第227話 アストリア王都強襲1

ルークが妻達と会議をしているその頃、エリド村の面々は全軍を率いて王都へと帰還している最中だった。断っておくが、王都から呼び戻された訳ではない。彼等の下には、何の情報も齎されてはいないのだから。


ならば何故かと言うと、単純に補給の為である。全軍を挙げての行軍ではなく、200人規模の集団である。全軍を挙げてとなれば、兵糧を運ぶ者達もいる。だがこの人数であれば、各個人が持参するのが普通であった。故にそう何日も遠征する事は出来ないのである。機動力を無視すれば可能なのだが。



位置が特定出来ている魔物までは、往復に1日という距離だった。指を咥えて見ていられなかった王族は、牽制の意味でエリド村の住人達を送り込んだのだ。勿論双璧の2人も同行している。



2日の日程で行われた出兵は、先に述べたように往復で1日。残りは細かい移動と休息で20時間、戦闘が計4時間であった。ほとんど戦っていないように感じられるが、実際は非常にハードである。



さらに言えば、エレナ達を主軸に戦うとは言え、ゴブリンとコボルトの混成軍は厄介極まりない存在だった。撤退中の彼等の会話がそれを物語っている。


「・・・くそっ!何なんだよ、アイツらは!!」

「落ち着かんか、リューよ。」

「出来る訳がないだろ!半分も兵を失ったんだぞ!?」

「言われんでもわかっておるわい!」

「ランドルフ!リュー!いい加減にしなさい!!」

「・・・くそっ!!」

「・・・ふんっ!」


口論から一触即発となったランドルフとリューを、最後尾を走るエレナが叱り付けた。



彼等は現在、撤退する兵達の殿を努めている。機動力において若干劣る、ランドルフの安全を考慮した布陣であった。敗走とまではいかないのだが、兵の半数を失った彼等にとっては敗走に近い。


こんな状況で仲間同士での揉め事だけは避けたいエレナは、意図して話題を変える。


「追ってくる様子は無いわね・・・つまり完全に統率がとれている。」

「ゴブリンキングかロードがいるんじゃねぇか?」

「じゃが、コボルトの方が格上じゃぞ?」

「そうね。コボルトキングかコボルトロード、とでも呼ぶべき存在がいる可能性が高いわ。」

「いやいやいや、ハイコボルトすら聞いた事ねぇんだぞ?」


リューが言うように、この世界にコボルトの上位種はいない。いや、いないとされている。しかし完全にコントロールされた群れである事を考えると、上位種が存在しているのは明らかであった。


「以前は向こうの大陸でも見掛けなかったわ。何かのキッカケで魔物の勢力図が塗り替えられたのか・・・」

「儂らの開けた転移門が見当違いの場所に繋がっておった、という事じゃな?」

「考えたくはないけど・・・そうなるでしょうね。」

「はぁ!?どういうこった!」

「魔物の勢力図が簡単に塗り替えられん事は、お主にもわかるじゃろ?」

「あぁ。」


これは冒険者や狩人ならば説明されるまでもなく理解していた。中位や上位の竜が群れを成して移動でもしない限り、魔物の勢力というのは変化しない。仮に数匹のゴブリンが縄張りに侵入した場合、そこに棲息する魔物によって撃退されてしまうからだ。


「私達の目的地周辺に、コボルトはいないはずでしょう?」

「あ・・・」


ここまで説明されれば子供でもわかる。いない場所から現れる事は無いのだ。つまりライム魔導大国の先にあるのは、全く未知の領域という事になる。


正確には何処かで繋がっているかもしれない。しかしその知識や情報が無い以上、そう考えざるを得ないのだ。



「しかしあの群れは厄介じゃの・・・1対1ならまだしも、集団戦闘でアレは対応出来んぞ。」

「・・・そうね。長年の経験が逆に仇となってしまうなんて。」

「体に染み付いちまってるからなぁ・・・。」


彼等が言っているのは、各魔物の実力差が激し過ぎる事を指す。レベル1のゴブリンが群れで押し寄せた場合、ペース配分を考えて攻撃の威力を抑える。それは正しい選択なのだが、その群れの中にレベル100のゴブリンが混じっていたらどうだろう?こちらの攻撃は防ぎ躱され、手痛い反撃を喰らう事になるのだ。


これが人間同士の闘いであれば違う。


『雑兵の群れと思っていたが、出来る奴がいるじゃないか!』

『お主もな!』


なんてやり取りがあるかもしれない。しかし魔物は次から次へと押し寄せて来る。関心している暇など無いのだ。当然エレナ達も理解している為、余計な事は一切考えない。必死に、だが淡々と攻撃を繰り出して行く。無意識に相応の威力で。


エリド村の住人達であれば、高レベルの魔物が不意を突いたとしても何とか対応出来る。だがそれが一般の兵士ならどうだろう?つまり、それがリューのイラついている理由なのだ。



冒険者や兵士ならば、ゴブリンやコボルトの討伐を日常的に行っている。少し誇張して言うなら、目を閉じても倒せる程に。討伐行為が体に染み付いてしまっているせいで、高レベルのゴブリンやコボルトの餌食となる者が続出したのだった。


焦ったエレナ達は、自分達が最前線に立つ事で兵を下がらせる時間を生み出した。これ以上無い程に迅速な対応だったにも関わらず半分、つまりは約100人もの兵士が命を落としたのだ。それも瞬きする程の一瞬で。


