第294話 クリスタルドラゴン戦2

ユキ達がナディアの姉の下へと向かった後。シュウはエアの位置を確認してから、ゆっくりクリスタルドラゴンへと歩を進める。討伐が目的であれば一気に攻め立てるのだが、まだ時間を稼がなければならない。


反撃の隙を与えないという方法もあったのだが、今は控える必要がある。死なない程度に手加減するとしても、追い込む事には変わりない。意思の疎通が図れない以上、追い込めばどういう行動に移るか全く予測出来ないのだ。結晶化という不安要素を抱えたまま、考え無しに戦闘する訳にはいかないだろう。


「倒さないように限界まで手加減しつつ、絶対に反撃を許さない。決して追い込まず、だが完璧に抑え込む・・・オレは何を言ってるんだろうな。」


完封しながら苦戦を強いられているように振る舞う。矛盾しているとしか言いようのない状況を作り出さなければならない。もしも他人がそんな事を言おうものなら、間違いなく『頭は大丈夫か?』と聞く事だろう。



そもそも反撃を許さないと言うのは、カウンターが禁止となる。1度や2度なら偶然で片付けられるが、それが何度も続けばどんな生物でも実力差に気が付く。それはつまり、相手を追い込むのと同義なのだ。


ならば完璧な防御や回避と思うだろうが、結晶化を考えるとやはり防御はリスクが高い。回避も同様だろう。ならば一体どうするのか。


「接近戦はリスクが高いから魔拳は無し。となると・・・最初は吹き飛ばす程度の魔弾で距離を取って、攻撃パターンの把握。で、疲労したように装って魔法に切り替えるって感じかな?」


考えが纏まったため、シュウは立ち止まって呟く。態々口にしたのは、エアに伝えるのが目的である。クリスタルドラゴンとコンタクトを取ると決めた彼女の行動は、場合によっては邪魔となり得る。咄嗟の連携は無理でも、邪魔にならない立ち回りは出来るだろうと判断しての事。


そんなシュウの意図を察したのだろう。エアはシュウの背後へと回り込む。振り向く事なくエアの位置を把握し、シュウは戦闘を再開した。



決してダメージを与えない、極限まで手加減した魔弾を連続で放つ。ダメージは与えないが大きく体勢を崩される攻撃を嫌って、クリスタルドラゴンは体を縮めてチャンスを窺う。


(鬱陶しそうにしながらも、起死回生の一手を狙ってるな?あとはエアが話し掛けるだけなんだが・・・)



シュウの考えを読み取った訳ではないが、今動かなければチャンスは無いかもしれない。そんな諦め混じりのエアが声を掛ける。


「お主!妾の事がわかるか!?風竜王のエアじゃ!!」

「・・・・・。」


エアの呼び掛けに、クリスタルドラゴンは沈黙で返す。


「(ナディアの夫の攻撃が激し過ぎて聞こえておらんのか?ならば・・・)お主は何処の生まれじゃ!?コチラ側か?それともアチラ側か?」


距離があって聞こえていないのかもしれない。そう考えたエアはシュウの攻撃の邪魔にならないよう、空中を飛んで距離を詰めて声を掛ける。コレに反応したのはクリスタルドラゴンだけではない。シュウも思わず攻撃の手を緩める。


(コチラ側にアチラ側?・・・一体何を言っているんだ?)


疑問を抱き、エアに視線を移したシュウ。そしてそれはクリスタルドラゴンも同じであった。


「ガァァァァ!!」

「なっ!?」


驚きの声を上げたエアの様子に、シュウは思考を放棄して攻撃を再開する。今は物思いに耽る時ではない。まずは事実確認である。


「何、だっ、て!?」

「わからん!」

「・・・は?」


攻撃に集中するあまり、エアの言葉を飲み込むのに数秒を要したシュウが間抜けな声を上げる。だが、エアからの答えが変わる事はない。


「だから、わからんのじゃ!」

「わから、ない、ってのは・・・知らない、場所なの、か?」


因みにシュウはいちいち言葉を区切らずとも話せるのだが、必死さをアピールするため意図的に行っている。そんなシュウの努力を思いやる余裕のないエアは、ごく普通に答える。


「そうではない!わからんのは場所ではなく言葉の方じゃ!!」

「・・・はぁ!?」


あまりにも予想外の返答に、再びシュウは攻撃の手を緩める。否、緩めてでも確認する必要が出て来たのだ。エアに疑問を投げ掛けつつ、後方へと飛び退く。エアもまた、そんなシュウを追い掛けながら答える。


「言葉を教わらなかった個体って事か?」

「いや、言葉ではあるようじゃが、妾の知らぬ言語を話しておる。」

「なら違う言語か?竜には幾つも言語があるのか?」

「そんなものは無い!妾達竜種はヒト種と同じ言語と、竜種共通の言語が1つだけじゃ!!」

「つまり・・・」

「考えられんが、妾も知らぬ土地のモノという事じゃろう。もしくは竜種以外の何か、という事になる!」


エアが導き出した結論に対し、シュウの考えは異なる。


(竜種じゃない?いや、鑑定魔法の信憑性は不明だが、今までの事を鑑みると怪しい結果には疑問符がつくはず。なら、目の前に居るのは間違いなく竜種だ。にも関わらず竜王が知らない土地って事は、多分『この世界』じゃないって事だろうな。となると、何者かが連れて来たと考えるのが筋なんだが・・・一体何の為に?)


結局は答えの出ない推論に行き着く。そしてシュウは、答えの出ない問いに悩む事を好まない。即ち、この疑問を瞬時に棚上げしてしまう。大抵の場合は建設的な行為となるのだが、この時ばかりは違っていた。言い換えるなら、思考を放棄したのである。



もう少し視野を広げるべきだったろう。真っ先に目的へと意識が向くのは仕方ないが、そこに行き着くまでの過程や手段にも目を向けるべきだったのだ。ヒトは誰しも、予想外の出来事には反応が遅れてしまう。


結果、持ち込まれたのが大型の個体とあって、無意識の内に思い込む。竜種を連れ歩く労力を考えると、此処に居るのは『1体だけ』なのだろう、と。

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