第296話 クリスタルドラゴン戦4

拳を放つまでの刹那の瞬間、シュウが考え事をしたのかと言えば、答えはノーだ。半ば無意識に最善と思われる選択をする。今回の場合、後々思い返したシュウの考えを解説を交えながら状況に当て嵌めてみよう。




両足に力を込め、右腕は既に動き出している。ユキ達を救わなければならないが、この状態で攻撃をやめる訳にはいかない。だがそれでは到底間に合わない。通常ならば、他に選択肢は無い。しかし、今のシュウにはとっておきの切り札が存在する。


迷っている暇は無い。・・・とでも言えたらカッコいいのだが、実際には考える暇すら無い。何故それを選んだのかと問われれば『何となく?』と答えただろう。実際には、問われずに済んでホッとしていたのだが。白い目で見られる事はわかりきっているのだから。



攻撃をやめる事なく、ユキ達を救うしかない。極限の中で究極の選択を迫られたシュウは、無意識に呟いた。幼少の頃、エレナから教えられていた言葉を。


「封印解除!」


たった一言呟いただけだったが、状況は激変する。シュウは思わず声を発しそうになるが、なんとかギリギリの所で堪えた。


「っ!?」



今までシュウは、抑え付けられていた魔力が解放されるだけだと思っていた。しかし実際には違っていたのだ。全身に付けられていた重りが消え去ったような感覚がする。体が羽のように軽い。


本人は戸惑っているのだが、既に拳は振り切られていた。自分の体勢に気付き、すぐに振り返って駆け出す。


「っ!?」


1歩目を踏み出した段階で、シュウはまたしても戸惑いを顕にする。十数歩は掛かると思っていた距離を、たったの1歩で詰めてしまったのだ。新たに現れたクリスタルドラゴンを、このまま仕留める事も余裕だろう。だがそれをすれば、間違いなくユキ達を巻き込む。


正面、ユキ達の前へ回り込むべきなのだろうが、そう上手く動ける自信は無い。ならばどうするのかと思うだろうが、やはりシュウには考えている時間など無い。本能、或いは直感に従い、無防備となっている尻尾を掴む。


とても引き摺り回せる相手ではない事もあって、純粋に動揺を誘うのが狙いだったはず。だがとりあえず、力を込めて誰もいない方向へ振り回してみた。



――ブォン!


「あれ?」


予想外の出来事に、シュウは間抜けな声を上げる。しかし聞き取れた者はいない。誰もがクリスタルドラゴンの動きに釘付けだったのだ。特大のブレスを放とうとしていた相手が、突然明後日の方向へ移動する。全く以て意味がわからない。唯一反応出来たのは、振り回した張本人のシュウだけである。



この時点で考え事をする余裕が生まれる。色々と思う所はあるのだが、シュウが考えたのは自身の事ではない。


(う〜ん、とりあえず・・・仕留めるか)


自分に関する変化を確認するのは大事だが、そんなのは後でも出来る。まずはユキ達に襲い掛かった、憎たらしい敵を排除するべきだろう。そう判断し、掴んでいた尻尾から両手を離す。


放り投げられる形となったクリスタルドラゴンが宙を舞う間、打撃と魔法のどちらが良いかを考える。


(打撃は衝撃が大きそうだけど、魔法は上手く加減出来るかわからないしなぁ)


幸いな事に、肉体的な力加減は今の一瞬で何となく理解出来た。だが魔法となると話は別。自身の予想が大きく外れた場合、ユキ達が受ける被害はブレスの比ではないかもしれない。そうなると打撃一択。


と、今までのシュウならば考えただろう。しかしこれまで無理だった手段も、今ならば選択肢に入る。


(・・・なら、へし折るか!)



クリスタルドラゴンが地面に叩きつけられる直前、シュウは爆発的な加速力でクリスタルドラゴンの眼前へ移動する。そのまま上顎と下顎を掴み、両腕に力を込めた。今度こそ、正真正銘の全力である。


そのままクリスタルドラゴンの後方へ向かって振り回そうとして、ふと思い留まる。どの方向へ急激に力を加えても、折る事など出来ない気がしたのだ。なにしろ人間とは異なり、ドラゴンの首は長い。180度以上回せば折れるだろうが、走ったり飛んだりしている間に抵抗される。人間相手に腕を後ろで捻り上げるのとは移動距離が違い過ぎる。


だが今の体勢を維持する訳にもいかない。そこでシュウは、瞬時に思考を切り替える。回転するのは変わらないが、その方向を変えたのだ。


(折れないなら・・・捻じ切る!!)


地面を蹴り、その場で自身の体を銃弾のように錐揉み回転させる。普通であれば1周して両足で着地する所を、何度も地面を蹴って十数回転したのだ。


「っ!?」


何度も何度も回転する中で、突然両腕にズッシリとした重さを感じて息を呑む。クリスタルドラゴンの反撃を予期し、回避出来るように着地して身構える。だがすぐに重さの原因を悟って両手を離した。


――ズシーン!


クリスタルドラゴンの巨体が力無く崩れ落ちる。


「・・・捻じ切るには首が長過ぎたみたいだな。」


シュウが呟いたように、首が長かった事で捻じ切るまでには至らなかったのだ。それでも十数周首を捻られれば、神経や骨が無事で済まされるはずがない。結果絶命し、首の力が抜けた事で重みを感じたのである。


目の前に横たわるクリスタルドラゴンを数秒見つめてから、シュウはゆっくりと振り返る。



「大丈夫か?」

「「「「・・・・・。」」」」


シュウが問い掛けるも、返事をする者はいない。なにしろ全員が状況を飲み込めず、ポカーンと口を開けていたのだから。

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