戦闘前、懇切丁寧な指導を行ったエレナ達。落ち度があるとすれば、手本を見せなかった事だろう。百聞は一見にしかず、素晴らしい教えである。この世界には無いことわざなのだが。




(精鋭部隊なら被害はもう少し・・・考えるだけ無駄ね。王族が放さないもの。)


エレナが考えたように、精鋭部隊を引き連れていたら被害は出なかったかもしれない。しかし王族は我が身可愛さに、ほとんどの兵を王都周辺に残していた。エレナ達が不満を言わなかったのは、双璧の2人が同行したから。


予想外の条件を提示された事で、黙って命令に従うしか無かったのであった。




「所で、アスコットはこのまま一気に王都まで戻るつもりなのか?」

「いいえ、何度か休憩を挟むはずよ?」

「兵達の消耗が激しいしのぉ・・・。」

「それはオレ達も一緒だろ?エレナなんて、ほとんど魔力が残ってねぇだろ?」

「正直そうね。半数を失ったとは言え、守るにしては数が多すぎたわ。」

「エレナ、覚悟は決めておくんじゃぞ?」

「・・・・・わかってるわ。」


実はエリド村の住人で積極的に兵達を守ったのは、エレナ達エルフ族だけであった。獣人とドワーフには、一切のしがらみが無い。命懸けで守ってやる義理など存在しなかった。そんなエレナ達の行動を思い返し、ランドルフが忠告する。万が一の場合、祖国を・・・同族を見捨てる覚悟をしておくようにと。彼等の目的は、それ程までに重いのだから。



結局は無理せず夜営を挟み、明るくなってから移動を再開する。何度か休憩を挟み、間もなく王都という所で先頭のアスコット達が異変に気付く。



「っ!?止まって!」

「どうした、ターニャ?」


ウサギの獣人であるターニャの制止に、アスコットが理由を尋ねる。


「爆発音がした・・・王都の方角!」

「「「「「っ!?」」」」」


誰よりも耳の良いターニャの言葉である以上、疑う余地は無い。つまり、何者かによって王都が襲撃を受けている事になる。全員の脳裏を過ったのは、ゴブリンとコボルトの大軍であった。


エルフ国の最大戦力はこの場に勢揃いしている。ほぼ全軍が王都を守っているとは言っても、守り切れるとは思えない。そう判断したアスコットは、エリド村の仲間達を呼び集める。


「どうしたの?」

「エレナさん!王都の方角で爆発音がしたの!!」

「まさか・・・」

「エレナ、オレ達は双璧のお2人と先行しよう。みんなは兵を連れてこのまま戻って来て欲しい。」

「それが良さそうね。構いませんか?ディーラ様、リーナ様。」

「・・・あぁ。」

「・・・いいよ。」


なんとも不安を感じる返事だが、反応があるだけマシ。双璧の2人を気にする様子も無く、アスコットとエレナは仲間達に細かい指示を出す。



4人は全速力で移動を開始し、ターニャが最初の爆発音を耳にしてから30分が経過した頃。王都を視界に捉えたと同時に、信じられない光景を目撃する。



ーー ドーン!!


「「っ!?」」

「「ルーク!?」」


そこには、王都の防壁に向かって特大の火球を撃ち放つルークの姿があったのだ。すぐさまルークの下へと駆け寄り、どういうつもりか問い質そうと試みる。


「ルーク!何のつもりだ!!」

「どうして王都を攻撃しているの!?」

「・・・・・。」


エレナとアスコットを一瞥するも、すぐさま王都へと視線を戻すルーク。その表情は、育ての親である2人にとっても見覚えの無いものであった。


「答えろ、ルーク!」

「お願いだからやめてちょうだい!!」

「・・・・・。」


必死に呼び掛ける2人だったが、相変わらずルークからの反応は無い。この時のルークは、出来る限り2人と会話しないつもりだった。



(父さんと母さんの後ろにいるのが双璧だな?フィーナに良く似てる。さて、迎え撃つか徹底的にシカトするか。・・・シカトした方が屈辱だろうな。ギリギリでいなすか、それとも大きく距離を取るか・・・まぁ後者だよな。まだ手の内を晒したくないし。)


王族にとっては撃退されるのは絶望的。だがルークは徹底的に懲らしめてやろうと考えた。手も足も出ないままに破壊し尽される王都。その事実が王族に与える衝撃は計り知れない。そう考えたのだ。


とは言っても、正当な要求をしているのも事実。だからこそ、律儀に30分に1回しか攻撃していなかった。その1回が禁呪に切り替わった瞬間、王都が消えて無くなる事をアストリアの王族は知らない。



エレナとアスコットの呼び掛けを無視し続けていると、突然双璧の2人が襲い掛かる。


「「っ!?」」

「躱された!」

「速い!」

「・・・・・。」



(普段の父さんよりも少し速い程度かな?2つ名から想像してた通り、防御に特化してそうだな。さて、この鬼ごっこが終わる前に要求を呑んでくれよ?じゃないと、王都を更地にしてやるからな!)




ルークを止めるべく、双璧の2人が全力で追い掛ける。無視され続けた事で、エレナとアスコットも鬼ごっこに加わるのであった。ティナでさえ見た事が無い程、ルークが本気でキレているとも知らずに・・・。

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