第295話 クリスタルドラゴン戦3

考える事をやめたシュウの行動は早い。クリスタルドラゴンが反撃に打って出ようとした瞬間には追撃を開始する。これまでと違ったのは、魔弾ではなく魔法だった事。わざとらしく息遣いを荒くし、完全に足を止めて風と氷の魔法を次々と繰り出す。


密室で火魔法を使わないのは、先の反省を活かして。威力の調整を間違えれば、ナディア達を巻き込む恐れがある。さらに付け加えるなら、最も視界を妨げるのが炎というのも大きい。そして足止めに効果的と思われる土魔法を使わないのは、恐らく相手の属性と同じだからだ。



地面を鏡面のように凍らせ、強風で相手の巨体を滑らせる。距離が離れるのを嫌ったクリスタルドラゴンは、四肢に力を込めて飛び上がる。だが狙いすましたかのように襲い掛かる巨大な氷塊に、クリスタルドラゴンは為す術なく撃ち落とされるのだった。


順調に思えた足止めに、危機感を募らせ始めたのは外でもないシュウである。



(マズイな・・・言語を理解する知能があるなら、そろそろコッチの狙いに気付かれてもおかしくない。何時予想外の行動に出ても不思議じゃないぞ。オレ1人なら何とかなるだろうが、無防備なユキ達は巻き込まれかねない。今の内に何か対策を・・・ん?)


ユキ達を守る方法を探そうと、シュウは徐に視線をユキ達へ移す。ユキの背後に映り込むナディアの姉に、シュウの脳内を新たな疑問が過った。


(そう言えば、何でナディアの姉は殺されずクリスタルに囚われているんだ?手に負えない相手だった?・・・いや、お世辞にも今のナディアの足元にも及ばないはず。しかも殺すどころか捕食すらしていない。明らかに意味がある・・・?)


結晶化は死と同義な気もするが、そうではないだろうと考えたのには理由など無い。それより気になったのは、その形状を保っている事。殺戮や捕食が目的であれば、今頃ナディアの姉は跡形も無いだろう。だが今尚そこに在るからには、他の理由があるに違いない。


(残しておくのは何故だ?・・・養分を吸収しているようには見えないし、命に関わる理由じゃない気がする。だとすると・・・まさか!?)


荒唐無稽な推測が、根拠の無い確信へと変わる。竜族の生態など知らないが、そう考えるのが一番しっくり来るのだ。だとするとマズイ。ユキへの指示が過ちだった事に気付く。一刻も早く対処しなければならない。


ユキを止めるか、クリスタルドラゴンを仕留めるか。だが、仕留めるのはナディアを悲しませる結果となり得る。故に、シュウが取れる選択肢は1つのみ。とにかく状況を確認しようとユキへ視線を移そうとした時、聞き慣れた声が耳に届く。


「シュウ君、倒しても問題無いそうです。」


意思の疎通を図ろうとしていた相手の声。本来ならば聞き取れる物では無いのだが、意識をユキへと向けた瞬間だった事で生まれた奇跡。・・・ハッキリ言ってしまえば、全くの偶然である。


返事をしようと視線を向ければ、此方を向くユキと目が合った。言葉にする必要は無いと悟り、シュウは小さく頷く。大きく頷けなかったのは、ナディアの姉の姿が目に入った為だった。自分の指示は『倒して良ければ、ナディアの姉を収納してから教えて欲しい』というもの。だがユキはその順序を守らなかった。しかし、シュウがそれを咎める事はない。何故なら、自身の指示こそが失策だと反省していたのだから。


(助かった、ユキ!ならオレは一刻も早くコイツを仕留める!!)



これまでの戦闘から、周囲に結晶化の兆候は見られない。その事実に、結晶化はパッシブスキルではないと結論付ける。それは接近しても良いという意味ではないのだが、何らかの攻撃には違いない。そしてシュウには、反撃の隙を与えるつもりが無かった。


(禁呪は・・・ダメか。なら美桜で・・・無理だな。だったら魔拳で仕留める!)


一撃で息の根を止めるべく、この日最速のスピードで移動する。誰もが視認出来ない速度でクリスタルドラゴンの眼前に移動したシュウが、一切の手加減無しで魔拳を放つ。拳に伝わる確かな衝撃に、完全に決まったと思い込む。だが待っていたのは予想外の展開。


「何!?」


肉体が爆散してもおかしくない威力だったにも関わらず、クリスタルドラゴンの頭部は原型を保っていたのだ。だがすぐにその理由に気付く。


(範囲の問題か!?)


