第131話 グリーディア公国1
城ヘと戻ったルーク達であったが、その姿は転移魔法陣の前にあった。1人が首を傾げる姿を、全員が警戒しながら伺っていたのである。
「・・・どうかしたのですか?」
「え!?どうかって・・・ちょっとルーク!」
「何でオレなんだよ!ティナ!!」
「わ、私の口は食事の為にあるのですから・・・スフィア!?」
ティナさん、口は食事以外にも使うって知ってますよね?
フィーナがオレに、オレがティナに押し付けようとする。そして最後がスフィアである。しかし、流石のスフィアでも荷が重かったようだ。
「す、すみません!今回ばかりは助けて下さい!!」
「そうだよな・・・いつもスフィアには迷惑掛けてるし。」
「ルーク・・・」
涙目で縋り付いて来たスフィアの様子に、罪悪感を感じてしまった。オレが矢面に立つ事を告げると、スフィアが感激している。そんなに怖かったのか。その気持ち、大変良くわかります。冷静になってみると、あの時のカレンは別人のようである。
「ねぇ、カレンさん?」
「はい?」
声を掛けただけでは普段通りのカレンに見える。しかし、油断する訳にはいかない。
「あ〜、機嫌は直ったかなぁ?」
「?」
先程までとは反対方向に首が傾いた。キョトンとした表情が、これまた可愛らしい。・・・じゃなかった。
「さ、さっきの口調はどういう事かな?」
「口調?・・・・・あぁ!そういう事ですか!!・・・・・お恥ずかしい話ですが、頭に血が昇るとちょっとだけ口調が変わるらしいのですよ。」
そう言いながら、右手の人差し指と親指で『ちょっと』の部分を表現している。隙間は目算で5mm程だろうか。その大きさに、みんなが呆れている。どれ程可愛かろうが、ダメなものはダメである。5mmで国が滅びようとしているのだ。5センチならば世界が滅びる。
「すみません。『らしい』とはどういう意味でしょうか?」
「え?・・・何がです?」
「ですから 「あ!ルーク!!そろそろ向かった方がよろしいのではありませんか?」 ・・・カレン様?」
ティナの質問に対して、カレンが話を逸らそうとしている。これは多分アレだ。
「カレン・・・さては覚えてないな?」
「えっ!?な、何をです?」
カレンは大抵の事を見通している為、こういう咄嗟の出来事に弱い。現に今も、横を向いてとぼけようとしているが、目が泳いでいる。
「カレン?」
「はい・・・。昔から頭に血が昇ると、記憶が飛ぶ事が多くて・・・。ちょっとだけ口調が変わるというのも、他の女神達から聞かされた事です。」
恐らく他の女神達も、本当の事は言えなかったのだろう。みんなに視線を向けると、納得したような表情をしている。控えめに言った女神達の手前、この話はこれ以上掘り下げるべきではないのかもしれない。そう結論付けて、話題を明日の件に切り替える事にした。
「それはそうと、今日中にグリーディアへ向かうって事でいいかな?」
「そうですね。ここへ戻る前にグリーディア公国の女王陛下に伝言を頼んでおきましたので、一旦先程の場所に戻って下さい。そこで合流出来るはずです。」
スフィアに確認を取ると、知らない内に根回しを済ませていたらしかった。本当に頭が下がります。いきなり押しかけたら驚かれるもんね。
「言っておきますが、グリーディアの民にとって余所者の人族は敵です。見た目が人族と同じお2人も同様ですから、警戒は怠らないようにして下さい。」
「別に問題無いと思うよ?不意打ちでも対処出来るだろうし。」
「こちらの不注意で滅びる国が増えるのはゴメンですからね!?」
「オレを何だと思ってるんだよ!!」「私を何だと思っているのです!!」
スフィアの指摘に、オレとカレンが同時に反論した。そんな簡単に、国を滅ぼしたり・・・しないとは言えないな。カレンに視線を向けると、どうやら同じ考えだったらしく、そっと視線を逸らされてしまった。
