第119話 トンネル工事着工のご連絡

途轍もない轟音から十数分後、近衛兵を引き連れたルドルフ陛下がルーク達の元に現れる。未だ呆然としているルーシャ王女の姿を見つけ、全員が駆け寄る。その後ろにいたルビアと視線を合わせてしまったルークの元へは、当然ルビアが駆け寄って来る。


そして開口一番、さも当たり前のようにルビアがルークに向かって言い放つのだった。


「それで?今度は一体何をしたのかしら?」

「え?あぁ・・・うん。って、ちょっと待とうか。今度『は』って何さ?」

「いつも話題に事欠かないって話だったから、今回の大きな音はルークの仕業でしょ?」

「オレの仕業じゃないし!あ・・・直接手は下してない!!」

「何処かの悪党みたいな事を言わないでくれる?間接的には関わってるのよね?」


ルビアの眉間の皺を見て、ルークはそっと視線を逸らす。その先のルーシャ王女と目が合った為、目で語りかけてみるのだった。


(何とか上手い言い訳を頼む!!)

(皇帝陛下が私に何かを訴えて・・・わかりました!この惨状を誤魔化せば良いのですね!?)


「実は、皇帝陛下がドライアドに魔力を提供出来るかどうかの実験を行っておりました。」

「何と!?して、どうなったのじゃ?」

「濃厚な口づけによる魔力提供は、見事成功致しました!先程の轟音はその結果です!!」

「「「「「「「「「「おぉ!!」」」」」」」」」」

「「はぁ!?」」


ルーシャ王女の言葉に、ルドルフ国王と近衛兵が揃って声を上げる。揃って違う声を上げたのは、勿論ルークとルビアである。ルークにとって、ある意味誤魔化さない方が良かったのは明白だろう。


(あの王女はバカか!?むしろそっちを誤魔化してくれよ!!)


「ねぇ、ルーク?私、もっと詳しく聞きたいの。ここに座ってくれる?」

「いや、ルビアさん?これには、ひっじょ〜に深い訳がありまして・・・」

「まさか椅子が無いと座れないのかしら?」

「そうですね。皇帝は玉座が無いと・・・すんませんしたぁ!!」


ルークに代わって採点すると、今回のジャンピング土下座は60点である。直前に言い逃れようとあがいた結果、勢いが失われていた。ダイナミックな表現力に欠けていたので減点である。


半目で叩きつけられる冷たい視線に耐えながら、ルークは最初から説明して行く。ルーシャ王女に詰め寄っていたルドルフ国王達も、その光景をそっと見守っている。


「そう・・・つまり今回の事は不可抗力だと?」

「おっしゃる通りでございます!洗練された美しさを持つ方々を妻に持つ私が、何故あのようなチンチクリンの幼女とキスしなければならないのでしょうか!?」


言っておくが、これはルークの本心である。あまりの動揺に、言い方が胡散臭いのはご愛嬌だ。そして失礼な物言いをされて怒るのはドライアドである。


「チンチクリンとは失礼ね!!」

「少し黙ってて貰える?貴女も座って構わないのよ?」

「・・・ごめんなさい。」


ルビアの迫力に押され、プンスカしていた精霊も小さくなる。同時に、静かに見守っていた国王や近衛兵達のアソコも小さくなる。『帝国の王妃超こえぇ!』と噂されるのは、ルーク達がこの国を去ってからであった。


最後まで説明を終え、ルークはビクビクしながら判決を待つ。つられてドライアドもビクビクしている。暫く考え込み、ルビアは溜息混じりに判決を言い渡す。


「はぁ。精霊に嫉妬しても仕方ないわね。もう立っていいわよ。」

「マジか!?やったぁ!」


情状酌量の余地アリとする判決に、ルークは飛び上がって喜びを噛み締める。勝訴と書かれた紙を持ったつもりで走り出しそうな勢いだが、続く主文の読み上げにフリーズする。


「次回の嫁会議で報告させて貰うけどね。」

「・・・・・はい?」

「当然でしょ?脇が甘いからこういう事になるんだもの。私達が対策を考えてあげるから、ルークは安心してね?」


1審の無罪が2審で逆転有罪となる事を告げられたのだ。つまりは糠喜びである。当然最高裁への上告は棄却される。有罪が確定した瞬間だった。あまりの衝撃に、ルークの精神は崩壊する。


