第77話 宿屋の事情

部屋を確認してすぐ、食堂へと向かう。荷物はアイテムボックスに入れてある為、部屋でする事など無いからである。装備品の手入れは必要だが、寝るまでに済ませれば問題はない。


食堂に入り、空いてる席を探そうとしたが、他に客もいない為回転休業状態であった。宿は食堂のみの利用も問題無いので、普通は食事のみの客もいるのだが・・・。厨房の中が覗けるカウンターに座り、中の様子を伺うが、ポーラさんの姿しか見えない。旦那さんは外で働いているのだろうか?というか、ポーラさんがオレの顔を見つめたまま固まっている。顔が赤いようだが、具合でも悪いのだろうか?


我に返ったポーラさんの仕事ぶりを見学していると、食事の用意が整ったようだ。異世界ではお約束の硬いパンとスープ、そしてサラダという献立である。量は兎も角、冒険者には少し肉類が欲しい所だ。そして味は良いのだが、日持ちするような食材ばかり。これは決まりだろう。この宿は、ここ暫く利益というか、客が入っていない。客が来なければ、日持ちしない食材を仕入れる事も出来ないのだから。


そんな事を考えながら、のんびりと食事していると、アンナちゃんと具合の悪そうな女性が入って来た。あれ?見た目はオレより年上なんだけど、あの人がアンナちゃんのお姉さんだよな?・・・ポーラさんはスフィアと同年代だと思っていたのだが、一体いくつだ?


「お母さん、お腹空いた!」

「あぁ、アンナ?今すぐ準備するから、ってアスナ!?お客さんがいるんだから、部屋から出ちゃダメだよ!!」

「え?あ・・・ごめんなさい!!お、お客様すみません!すぐに戻りま・・・カッコイイ・・・あ、失礼します!!」

「え?何を言って・・・ちょっと待った!!」


アスナさんと呼ばれた女性がオレに頭を下げ、食堂から立ち去ろうとしたので慌てて引き止める。出会ったからには、事情程度は聞いておこう。


「アスナさんとおっしゃいましたっけ?どうして立ち去ろうとしたのですか?」

「お客様にご迷惑をお掛けする訳には・・・」

「迷惑ですか?」

「アストルさんは、この宿の噂をご存じないのですよね?」

「噂・・・ですか?知りませんね。」


何かありそうだとは思ったが、どうやらアスナさん絡みのようだ。この人、酷く具合が悪そうだが大丈夫だろうか?そして元気ならば、かなり男にモテるだろう。ポーラさん異常に美人である。などとアスナさんを観察していると、ポーラさんが事情を説明してくれた。


「世間ではこの宿に近付くと、アスナの病気が感染ると言う噂が流れているのです。ですからここ数カ月程、ウチを利用してくれるお客さんはいませんでした。」

「アスナさんはどのような病気なのですか?」

「それは・・・体中に無数の発疹が出来、日を追うごとに大きくなっているのです。衰弱も激しく、このままではこの子は・・・」

「そうなんですか・・・。アスナさん、見せて頂いてもよろしいですか?」

「え!?いえ、それはいけません!お客様に感染るような事があっては、この宿は終わりです!!」


ふむ・・・感染症ならば、家族が発症していないのは不思議だ。ここはもうひと押しすべきかな?


「ですが、ポーラさんとアンナちゃんは平気なんですよね?誰かに感染した事実は?」

「それは・・・誰にも感染していません。」

「でしたら問題無いと思いますよ?それに、見せて頂ければ何かわかるかもしれませんし。」

「わかりました。では・・・どうぞ。」


アスナさんは後ろを向き、上着をめくり上げた。腰から背中にかけて露わになるが、大小無数の発疹があり、さらには化膿している。これが全身にあるのならば、どのような姿勢になっても激痛に悩まされるだろう。熟睡出来ないだろうから、衰弱するのは当然である。残念ながら、オレにはこの病気に対して心当たりが無い。なので、鑑定の魔法を使用してみたのだが、驚きの事実が明らかとなる。オレが何処まで首を突っ込むかは不明だが、何が起こっているのか教える程度は構わないだろう。


「これは・・・病気ではありませんね。」

「「え?」」

「お兄ちゃん!お薬で治らないの?」

「アンナちゃん、残念だけど・・・お薬じゃ治らないかな。」

「アストルさん!?この子の体は一体・・・」

「これは呪いですよ。症状が出る以前、誰かに恨みや不興を買った覚えはありませんか?」

「・・・・・ヤミー伯爵様に。」


伯爵?あぁ、例の碌でもない貴族の1人かな?その後、ポーラさんとアスナさんが話してくれた内容はこうだ。


1年程前、アスナさんの噂を聞き付けたヤミー伯爵が、自分の愛人になれとしつこく迫って来た。それを断り続けた所、ヤミー伯爵が姿を現さなくなり安心していた所、体の不調に見舞われたそうだ。治癒師や錬金術師の元を巡り歩いたが、治療法が見つからず途方に暮れていた。そこへヤミー伯爵が現れ、治療薬を持っていると言ってきたという。法外な値段で買い取るか、自分の愛人となるならば譲ってやると言われ、家族で話し合った結果、お金を工面して買い取る事に決めたらしい。