「(私にはお2人が災害にしか思えませんよ・・・) さて、オットル女王陛下が痺れを切らすといけませんから、そろそろ移動して頂けますか?」
「それもそうか。じゃあ行って来るけど、この部屋の戸締まりはよろしくね?」
世界政府の会議当日は、終日転移魔法陣が利用可能。すなわち、招かざる客が訪れる可能性もある。ティナとフィーナが残るとはいえ、万が一という事もある。完全に封鎖しておけば、オレとカレンも安心出来る。
「そうですね。わかりました。」
「お気を付けて。」
オレの意図に気付いたスフィア達を残し、世界政府本部へと繋がる転移魔法陣を発動させる。本部に到着すると、目の前には5人の男女が立っていた。その中心にいる女性が話し掛けて来る。
「本当に2人なのだな?フォレスタニア皇帝陛下。」
「貴女がオットル女王陛下ですね?突然で申し訳ありませんが、一晩厄介になります。」
「大したもてなしは出来ないが、しっかり休んでくれ。(確かめるまでもなく、どちらも化物だな・・・)」
目の前で微笑む女性がグリーディア公国の女王、オットル=グリーディアか。スフィアの説明では40代半ばとの事だったが、10歳は若く見える。自らが先陣を切って戦場に立つと聞いてはいたが、その姿を見れば納得である。
オレより高い身長は、2メートル近いだろうか。鍛え抜かれた筋肉を見るに、男性と言われても不思議ではない。失礼にあたるので口には出せないが、まんまゴリラである。間違っても肌と肌のぶつかり合いだけはゴメンだ。
失礼な事を考えていたせいか、オットル女王の背後に控えていた男が失礼な物言いをしてくる。
「大して強そうには見えないガキに女かよ。さっさと帰った方がいいんじゃないか?」
「・・・どうやら滅びる国が3つになりそうですね。」
ーードサッ
カレンが物騒な事を言いながら殺気を放つと、馬鹿な事を言い放った男だけが泡を吹いて気絶した。その光景に焦った女王が謝罪を述べる。
「大変申し訳無い!部下が失礼した!!」
「今の私は虫の居所が悪いのです。次はありませんからね?」
1度キレたせいか、カレンの限界は相当低くなっているようだった。このままでは本当にグリーディアまで滅ぼしかねないので、間に割って入る。
「こんな所で立ち話するよりも、早くグリーディアを訪れたいから抑えてくれる?」
「ルークがそう言うなら・・・。」
「すまない。では早速我が国へ参ろうか?」
オットル女王が頭を下げてから、気絶した部下を肩に担ぎ転移魔法陣へと向かって来る。オレとカレンは横にズレて、グリーディア一行が入るスペースを空ける。オットル女王の合図で部下が魔法陣を起動し、一瞬にして見知らぬ部屋へと転移した。
「ようこそグリーディア公国へ。本来であればゆっくりして貰いたい所だが、早速ネザーレアとフリージアの件について確認させて頂きたい。」
「あ〜、わかりました。」
参った。まさか話し合いになるとは。こんな事ならスフィアも連れて来るべきだった。しかし今更なので、観念してオットル女王の後に付いて行く。
案内された部屋に入ると、家臣と思しき者達が座っていた。結構な人数だが、会議でも開くのだろうか?随分と用意がいい。席を促されたので座ると、聞きたかった事をカレンが聞いた。
「随分と用意がいいのですね?」
「ん?あぁ、元々予定していた会議なんだ。総会の後に他国へ救援を要請するつもりだったからね。そうなれば、ネザーレアとフロストルに動きがあると踏んでいたんだ。・・・こうなるとは思ってなかったがね。」
そう言って苦笑するオットル女王に、オレも思わず苦笑を返した。そして明日の予定を口にしようとして外を見る。外に面した壁は開け放たれており、その先にはテラスがあるという間取りなのだが・・・。
「会議をするには不向きな部屋ですね。」
「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」
