第136話 暗躍

帝国の王城へと戻ったルークとカレンは、共に執務室へと足を向ける。通常であればそれ程の広さは必要無いのだが、フォレスタニア帝国皇帝の執務室はかなりの広さがあった。暇を持て余した王妃達の溜まり場となっている為である。


ーーガチャ


「ただいま〜。」

「あら?随分と早い帰還でしたね。もう終わったのですか?」


気の抜けた挨拶をしながら扉を開けると、スフィアが意外そうに訪ねて来る。まぁ、戦争に向かったにしては早すぎる帰宅であろう。


「えぇ。全て終わりました。あ、エミリアさん?私に紅茶を頂けますか?」

「畏まりました。ルーク様もカレン様と同じく紅茶でよろしいですか?」

「え?あぁ・・・オレの分はいいよ。」

「ルーク?」


飲み物を断った事で、ティナは察したようだ。みんなと会話を楽しむのであれば、ゆっくりとお茶を楽しんだのだが、それを断るという事は何処かへ出掛けるつもりなのだという事に。カレンが催促したのは置いておこう。


「学園に戻る前に、片付けなきゃいけない事が沢山あるからね。スフィア?」

「そうですね・・・ユーナさん、調整をお願い出来ますか?」

「わかりました。では早速。」

「あ、ユーナ!急がなくていいから。夜までに大まかな予定を組んで貰えれば大丈夫。」

「ルークはこれから、私と出掛けますからね。」


退出しようとしたユーナを制止し、オレとカレンが簡単に理由を告げる。当然、みんなは納得出来るはずがない。


「何処に行くのですか?」

「ティナ?・・・別に危険な場所じゃないよ。ただ、転移出来る場所を増やしておきたいだけだから。いつまでもカレンに任せっきりじゃダメでしょ?」


心配そうな顔でティナが訪ねて来る。好き勝手にフラついてたら、そんな反応にもなるだろう。


「あぁ、そういう事ですか。それでしたら私も賛成です。」

「スフィア?」

「ティナさん。今回のように、カレンさんが身動きの取れない状態となれば、リノアさん達は学園に通う事が出来ません。いえ、その程度であれば良いのです。問題なのはナディアさん達ですよ。カレンさんしか向かえない現状で、カレンさんが動けない状況に陥る可能性があるのはあまりにも危険です。」

「そうね。いざという時、ルークも行けるっていうのはかなり大きいわ。」


スフィアの説明に、ルビアが同意する。今回のように、オレとカレンが一緒に行動する機会はあまりない為、どちらかが転移出来るという状態にしておきたかったのである。特にナディア達の場合、危険な場所に向かっているのだから当然だろう。


「ベルクトの人達は誰かに任せるとしても、地下道だけはオレがやらなきゃいけないと思ってるから。そっちは明日以降だろうし・・・今日の内に、カレンが行ける国の王都と街は転移出来るようにしておきたくてね。」

「そうでしたか。そういう事であれば、私からは何も言いません。」


どうやらティナさんも納得してくれたらしいので、早速カレンと出掛ける事にしよう。


「じゃあカレン、行こうか?」

「え?まだ紅茶が・・・ちょっと行ってきます!」


余程紅茶が飲みたかったのか、カレンは足早にエミリアの下へ向かってしまった。出会った頃のカレンは何処へ行ってしまったのだろうか。いや、それだけ気を許してくれているという事だろうな。


その後、若干不満そうなカレンを伴って各国の街を巡り歩いたのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