つまりは、何としてもアスナさんを手に入れたい伯爵の罠であろう。病気が感染るという噂も、伯爵サイドが出所と見るのが筋である。ちなみに冒険者の父親は、比較的に高額な報酬の依頼を受け続け、半年程前に命を落としたそうだ。それまでに貯めたお金で、残された3人は生活しているとの事だった。しかし、その生活もそう長くは続かないだろう。


「なるほど・・・。大体理解出来ましたが、解決策はありそうですか?」

「呪いとなると、私達庶民にはとても・・・。」

「そうでしょうね。一時的に良くなっても、その後も呪いが続くようならば元通りです。定期的に神官から浄化魔法をかけて貰うか、常に魔道具を使用するしか方法はありません。あとはまぁ・・・元を断つ事かな?」

「神官はお布施が高額ですし、魔道具なんて高額過ぎてとても・・・。ルークさん!博識な貴方ならば、何か知っているんじゃありませんか!?」


アスナさん、博識って・・・まぁ、今まで誰にもわからなかった原因を特定した時点で、そう思われても仕方がない。そして、オレならば解決は出来る。しかしなぁ・・・。


「確かにオレには解決策がありますけど・・・今日知り合ったばかりの人に、そこまでする理由が無いですよ。悪いとは思いますけど。」

「そんな・・・。」


美人が困っているのを見過ごす程、オレも鬼では無い。オレが滞在している間だけ、浄化の魔法が込められたネックレスを貸す事にした。それを俯いているアスナさんの首に掛ける。


「え?これは?な、何!?」

「オレが滞在している間だけ、アスナさんに無償でお貸しします。短い期間ですが、健康な生活を送って下さい。」


浄化のネックレスを掛けたアスナさんが数秒間光に包まれ、掛っていた呪いが解除される。掛けている間は呪いを無効化する機能も有している為、3日間は健康体でいられるだろう。


「凄い!綺麗に治ってる!!ありがとうございます!!」

「掛けている間は効果が持続しますので、私がここを引き払うまでは身に付けてて構いません。それと、人目に触れないように気をつけて下さい。」

「は、はい!高価な魔道具ですものね・・・本当に感謝します!!」

「いえいえ。それでは、私はもう休みますので、家族でゆっくりして下さい。」


3日貸すだけなのに、ポーラさんとアスナさんに何度も感謝されて気まずい。オレは逃げるように自分の部屋へと戻り、嫁さん達に連絡をとる。今日の出来事を全て話し、最後にスフィアに伝えておく。


「というわけで、多分貴族と揉めるから、ベルクトの女王・・・誰だっけ?まぁいいか。とにかくあの人に言っといてね?」

「その宿にルークが泊ってるなら、排除しようとするわよね・・・。」

「ナディア?不穏な言動は慎んで下さいね?それとルーク?明日は世界政府の定例会議がありますので、その際に伝えておきます。」

「あ、もしオレと敵対した貴族を庇うなら、ベルクト王国が敵対したと見なすから。それも伝えておいてね?」

「は?・・・え?ベルクトと敵対って、意味を理解してますか?今のルーク1人でどうにかなるのですか?」

「ま、まぁ、オレは大丈夫だから!それじゃあ、また明日ね?」


これ以上は無茶してるのがバレるので、お茶を濁して通信を終えた。皆の視線が冷たかったので、多分気付かれただろう。明日が怖い。あ、通信の魔道具はテレビ電話みたいな感じなので、相手の姿や顔もバッチリ見えます。


まだ寝るには早い時間なのだが、最近は断続的な睡眠が続いていたのでベッドに横になる。暫く天井を眺めていると、扉をノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ?開いてますよ?」

「失礼します。あの・・・実はアストルさんにお願いがあって伺いました。」

「ポーラさん?どうかしましたか?えぇと、食堂にでも行きましょうか?」


薄手の寝巻姿で、ポーラさんがオレの部屋に入って来た。この状況は色々とマズイので、場所を変える事を提案するが、ポーラさんを遮るように扉をノックする音が聞こえてくる。


「失礼します。あの、ルークさんにおねが、お母さん!?その格好は、もしかして・・・」

「アスナ!?・・・流石は親子、考える事は一緒ね?あ、鍵を閉めてちょうだい。」

「え?お2人共、どうかしました?」


アスナさんに扉の鍵を閉められ、現在密室に男1人女2人。オレは、警戒レベルを最大にまで引き上げて、2人の出方を伺う事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る