第280話 ケロちゃん?

みんながシフォンケーキをに舌鼓を打っている間、シュウはひたすら夜の仕込みを行っていた。こういう時間を使わなければ、とてもではないがユキが料理を平らげるスピードに間に合わないのだ。だがそれを苦痛だとは思わない。食べてくれる者が居てこその料理人である。愛する妻が相手であれば尚のこと。


それに料理の最中は邪魔が入らないとあって、多少は考え事をする時間もある。


(その辺に現れる魔物に変わった様子は見られなかった。考え過ぎなのかもしれないけど・・・結論はボスを確認してからかな。この調子なら、夕食前には辿り着けるだろ。)


ここまでの移動速度から、おおよその時間を計算する。昼食を摂る時間帯に30階層到達、ボス部屋の前で3時のおやつと重なるかどうか。ボスを倒してから食べるのか、それとも挑む前に食べるのか。この辺りの細かい予測は難しいが、概ね計算通りだろうと確信する。


ボス次第では戦闘に時間が掛かるかもしれない。そうなれば、おやつの時間を過ぎてしまうだろう。それはユキだけでなく、エアも望む所ではない。おやつに目が眩んだ者達によって、絶妙なペース配分が為されるのは目に見えているのだ。





皮肉な事に、シュウの考えは的を得ていた。ユキ達によって絶妙に調整された移動速度は、ボスを目前にしておやつの時間とバッチリ重なったのである。これはシュウにとって、願ってもない事であった。


フィーナ達に持たせる料理を作る時間の確保。ユキに料理を提供しながら、20人余りが数日過ごせるだけの量を作り置きするのは困難を極める。それも屋外での調理なのだから、敢えて説明するまでもないだろう。



歴代最も忙しいだろう皇帝も、何とか料理確保の目処がついて一息つく。夕食と明日の朝食の際に作れば大丈夫だと判断出来た時には、既に全員がおやつを食べ終わっていた。そんなみんなへと歩み寄って会話に加わる。



「いよいよ当初の目的地だけど、みんなはどうする?一緒にボスの顔を拝むか、それとも此処で夜を明かすか。あ、ボスを倒しても戻って来るから、夕食の心配はしなくていいぞ。」

「オレ達が決めてもいいのか?」

「あぁ。ボスはオレ達だけで充分だろうしな。リュー達はゆっくり休んでてくれ。」


まさか自分達に決定権が与えられるとは思っていなかったのか、リューは少し驚きながらも聞き返す。対するシュウの答えは、誰もが納得のいくものだった。それに対しエレナとアスコットの意見もまた、

当然のものである。


「私は行くわ。いずれ何処かで出会うかもしれないもの。」

「エレナの言う通りだな。見てるだけでいいって事なら、行かない理由は無い。」

「まぁそうだよな。それならもう少し休んでから行くとするか。」


食後すぐ運動するのは控えるべきと判断し、シュウは食休みを提案する。全員が頷いたのを確認し、シュウはそのままボス部屋の方へと視線を移す。


「さて、それじゃあボスも鑑定しておくか。・・・鑑定。」


鑑定魔法を使用し、ケルベロスと思しきボスの情報を確認する。



◆ケロベロス?

種族:魔物(改造種)

年齢:?

レベル:65

称号:30階層ボス、ケロちゃん?



「意外と弱いけど、やっぱりケルベロスか。・・・・・ん?」

「どうしたの?まさか・・・かなりの強敵!?」


シュウの眉間に皺が寄ったのを見たナディアが戸惑いを顕にする。クリスタルドラゴン並のレベルなのではないかと不安を覚えたのだ。だがシュウには返事をする余裕が無い。鑑定結果の不自然な点を再度確認しなければならないのだ。


「か、鑑定!」



◆ケロベロス?

種族:魔物(改造種)

年齢:?

レベル:65

称号:30階層ボス、ケロちゃん!



もう1度鑑定魔法を行使するも、結果が変わる事は無い。誤字だと思ったのだが、そういう訳ではないらしい。称号が疑問から断定に変わっているのだが、今はそれどころではない。


「ケロベロス?・・・ケロベ・・・ケロ・・・ケロ?」

「「「「「ケロ?」」」」」

「・・・・・ケルベロスじゃ、ない?」

「「「「「・・・・・。」」」」」


「「「「「はぁぁぁぁ!?」」」」」



シュウの呟きに、全員が一斉に大声を上げる。当然それにはシュウも含まれる。


「ケロベロスって何なのよ!?」

「オレが知るかよ!?」

「アンタの魔法でしょ!ハッキリしなさいよ!!」

「オレが鑑定してる訳じゃないんだよ!」


突然勃発した醜い言い争い。これには誰も口を挟まない。否、挟む余裕が無かった。それでも図太・・・逞しい精神の持ち主であるフィーナが割って入る。


「落ち着きなさい、2人共!!」

「あ、あぁ・・・」

「そうね・・・」

「まったく・・・2人が言い争っても仕方ないでしょ?それでシュウ、ケルベロスじゃないのね?」

「あぁ。ケロベロス?になってるな。」

「そう・・・って、どうして疑問系なのよ!?」

「だから・・・オレが知るかよ!?」


今度は仲裁するはずのフィーナと言い争いの様相を呈するシュウ。そんな中、不意に耳慣れない音が聞こえて来た。


ーーーー ゴゴゴゴゴォォォ!


「「「「「え?」」」」」


全員が一斉に視線を向けると、そこにはボス部屋の扉を開けるユキの姿があった。たまらず声を張り上げるナディア。


「ちょっとユキ!何してるのよ!?」

「何って、ケロちゃんが居るのか自分の目で確認しようと思ったの。その方が早いでしょ?」

「「「「「それは、まぁ・・・確かに。」」」」」




全くの正論に言い淀むシュウ達。だが、ユキ1人で向かわせられないと思い立ち、すぐさまユキの後を追い掛けるのであった。

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