理屈はわからないが、あちら側のコボルト全てが王都の近くに集まっていると見て間違いない。」


実はルーク達が村々を回っている間、守護神とされるエレナとアスコットはアストリア王国より呼び戻されていた。遠隔地からどうやって、と思うかもしれない。だがそれにはアストリア王室が持つ魔道具が関係していた。通信手段が手紙しか無いこの世界において、ルーク達が持つ魔道具は神器に比肩する。それ故、世界中の何処を探しても他には無い。


アストリア王室が保有する通信の魔道具。それは非常時に光らせる事が出来るだけの物であった。詳しくは知らないが、初期のポケベルに近いのだろうか。


エリド村の住人達だが、幸か不幸か偶然にもダンジョンの外に出ていた。ダンジョン内での消耗が激しく、ライム魔導大国の王都で休息を取っていたのである。そうでなければ、今頃は王都へ向けて移動の真っ最中だったはず。



守護神と呼ばれる以上、エレナとアスコットは王都を離れる事が出来ない。そう見越して、エリド村の仲間達に助力を求めた。現在は仲間達が偵察に向かい、エレナ達は王都で帰りを待っている状態である。


面倒を背負い込んだように思えるエリド村の者達だが、彼等にも利益はある。ダンジョンで痛感させられたのは、向こう側の魔物との実戦経験。何処にでも居るような魔物達が、予想外の攻撃を繰り出す。過去に1度経験していたはずだったのだが、それも100年以上前の事。完全に忘れてしまっていたのだ。それを補うには、比較的弱い魔物が多い此方側で経験を積むしかない。


「戻って来たみたいじゃな。」

「お疲れさん。それでどうだったんだ?」


戻って来た者達を労いつつも、状況を確認するアスコット。その問いに答えたのは狼の獣人であるアレンだった。


「ありゃヤベェな!ダンジョンが可愛く見える光景だったぜ?」

「何があったの!?」

「落ち着いてよ、エレナさん。」

「教えてターニャ!」


ウサギの獣人であるターニャにエレナが詰め寄る。余談だが、ルークが初めてターニャを目にした時の感想が『リアルバニーちゃん・・・ナイスです!』であった。この時5歳だった為、ルークの発言内容に耳を傾ける者がいなかったのは救いだろう。


「コボルトの大軍がいやがったんだよ。」

「王都のすぐ近くに、ね。」

「数は?」

「聞いて驚け!軽く見積もっても10万!!」

「「「「「なっ!?」」」」」


アレンの発言にエレナ達だけでなく、周囲に待機していたエルフ兵達も驚く。それもそのはず。ゴブリンさんが10万匹でも手に負えない。それなのに格上のコボルトが10万匹以上である。その絶望は計り知れない。


「双璧にオレ達・・・どう考えても守り切るのは無理じゃねぇか?」

「良くて半数、悪ければ全員が命を落とすわよ?勿論王都の防衛は一切無視でね。」

「「「「「・・・・・。」」」」」



空気を詠まないアレンとターニャの言葉に、全員が言葉を失ってしまう。この時の彼等に、アストリア王国を救う術など存在しない。誰も打開策を打ち出せぬまま、イタズラに時ばかりが過ぎ去って行くのであった。

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