第219話 最高神の杞憂

フォレスタニア各所にて問題が頻発している頃、神域でもまた問題が起ころうとしていた。いや、問題行動を起こそうとしている者がいた。


「今度は何方へお出掛けですか?」

「ギクッ!!」


誰にも悟られぬよう、コソコソと移動していたアーク。しかし偶然にも、自分に用のあった者に声を掛けられ動揺を隠せなかった。


「エールラ!実は大事な用を思い出してな?」

「我々に任せれば良いではありませんか。」

「いや、そうもいかない内容なんだ。」

「・・・詳しくお聞かせ頂きましょうか?」


他の者に任せられないような危険な内容、もしくは怪しい内容だろうか。そう考えたエールラの眼光が鋭さを増す。最高神ならば振り切る事は容易いが、応援を呼ばれては騒ぎとなる。色々なモノを天秤に掛け、観念したアークが妥協策を提案した。


「あまり知られたくはなかったが、エールラならば構わんか。一緒に来るか?」

「え?・・・は、はい!(デート!?これはデートのお誘いですよね!!)」


アーク大好きなエールラが脳内で暴走するのに気付きもせず、アークはエールラの手を引き足早に移動する。到着したのは最高神の私室がある一画。


(此方にあるのはアーク様の私室・・・寝室!?ひょ、ひょっとして!!)


「エールラ?大丈夫か?」

「だだだ、大丈夫です!(勝負下着ですから!!)」

「これからの事は、誰にも言うなよ?」

「は、はい!(秘密の情事ですね!?)」

「本当は1人で行くつもりだったんだが、こうなったら一緒に行くしかないよな。」

「最後までご一緒します!(1人でイクだなんて虚し過ぎます!私で良ければ何時でもおっしゃって下さい!!)」


妄想族の暴走行為に気付かず、噛み合わないはずの会話。何故か違和感無くやり取りが続けられるのはお約束だろうか。


そして2人は当然アークの寝室を通り過ぎる。不審に思ったエールラはアークに訪ねた。


「アーク様?寝室はあちらですが・・・?」

「何を言ってるんだ?あぁ、そうか。この先の部屋は誰も知らなかったな。」

「秘密の部屋ですか!!(誰にも邪魔される事のない、禁断の・・・愛!)・・・ぐへへ。」

「ど、どうした!?気色悪い声が出てるぞ!!」

「じゅる!し、失礼しました!!」

「・・・ま、まぁいい。それよりも着いたぞ?さっさと入れ!」

「シャ、シャワーはありますか!?」

「・・・ある訳ないだろ!」


この時点でアークが気付く。部屋に入れられ、一拍遅れでエールラも気付いた。だがそれどころではない。上級神であるエールラさえも見た事がない魔法陣が、部屋一面に描かれていたのだから。


「アーク様?この部屋は一体・・・」

「最高神特製の異世界転移部屋だ。どの世界へも一切悪影響を与えず、誰にも気付かれる事無く好きな世界へ行く事が出来る。」

「な、なんですって!?」


アークが異世界との行き来と規制しているのは、双方の世界に与える影響が大きい為。持ち込まれる知識や技術は勿論の事、危惧しているのは病原菌にまで至る。何がキッカケで災害を引き起こすのか最高神にも予想出来ないのだから。


それは神々においても言える事であった。神域であれば、向かう先への影響は無い。だが神域を起点にして行動する神々がゼロではない以上、ここは中継地点と考えざるを得ない。


「この部屋は、転移時の状態を維持する事が出来る。つまり、此方から持ち込む事は可能だが、転移先の世界からは塵一つ持ち込む事が出来ないんだ。肉体の欠損や老化も元通りになるんだが、それはオレ達とは無縁だな。」

「す、凄い・・・」

「呆けてる暇は無いぞ。さっさと地球の、日本人の姿になるんだ。」

「え?地球、ですか?」

「あぁ。今からルークの元家族に会いに行く。」

「っ!?」


これ以上驚かされる事は無いと思っていたエールラだったが、またしてもアークの発言に驚かされる。今更何の用があるのか、彼女には最高神の意図が読めなかった。


だが愛するアークの機嫌を損ねる訳にはいかない。すぐさま日本人の姿に変化すると、同じく日本人の姿となったアークが満足そうに頷く。


「よし。さっそく転移したいんだが・・・最初に注意しておく事がある。」

「何でしょう?」

「これから訪ねるルークの祖父母。ハッキリ言ってオレを憎んでいる。当然だよな、孫を1人奪ったんだから。で、だ。挑発的な態度をとって来るだろうが、一切真に受けるな。連れて行ってあっさり殺されましたじゃ、他の者達に顔向け出来ん。」

「・・・は?これでも一応は上級神ですよ?それがあっさり殺されると言うのですか?」

「あぁ。如何に神と言っても、対応出来なければ死ぬ。勿論蘇生は出来るが、オレが言ってるのは殺されたという事実を作りたくはないって事だ。」

「・・・神殺し、ですね。」

「そうだ。その事実があるだけで、地球に与える影響は計り知れない。祖父、神崎幸之進。祖母、静。どちらが『神殺し』の称号を得ても大問題となる。それが上級神ともなれば、オレの手には負えん。」