「ボクの脇から甘い汗〜。塩じゃな〜くて砂糖だよ〜。右のわ〜きも左のわ〜きも、舐めたら不思議、蜜の味〜・・・」

「変な歌を唄うな!」

「あいたっ!!」


呆然としながら即興の歌を歌ったら、何故か頭を叩かれた。


『甘い脇』作詞・作曲ルーク



ルビアは気に入らなかったらしい。うん、オレも好きにはなれない。歌詞が気持ち悪いよね・・・。


「全く・・・脇が甘いってそういう意味じゃないわよ。」

「あ〜、すまんがそろそろいいかのぉ?」


ルドルフ国王が申し訳無さそうに口を挟む。オレに決定権は無いので、返事をするような迂闊な真似はしない。


「すみません陛下。どうかなさいましたか?」

「結局あの地下道が何処まで続いておるのか知りたいんじゃが・・・」


何故か全員がオレを見ている。しかし実行犯はオレじゃない。オレは逃げるように視線をドライアドに向ける。すると全員の視線がドライアドに向けられるのを感じた。


「私にも良くわからないけど、多分隣国の街の下までなら余裕で続いてるんじゃないかな?」

「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」


全員が何言ってんの?という表情で固まる。そんな事を考えたのは事実だが、他人に言われるとにわかには信じられない。


「この方向で隣国って事は、カイル王国よね?」

「多分ね?」


比較的冷静だったルビアが聞いて来たので、適当に返事をしておいたのだが、突然ルビアが頭を抱え始めた。そしてすぐに笑顔で告げる。


「カイル王国には報告しないとダメよね。・・・スフィアに頼んでおいてね?」

「いや、オレが直接言いに行くよ。」

「ふむ。ならば我々は、この穴の調査に向かうとしよう。悪いが許可を貰えたら地上までの穴を開けて貰えんか?あ、そのドライアドは連れて行って構わんから。」

「いいの!?」


ルドルフ国王の言葉に、ドライアドが反応する。丁重にお断りしようと思ったのだが、地上から穴を開けて貰えないと、何処が街なのかわからないと言われた。確かに地面の下から適当に穴を開けても、都合良く街にぶち当たるはずがない。


だがそれは、街の上からでも同じ事である。暫く話し合った結果、まず地上までの穴を開けて、そこから真っ直ぐ進む事にした。文字通り真っ直ぐ。そして待ちの近くに一旦目印を置き、カイル国王の許可を得てから穴を開けるという事になった。


ルドルフ国王達は、灯りの魔道具を設置しながら向かうとの事である。そこまで決まった段階で、オレはドライアドの同行をお断りする。


「申し訳ありませんが、やはりドライアドを連れて行く事は出来ませんね。」

「何で!?」

「カイル国王に会いに行くのに、精霊を連れて行ける訳ないでしょ?これ以上の騒ぎは遠慮したいし、ルビアもいるんだよ?」

「そんなぁ・・・。」


オレの説明に、ドライアドが残念そうな声を上げる。だが当然だろう。このファンタジー世界においても、精霊とは御伽噺の存在である。ドライアドのように実体化している精霊は珍しいのだ。そんな精霊が姿を表せば、当然のように騒ぎとなる。


そしてルビアを置いて行く訳にはいかないのだが、先程から少し不機嫌なのはルークにもわかる。むやみに修羅場を作り出す必要は無い。シュラバーは強力な結界魔法だと聞いた覚えはあるのだが、現状は必要としていないのだ。


してやったりといった悪い笑みを浮かべたルークであったが、それも長くは続かなかった。


「帝国の地下農園はお主にも手伝って貰うんじゃ。心配せんでもそのうち行けるぞ?」

「「マジで!?」


ルドルフ国王の言葉に、ルークとドライアドが揃って声を上げる。ドライアドが歓喜の声だったのに対し、ルークのそれは・・・推して知るべきだろう。



色々と起こったドワーフの国を後にし、ルークは真っ直ぐにカイル王国を目指し走っていた。ルビアについては、今の能力ではルークのスピードに付いていけないので、お姫様抱っこされている。ルークの首に両腕を回し、体を密着させて。


それから2時間近く飛んだり走ったりを繰り返して、ようやく街が見えてくる。街から大分離れた地点で立ち止まると、ルビアを地面に立たせる。それからアイテムボックスに仕舞っておいた、長さが5メートル以上ある鉄の棒を取り出す。これはドワーフの国を出る前に用意して貰った目印である。特別な効果は無い。頑丈で重く、壊されたり盗まれないように、との配慮がされているのであった。


ルークは鉄棒を手にしたまま風魔法で空高く飛び上がり、一気に地面へと突き刺す。場所は覚えているのだが、何かあった時の目印として立てる事にしたのである。


その後、ルビアと共にカイル王国の王都から少し離れた場所へと転移し、そのままの足で城を目指す。とは言っても、既に夕暮れ間近となっている為、カイル国王とは会えないのは承知の上であった。


王城で明日再訪する旨を伝え、来た道を引き返すと今度は王都から大分離れた山中を目指す。周囲の魔物を倒しながら安全を確保すると、アイテムボックスに入っていたログハウスを取り出した。



王族が利用するような宿というものは、フラッと行って宿泊出来るような場所ではない。出来なくはないのだが、事前に根回しや手続きをするようにスフィアから言われていた。1度城へと帰っても良かったのだが、長時間する事が無いまま密着していたルビアが欲情してしまったのだ。


嫁さん達への報告をチラつかせ、半ばルビアが脅迫したような物であった。今回の一件、実は報告した所でルークに対する罰が下る事は無い。無いのだが、ルークは下ると思い込んでいるので、ルビアはそれを利用したのである。一夫多妻制、そして女性の恐ろしさなのだが、それをルークが知る機会は無い。



たっぷりと搾り取られた翌朝、ルークとルビアはゆっくりした足取りで王城を目指す。半日程度は待たされる覚悟であったのだが、個室に案内されて数分後にはカイル国王との面会を果たしたのであった。無論他国の王族であろうと、前日の夕方にアポを取って翌朝会えるものでは無い。


つまり、カイル国王側としても、一刻も早くルークに会いたいという思惑があったのだ。しかし、そんな状況である事を知らないルークは、能天気に要件を告げる事となる。


「おぉ!ルークよ、待っておったぞ!!」

「お久しぶりです。実は今回、トンネル工事着工のご連絡に参りました。」

「「「「「「「「「「・・・は?」」」」」」」」」」


ルークの言葉にカイル王国家臣一同、盛大にクエスチョンマークを作り出す。ルークとルビア以外の者は、カイル王国側の頼みを聞いてくれるものだと思い込んでいた為、思考が追い付かなかったのである。


実は前日、ルークを訪ねて城からの使者が王都中を駆け回っていたのだが、当然ルーク達は知らなかった。

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