第120話 エリド村の長

カイル王国王城、国王執務室。謁見の間ではなく、執務室に通された理由。ルビアはその事を考えていた。説明と国王の許可を得る事であれば、顔見知りであるルークに任せた方が良いのも理由の一つであった。


しかし、他国の者に頼らざるを得ないような難題を抱えている気がしたのだ。


事実、ルビアの予想は当たっていた。当たっていたのだが、それが何なのかまでは、全く情報を持たないルビアにはわからない。色々と思う所はあるのだが、ひとまずルークの話が終わるまで待つ以外に無い。


そうこうする間にルークの説明が終わり、話を聞いていたカイル王国の国王であるフィリップが口を開く。


「ルークはまたとんでもない事をしおったか・・・。」

「ですが父上、今回の件は渡りに船と言えますよね?」

「ランパードの言う通りか・・・。よし!地下通路の件は、ワシが許可しよう。むしろこちらから頼みたいほどじゃ。すぐにでも取り掛かって貰う事は出来るか?」


どう答えたら良いものか、ルークには判断がつかなかった。どの程度までが『やり過ぎ』なのか、知識と経験が不足しているのだ。仕方なくルークはルビアに視線を向ける。ルビアは好都合とばかりに会話を引き継ぐ事にした。


「既にドワーフ国のルドルフ国王陛下が出立しているはずですから、明日中にはカイル王国に入ると思います。それに合わせて地下通路を繋げる予定ですから、カイル王国からも使者を出すべきでしょう。」

「ふむ・・・ルビア王妃じゃったな?ありがたく助言に従うとしようかのぉ。」


フィリップ国王の言葉を受け、皇太子であるランパードが立ち上がる。


「今から出発すれば余裕を持って着けるでしょう。では早速準備に向かいます。」

「これこれ、ランパードは留守番じゃ。」

「は?それでは一体誰が・・・?」


今回の件は、どちらの国にとっても重要な物となる。そして相手側は国王自ら足を運ぶのだから、カイル王国側としてもそれなりの立場にある者が向かうべきである。それなのにフィリップ国王は皇太子を城に残らせようとしたのだから、当の皇太子は疑問に思う。


「たまにはワシが行こう。世界政府の総会も近い事じゃし、その前に気分転換しておきたくてのう。」

「は、はぁ・・・それを言われると、ダメとは言えませんね。ではそのように伝えて参ります。」


そう告げると、皇太子は部屋から退出してしまう。2人の会話の意味がわからず、ルークとルビアが視線を合わせていると、その様子に気付いたフィリップ国王が理由を説明し始める。


「総会には普段出席しない者達もやって来るんじゃが、そういった者に限って場を荒らすんじゃよ。」


その説明に、ルークとルビアは納得した。つまり、気が重いから気分転換に散歩でもしようという事であった。何とも言えない気分になったので、ついでに質問してみる事にしたルビアであった。


「所で国王陛下、何か問題が起こっているのではありませんか?」

「ん?・・・そうじゃな。何とも頼み難い話ではあるが、ルークに協力を要請しようとしておったのじゃよ。」

「協力、ですか?何があったんです?」

「うぅむ・・・。」


ルビアからの問いだけでなく、ルークからの問い掛けにも中々答えようとしない。しかし、さっさと白状しろとも言えない2人は、黙って待つしかなかった。暫くして、ようやくフィリップ国王が口を開く。


「実はエリド村の事なんじゃ。」

「あ・・・伝えるの忘れてました!本当に申し訳ありません!!」

「何じゃ?ひょっとして、ルークも知っておったのか?」

「オレも?では、エリド村の住人達が旅に出た事は陛下もご存知なんですか?」


国王の反応に、ルビアだけでなくルークまでもが警戒する。エリド村は冒険者でさえ訪れる事の無い、辺境の超危険地帯。その真っ只中にある、小さな村に起きた異変。本来ならば、国王が知るはずも無い情報である。それが何故国王の耳に届いているのか。その答えは、ルークの知らない事実を含んでいたのだった。


「何が起きたのかと思っておったが・・・そうか。旅と申すか・・・。ワシに何の断りも無いという事は、もう戻って来るつもりも無いと言う事じゃな。」

「「え?」」

「ん?なんじゃ、ルークも知らんのか?ならば教えてやろう。」


国王に断りを入れなかった事で、戻る意志は無いと判断した国王の考えが理解出来ずにいると、国王が教えると言い出した。


「何代か前の王の時代になるが、エリド村の住人達がこの国に現れたらしくてな・・・安住の地を求めたそうじゃ。その際、当時の王と取引を交わしたと伝わっておる。」

「取引ですか?」

「うむ。この国は昔から帝国に攻められておったのじゃが、同時に西への対応にも頭を抱えておった。西の辺境には、手に負えないような魔物が住んでおって、度々街や村が襲われる事があったらしい。」


ここまで来れば後は想像出来る。しかし話の腰を折るのも悪いので、オレ達は最後まで聞く事にする。


「安住の地を求めた者達は相当な猛者だったらしくてな。それならばと危険な西の辺境の地に住む事になったそうじゃ。我々は徹底した不干渉を、但し困った事が起きたら全面的な協力を。代わりにその者達は西の守護を・・・それがお互いの交わした取引じゃったと言われておる。」

「その話はエリド村の住人が戻らない事と、どう関係するのでしょうか?」


フィリップ国王にルビアが問い掛ける。確かに今の話では何の説明にもなっていない。


「その取引には期限が定められておったのじゃ。その者達が何時か、目的を果たす為にその地を後にする日まで・・・。エリドと名乗るまとめ役がそう言った、とワシは先代から聞かされておる。」