一方、ある国のとある場所。



「みんな!もうすぐ計画を実行に移す事が出来る!!今日までよく耐えてくれた。本当に礼を言う。」

「これはみんなの望みでもある。礼など不要じゃ。」

「ランドルフ・・・ありがとう。」

「それで?決行は何時なんだ?」


ルークの良く知る人物、アスコットが真剣な表情で問い掛ける。いや、良く知るアスコットの表情ではなかった。


「アスコット、逸る気持ちは理解出来る。しかし焦ってはダメよ?」

「あんたの言いたい事はわかるが・・・抑えられそうにもねぇんだよ。」

「しょうがない子ねぇ・・・。まぁいいわ。良く聞いて!全員が完全に武器を使いこなせるようになった頃、つまり一月以内には決行する!!」

「封印はどうなっているの?」


こちらもルークの良く知る人物、エレナが問い掛ける。そう、ここには行方知れずとなっているエリド村の住人達が勢揃いしていた。唯一中心にいる人物には面識が無い。


「この国の協力もあって、封印は間もなく解ける段階まで進んでいる。エレナ、女神の動向は?」

「女神カレンは帝国を拠点として活動しているらしいわ。私達の動きに気付くのは、封印を破ろうとした時か迷いの森にある門を開いた時でしょうね。」

「そう。それならば問題は無いわ。」

「して、エリドよ。誰が門を開くのじゃ?我々の中で、陽動を務めたいと思っておる者などおらんぞ?」


今ランドルフが問い掛けた人物こそ、行方不明となっていたエリドである。正確には、エリド村の住人でエリドの所在を掴んでいなかったのは、ルークとティナのみである。


「門は私が開く。」

「「「「「「「「「「なっ!?」」」」」」」」」」

「あら、当然よ?迷いの森にある門を開くと言う事は、女神と相対すると言う事。この中で女神の足止めが出来る者はいる?」

「「「「「「「「「「・・・・・。」」」」」」」」」」


エリドの提案に全員が驚きの声を上げるのだが、如何に屈強なエリド村の住人であってもカレンを抑える事は出来ない。その事は、全員が理解しているのであった。


「そうは言っても、あの女神を止めていられるのはせいぜい1時間程度。だからみんなには、その時間で封印を解いて貰わなければならない。」

「封印を解いた所で、1時間でダンジョンの最下層まで行くのは無理だろ?」

「アスコットの言いたい事はわかるけど、封印を解いてしまえばあとはどうとでもなる。」

「どういう事じゃ?」


アスコットが言うように、入り口の封印を解く時間を含めて1時間でダンジョンを攻略するのは不可能である。それが例え最低難易度のダンジョンであっても、半日以上は必要となるのだ。


「本来転移門と違って、ダンジョンの入り口を閉ざす事は出来ない。それを神々は無理矢理封印した。でも、今この世界に封印し直す事の出来る神はいない。」

「つまり、封印を解いてしまえば転移門が開きっ放しの状態になるって事ね?」

「えぇ、そうよ。エレナは気付いているようだけど、あのダンジョンの先は新大陸へと繋がっている。」

「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」


この時のエリド村の住人達の驚きは、過去最高の物であった。これまで、封印されたダンジョンを攻略する事で何が起こるのかは知らされていなかったのである。しかし、この説明により全員が今回の作戦の重大さに思い至る。


迷いの森にある転移門を開けば、確実にカレンが気付く。カレンを相手に新大陸へ渡る事は、実質不可能なのだ。しかしダンジョンであれば、カレンに気付かれる心配は少ない。押し寄せた冒険者達に紛れてゆっくりと進む事が出来るのだから。


「そしてあのダンジョンに、女神が入る事は無い。あの綺麗好きの女神が、何日もダンジョン生活出来ない事は調査済み。みんなは、封印を解いたらすぐにダンジョン攻略に向かえば安心よ。まぁ、ダンジョンは新大陸の魔物で溢れ返っているでしょうから、安全では無いのだけれど。」

「それなら何の問題も無いな。どうせあの大陸の奥まで進まなきゃなんねぇし。」


アスコットの言葉に、全員が無言で頷く。エリド村の住人達の悲願である、神々が残した魔道具の破壊。その為には、新大陸の中程まで進む必要があるのだ。


「これで理解して貰えたと思うが、何か質問は?・・・・・無ければ各自、武器を完璧に使いこなせるようにして欲しい。では、解散!!」




エリドの言葉に、全員が退出して行く。現在、建物内に残っているのはエリドのみである。周囲に人がいない事を確認し、エリドの表情は不敵な物へと変貌を遂げる。


「くっくっくっ・・・これで私の悲願は成就する。待っていて下さい、魔神様!もうすぐです!!もうすぐこの世界を混沌へと陥れる事が出来ます!!あはは、あはははは、はーはっはっはっ!!」




エリド達が解放しようとしているダンジョン、それは最高難易度と呼ばれているダンジョンである。神々がこのダンジョンを封印したのだが、その理由は新大陸と繋がっている為であった。


しかし、ダンジョンが新大陸と繋がっているとは言え、本来であれば封印する必要など無い。しかし、このダンジョンのある性質に気付いた神々は、迷う事無く封印を施した。


このダンジョンの性質、それは出入りが自由な点である。冒険者が出入り自由という意味では無い。魔物の出入りが自由なのだ。しかも、新大陸側にも入り口が存在している。入り口が2ヶ所あるダンジョンは、これだけである。しかし、その入り口の場所が問題なのだ。


新大陸側の入り口に封印は施されていない。これは、ダンジョンが入り込んだ魔物に対しても敵対行動を取る為である。新大陸側から入り込んだ魔物の数を減らす事を狙っての措置であったが、これが災いする形となる。


さしもの神々も、まさかこんな事態となるとは考えていなかった。既にこのダンジョンは、魔物の手によって攻略されていたのである。魔物側としても、考えあっての攻略ではなかった。それも当然だろう。知能の低い魔物達が、意図せずダンジョンを攻略していたのだから。



これによって齎される惨劇。そこまで読み切っていた者はいない。エリド村の住人達、そしてエリドでさえも、思ってもみなかった結末となるのだが、それはもう少し先の話。結果として、エリドの望み通りの展開が待ち受けているのであった。

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