魔拳の範囲。一体どういう意味なのかと言うと、先程までのシュウは手加減していた。その手加減の方法に問題があったのである。いや、手加減に問題は無かった。あったのは慢心と計算ミスだろう。



威力は極力抑えるが、動きを封じる為にはある程度吹き飛ばさなければならない。硬い相手にダメージを与えるには、威力を一点に集中させる必要がある。シュウが取っていた手段はその逆。衝撃を広範囲に分散させていたのだ。



シュウが全力を出した事に代わりはないが、手加減していた時の感覚のままに、威力だけを上げてしまった。結果、衝撃は広範囲に分散したまま。魔弾と魔拳という違いはあっても、魔力を放出している事に代わりはない。


直接拳を叩き込む分、魔力を放出するだけの魔弾よりは威力が高い。魔力を放出するという行為は、手元から離れれば離れる程に難易度が上がる。さらには圧縮するという工程を踏まなければならず、どうしても威力は落ちる。これまで美桜で戦って来たせいで、微妙な感覚の違いを忘れていたのだ。


それでも流石はシュウ。たった一度の失敗で、感覚のズレを修正してしまう。


(さっきの手応えで理解した!次は仕留める!!)


一点集中の魔拳ならば確実に仕留められる。拳に残る感触がそれを教えてくれたのだ。確信に満ちた表情のシュウが再びクリスタルドラゴンへ迫る。だが相手も何かを感じ取ったのだろう。どうにかして接近しようとしていた今までとは異なり、今度はシュウを遠ざけるべく反撃に移る。


――ヒュッ!


「ちっ!」


前回痛手を被った尻尾の一撃に、シュウは距離をとりながら舌打ちする。本来ならば躱す必要は無かった。左の魔拳で相殺、或いは逸し、接近して右の魔拳で終わりだったろう。だが苦い記憶が蘇り、無意識の内に体を動かしてしまったのだ。


(美桜しか使わなかったツケか・・・完全に鈍ってるな。まぁ、鍛え直すのは帰った後だ。)


どんな名刀も、使えば切れ味は鈍る。だからこそ決して無駄に振るわず、致命傷を与えられる一撃に狙いを絞って来た。群れたり巨体の多い魔物相手であれば、そういった闘い方をせざるを得ないのだ。所謂ヒットアンドアウェイ。長年に渡って染み付いた感覚は、闘い方が変わったところで切り替わるものではない。


ならばどうするのか。シュウが導き出した答えは、攻撃以外の行動が取れない全身全霊の一撃。


「はぁぁぁ!!」


体勢を立て直そうとしていたクリスタルドラゴンへと一瞬で近付き、全力の右ストレート。回避や防御も絶対に間に合わない完璧なタイミング。シュウだけでなく、観戦していたエアも決まると思った。


しかし――


――ズドンッ!


「「っ!?」」


背後から聞こえた大きな音と振動に、エアが凄まじい勢いで振り返る。そんなエアとは異なり、シュウは予想外の光景を視界の端で捉えていた。


(もう1匹だと!?マズイ!)


突如現れたもう1体のクリスタルドラゴン。見えるのはほぼ後ろ姿だが、息を大きく吸い込んでいるのはわかる。これ以上無い程の奇襲。ユキ達に視線を移すと、驚きのあまり硬直している。誰も回避出来ないだろう事は明白。


咄嗟に振り向いたエアは流石だが、その後の対処は難しいだろう。ならば自身が動くしかない。唯一硬直を免れたシュウだが、今更攻撃を中断する事は出来ない。


掛け値なしの全力だった為、途中でその動きを止めるのは逆にリスクが高いのだ。一般に急な切り返し動作というのは、肉離れの原因となる。現在のシュウの場合、肉離れ程度では済まないだろう。



止まれなければ中途半端な威力になるし、止まれたとしても筋肉にダメージを負った状態で間に合うとも思えない。この場での最善は、目の前の相手を確実に仕留め、すぐにもう1体の対処にあたる事だろう。ユキ達を見捨てる事になるかもしれないが、全滅するよりマシである。



だがシュウは無意識のうちにその選択肢を捨てる。2度もユキを失う事など出来ない。そんな想いがあったのだ。



この時の選択は色々と面倒を呼び込む事となるのだが、それをシュウが後悔する事はない。結果として、ユキ達を救う事が出来たのだから。

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