「つまり、村の住人達が揃って旅立った状況は、目的を果たす為に安住の地を捨てたという事になるのですね・・・。」

「最近西の街や村に強大な魔物が現れるようになったのでな。エリド村に何かあったのではと思っておったのじゃが、ルークの説明で納得が・・・どうしたのじゃ?」


ルビアと話を進めていたフィリップ国王が、オレの様子に気付いて声を掛けて来た。まぁ、眉間に皺を寄せていただろうから当然か。


「村のまとめ役は母が担ってました。それに・・・そもそもエリド村に、そんな名前の人はいないんです。」

「ルークが産まれる前に、寿命で亡くなったんじゃない?」

「いや、エリドと名乗った者は妖精族の若い女性じゃったと聞く。寿命というのは考え難いじゃろう。」

「妖精族!?・・・あ!すみません、陛下!!」


ルビアが驚きに声を大きくし、自分の失態に気付いて謝罪する。しかしフィリップ国王は笑顔で答える。


「よいよい。ルビア王妃が驚くのも無理は無い。妖精族など、ワシも見た事が無いからのう。エリド村の住人が不干渉を要求した理由の一つは、エリドと名乗る者が妖精族じゃったからかもしれんな。」

「その可能性は大いにあるでしょうね。妖精族が自身の領域を離れるなど、私にはとても信じられません。」

「妖精族って珍しいの?」


2人の会話について行けない為、オレはルビアに説明を求める事にした。オレのイメージでは、羽の生えた手のひらサイズの女性。それが妖精だった。しかし、ルビアの口から告げられたのは、オレのイメージをちゃぶ台ごとひっくり返す。


「私も直接見た訳じゃないけど、全体的に小柄な種族で、背中に4枚の透き通るような羽が生えていて、精霊王の住む地に暮らしているって言われてるわ。エルフ以上に長命で、生涯その地を離れる事は無い、って言うのが一般に知られているんだけど・・・正直、私は眉唾モノだと思ってた。陛下のお言葉でなければ、今でも疑っていたわね。」


「見た事ないんじゃね・・・。だけど、お陰で確信が持てたよ。村に妖精族なんていない。子供の話も聞いた事が無いし。」

「ふむ・・・となると、何かあると考えるのが妥当じゃな。・・・確かめる術は無いが。」


フィリップ国王の言葉に、オレ達は頷きを返す。とりあえず今は、村の事よりも付近の状況である。


「エリド村の事はひとまず置いておくとして、まずは西側の魔物ですね。討伐すれば良いのですか?」

「そうじゃ。すまんが頼めるか?現在は軍を派遣しておるのじゃが、犠牲者も少なくない。正直な話、我々の手には負えんのじゃ。おまけに広範囲に散ったようでな・・・商人達の足にも影響が出ておる。じゃが、安全な道が確保出来るのであれば何とかなるじゃろう。ルークが来てくれて本当に助かった。」


フィリップ国王が安堵の表情を浮かべると同時に、扉をノックする音が聞こえる。フィリップ国王が入室を促すと、ランパード皇太子が部屋に入って来た。


「父上、まもなく出発の用意が整います。そろそろ準備を・・・。よろしければ皇帝陛下と王妃殿下もご一緒しませんか?」

「いえ、私は一足先に地下道の入り口を作って、そのまま西に向かいます。ルビアは・・・どうする?」

「足手まといにならなそうだったら一緒に行くけど・・・どう思う?」

「う〜ん・・・正直、出て来た魔物にもよるんだよね。ティナの好物が来てると厳しいかな。あいつら何故か群れるから・・・。」

「「「好物?」」」


皇太子が足を用意してくれるとの事だが、あまり時間が無さそうなので断る事にした。もしティナの好物が来る事態となれば、街なんてすぐに壊滅してしまう。この場にいる全員がティナの好物を知らないようだったので、正体を明かす事にした。


「竜だよ。中でも炎竜が一番多いかな?」

「「「炎竜!?」」」

「そう。あいつら知能が低い分、爆発的に増えるから厄介なんだよね。腐っても竜って言うか?」


意志の疎通が出来ない程、炎竜の知能は低い。その分本能に忠実である為、通常の竜よりも危険度が高いという認識である。当然ルビアの実力では相手にならない。


「わ、私は遠慮しておくわ!陛下に同行して話をまとめるから、ルークは先に行って頂戴!!カ、カレンに迎えを頼むから、私の事は気にしなくていいわよ!?」

「そう?じゃあ、カレンにはオレから頼んでおくよ。すみませんが陛下、現地でカレンと合流するまでルビアをお願いします。私はこれで失礼します。」

「う、うむ。カレン様と合流するまで、責任を持って預かろう。すまんがルークよ、魔物の討伐の件、くれぐれも頼む!」


炎竜と聞いて別行動と言い出したルビアをフィリップ国王に任せ、オレは一足早く出発する事にした。フィリップ国王の反応を見るに、あの炎竜達はまだ姿を現していないようだ。ならば、炎竜が出て来る前に辿り着かないと不味い事態になりそうな気がした為だ。


ルークは王城を後にすると、足早に王都の外を目指した。ルークを見送ったルビアは、部屋に残った国王に改めて疑問をぶつける。


「陛下、冒険者ギルドへは依頼しなかったのですか?」

「無論、依頼はした。じゃが、皆無事では済まなかったらしくてのう・・・今は軍が総出で対処しておる。しかし炎竜の群れがおるなどとは思わんかった。ルークが来てくれなければ、この国は壊滅的な被害を被ったかもしれん。」



ルビアはフィリップ国王の説明に、自身の考えを改める決意を固める。一国の軍が総出で対処に当たるような危険地帯、そこで暮らしていたティナの恐ろしさを思い、人知れず身震いしたのであった。

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