「わかりました。肝に銘じておきます。」



エールラの返答に満足したアークは、いよいよ地球へと転移したのだった。余談となるが、別にエールラとどのような関係になっても問題はない。神が何万人囲おうと構わないのだから、禁断の愛とはならない。エールラが勝手に妄想していただけの事。・・・ヴィクトリアの了承さえあれば、とだけ付け加えておこう。





ーーー日本、東京都内某所



「ん?婆さん、来客の予定はあったかな?」

「なんだい、もうボケちまったのかね?連絡も無しに訪ねて来るような無礼者なんて、まともな人間じゃないだろうさ。」

「おぉ、それもそうか。・・・確かに人間じゃなさそうだな。」


庭先に植えられた木の陰から、日向ぼっこする老夫婦の様子を伺っていたアーク達。そんな彼等に向けて放たれる殺気に、エールラが思わず反応してしまう。


「こ、これは・・・」

「参ったな。本当にこれがくたばり損ないの殺気か?」

「「誰がくたばり損ないだ!!」」


アークが呆れるのも無理はない。何故ならこの老夫婦、既に齢90を越えているのだ。ルーク、秀一曰く『ウチの祖父母は120歳まで生きる』というのも頷けるものであった。


「悪いが邪魔してるぞ。あぁ、こっちはオレの部下だ。宜しくな?」

「何が宜しくだい!こっちは孫を1人失ってるんだよ!?」

「悪かったよ。だが・・・同意の上だろ?」

「確かに、な・・・。」


アークの指摘に視線を逸らす老夫婦。これにはエールラの表情が険しさを増す。


「今日はその辺を詳しく聞きに来たんだ。この時代に生を受ける神崎家歴代最強、それは秀一で間違い無かったのか?って所をな。」

「それは間違いないね。シュウは紛れもなく歴代最強さ。このジジイの左目が何よりの証拠だよ。」

「左目ですか?確かに眼帯をしていらっしゃいますけど・・・」

「この目はな?病でもなければ、先天性のもんでもない。当時10歳の秀一と仕合って抉られたものだ。」

「「っ!?」」


上級神すらも怯む程の殺気を放つ化け物。そんな人物の目を、僅か10歳の少年が抉ったと聞かされては驚かずにいられない。そんな神達に対し、もう1人の化け物が補足した。



「驚く程のもんでもないよ!そもそもこのジジイが悪いのさ。子供に追い込まれたからってムキになって、ついつい本気を出したんだからね。大人気ないったらありゃしない。自業自得さね。」

「なんだと!?クソババア!!」

「殺るか!?クソジジイ!!」


突然始まった夫婦喧嘩?をエールラが仲裁しようと試みる。


「ちょっと、お2人共!いい加減にして下さい!!」

「「あぁ!?」」

「邪魔しようって言うのかい?」

「殺すか?」

「ヒィ!!」


この2人、こう見えても医療従事者なのだが・・・どう見ても命を救う側ではなかった。完全に油断していたエールラに対し、2人が一撃を繰り出す。


ーーキンッ!

ーードンッ!!


「ふぅ。まさか夫婦喧嘩で刃物が出て来るとはな。」

「仕留め残ったか。」

「寄る年波には勝てんな。」


エールラと抱き合うような形で守り切ったアーク。間一髪の所で静の剣戟を受け止める右手には、いつの間にか光り輝く長剣が握られていた。もう一方の左腕はと言うと、幸之進の正拳突きを受け止めていた。


(神剣が刃こぼれしてやがる。左腕も折れたし、やはり1人で来るべきだったか?いや、守り切れたんだから良しとするか。)


この結果には、当の最高神も予想外と言わざるを得なかった。万が一を考えて用意したのは神剣である。地球の武器では傷一つ付かないはずだったのだ。一方の肉体に関しても、瞬時に強化したはずだった。しかしダメージを負ったのは、正拳突きの威力が想像を超えていたからではない。アークが肉体を強化するよりも早く到達したからだった。


隙を見せる訳にもいかない為、瞬時に傷を癒やして距離をとる。


「夫婦喧嘩は犬も食わないぞ?ましてやオレは美食家なんだ。出すのは情報だけにしてくれねぇか?」

「・・・いいだろう。仕留め損なった儂らの負けだ。」

「何が知りたいんだい?」

「あんたらの孫に関する全てだ。特に最強の部分は詳しく聞いておきたいんだが?」

「やれやれ。ここに居ない人間の過去を暴こうってのは、あまりいい趣味とは言えないね。」

「年寄りに立ち話はキツイ。家に上がるといい。茶くらいなら出してやろう。」


観念したのか、幸之進と静は縁側へと向かう。後を追うアークだったが、エールラが着いて来ない事に気付いて振り返った。


「どうした?」

「私のせいでアーク様が・・・」

「無事だったんだから気にするな。それよりあの2人は気が短い。怒鳴られる前に行くぞ?」

「何を馬鹿みたいに突っ立ってんだい!さっさと来な!!」


自身の忠告が遅かった事に肩を竦めるアーク。そんなアークの様子に、エールラが笑みを浮かべる。


「クスッ。さぁ!行きましょう、アーク様!!」

「はいはい。」



表には出さないが、この後語られるルークの過去に期待と不安が入り混る複雑な感情を抱いていた。自身の選択が過ちでない事を祈りながら・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る