カレン以外の者達で、オレの言葉の意味を理解した者はいないようだった。そんな者達は放置してカレンへと視線を向ける。
「流石に2ヶ所同時は無理ですよ?」
「床が壊れそうだからやめて貰える?とは言え、今のオレじゃ一瞬でこの距離は無理なんだよな。」
「でしたら、ルークは私が吹き飛ばしてあげましょうか?」
嫌な予感しかしないのだが、他に方法も思いつかないのでカレンの提案に乗る事にした。覗き、盗み聞きは良くない。
「それじゃあ任せるよ。反対側はお願いね?」
「任せて下さい。では、さっさと済ませてしまいましょうか。」
カレンと同時に立ち上がり、テラスに向かって歩き出すと、事情を飲み込めないオットル女王が問い掛けてくる。
「どうしたと言うのだ?」
「ちょっと出掛けて来るので、少し待ってて頂けますか?すぐ戻りますから。」
全く説明になっていない為、オットル女王は戸惑っているのだが、構わずカレンの前に立つ。オレの準備が整ったのを確認し、カレンは腰から剣を取り外して構えた。
ちょっと待て。完全に予想外なんですけど?あんなので殴られたら、純粋に吹き飛ばされるだけだ。
「蹴る殴るじゃないの!?」
「私の格好で、そのような『はしたない真似』は出来ませんよ?・・・いきますね!」
言ってる事がメチャクチャなのは気のせいだろうか?オレを吹き飛ばした後、貴女は飛んだり跳ねたりするんですよね?
しかし、文句を言う暇は無かった。考え事をしている間に、カレンの剣が目の前に迫っているのだ。いくら鞘とは言え、このまま腹に剣を受ける訳にもいかない。必死に考え、オレは少しだけ飛び上ると両足の裏で鞘の上に乗る。
カレンが剣を振り抜く瞬間、不吉な声を発した。
「あ・・・」
しかし、ツッコむ余裕など無い。膝で剣の衝撃を殺すものの、そのまま打ち出されたオレの体はグングン加速する。それはもう、首が折れるんじゃないかと思う程。後ろ向きで空中遊泳しているのも良くない。現在地が把握出来ないのだ。
わずか数秒の出来事ではあるが、この間に様々な事を考えた。緊急時、時間が圧縮されるような貴重な体験が出来た。・・・と思える程、オレは研究馬鹿ではない。
必至に考えた結果、顔を上に向ける。上と言っても、実際は横向きに飛んでいるので進行方向を向いている。そして視界に飛び込んで来た物に、当然の如く焦る。大きな木、その上にしゃがみ込んで大きく目を見開いている2人の人間である。
「こんにちは〜!って違うわ!アホか!!・・・アホだったな。って言うか、どうやって止まるんだよ!!」
どうにも勢いがつき過ぎている。カレンの「あ」はこの為であった。明らかなオーバースピード。時間は圧縮されているのかもしれないが、冷静ではない。オレの事だ。名案など浮かぶ訳がない。
とりあえず眼前に迫った2人を、新調した美桜で一閃する。その先にあった木々も、バッサバッサと切り倒す。それはもう、必死で切り倒してやった。夢中になり過ぎて、気が付いた時には地面とキスする一歩手前である。美桜を放り投げ、両手で頭を守りながら地面にダイブする。後先考えない、魔力全開の身体強化のオマケ付きで。
ーードゴォォォォォン!!
この日、グリーディアに人気観光スポットが追加された。通称『フォレスタニア皇帝突撃跡地』。まぁまぁサイズのクレーターである。隕石が落ちる事の無いこの世界では、非常に珍しい景色なのだった。
ちなみに、ルークは風魔法で飛ぶ事が出来る。運動エネルギーをゼロにしてしまえる、夢のような転移魔法も使う事が出来る。この後、指摘されて気付く事となるのだが、決して彼を馬鹿にしてはいけない。訓練でもされていない限り、緊急時にそのような発想は生まれないのだから。
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