第202話 閑話 嫁探訪3

ルークとカレンがティナを手伝おうと決めた同時刻。やっとの想いで炎竜を仕留めたティナは独り、たった今動かなくなった炎竜を前に佇んでいた。いつもであれば仕留めた得物はすぐにアイテムボックスに収納するのだが、この時ばかりは様相が異なる。


(やっと1匹・・・やはりルークは規格外です。こんなに苦労するなら、我儘を言ってでもルークを村に引き止めていれば・・・。いいえ、それでは皆さんがルークと出会えませんでしたね。)


心優しいティナの本心。それは決して口に出す事の無い、秘めたる想いであった。それもそのはず、単にお腹いっぱい竜肉を貪りたいという欲求。そのような欲望など、大抵の女性が口に出したりしないだろう。


そしてそれは、ルークであれば間違いなく聞き届ける願いでもあった。料理人のルークにとって、美味しい物をお腹いっぱい食べさせてやりたいというのは何よりも優先されるべきもの。だからこそ、ティナも口にする事が出来なかったのだ。




そんなティナの様子を伺っているルークとカレン。手伝うと決めてからの行動は早かった。風魔法で上空からティナの位置を捕捉し、地上のカレンの下へ戻って転移する。戦闘直後のティナを刺激しないように距離を開けた事で、声を掛け難い雰囲気を察してしまった。


そうは言っても声を掛けない訳にもいかない。カレンと顔を見合わせるものの、他人に任せるべきではないとばかりに意を決したルークが声を掛ける。


「ティナ!」

「っ!?・・・ルーク?それにカレン様も?ひょっとして、もう帰る時間ですか?」


いつも丁度良い頃合いを見計らって迎えに来るカレンの姿を目にしたティナは、もうそんな時間なのかと問い掛ける。当然カレンは首を横に振った。そうなると、訳がわからないティナはルークに視線を戻す。


「少し手が空いたからカレンと一緒に狩りでもしようかと思ったんだけど、最近竜肉を食べてない事を思い出してさ。良かったら狩りに行かないか?」

「ルーク・・・はいっ!!」


素直じゃないルークの提案に対し、ティナが眩しい程の笑顔で返事をする。そんな微笑ましい光景に自然と笑みが零れるカレン。その後の光景はちっとも微笑ましい物ではないのだが、3人が気にするはずもない。



ルークが上空から竜達の居そうな地形を探し、地上に戻って転移する。無論ハズレも多いのだが、全く見付からないという事もない。何度か移動すると、竜の群れを発見する事が出来た。見つけてしまえばカレンが瞬く間に首を刎ねる。幾度もこれを繰り返し、実に100体程の竜を討伐する事に成功したのだった。


乱獲しているように感じるかもしれないが、この地の竜は殲滅しても問題無い。と言うのもエリド村周辺に棲息する竜は好戦的で、放置すればカイル王国に被害が出る。しかも何故か下位の竜ばかりで意志の疎通がままならず、爆発的に増えるのだ。


というのも、そこは未開の地であり冒険者が来る事は無い。餌が豊富で天敵のいない竜が増えるのは当たり前の事。今まではエリド村が防壁の役割を担っていた為、竜達も不用意に近寄らなかった。


だがエリド村の住人がいなくなった現状、防壁の役割を果たす物は無い。いつ人里目指して現れるのかわからない以上、出来る限り数を減らした方が良いのだ。それにルークとカレンが幾ら頑張った所で、全て狩り尽くす事など不可能なのだから。



ティナが沢山食べると言っても、100体分の肉は膨大である。仮に毎日食べ続けたとしても、数年は余裕で保つだろう。だからこそ今のティナはルークでさえ見た事が無い程、満面の笑みを浮かべている。


それなりに時間も経っているし、何より今後は解体という作業が待っている。因みに本来数人から数十人単位で行われる解体だが、それをティナはたった1人で行う。その理由は、竜の素材が貴重だからに他ならない。否、竜の肉が大切だからと言った方が良いだろう。


人を雇った場合、確実に素材を懐に入れる者が現れる。爪や牙などの数えられる部位であれば発覚し易いが、数える事の出来ない鱗や血、そして肉は判別が難しいのである。そしてティナは素材に興味が無い。解体の報酬として渡しても良い程だ。だが肉だけは譲れない。その肉を盗まれたと知れば、その者を地の果てまで追い詰める事だろう。


だからこそ、解体を他人に任せる事は出来なかった。これに関してはルークも信用されていない。まぁルークの場合、結果的には嫁や使用人達に振る舞うのだが、調子に乗って見ず知らずの者に提供する場合がある。食材に関しては厳しいティナが、そのような行為を簡単に許容出来るはずがなかった。



「これだけ確保すれば、解体も1ヶ月以上掛かるよね?」

「そうですね。雪椿の異常な切れ味を以てしても、1日2体が限界ですから。」

「いや、その為に作った訳じゃないんだけどね・・・。」


非常に真剣な表情で答えるティナに対し、ルークは呆れたように呟いた。ルーク渾身の作品である雪椿。それがマグロの解体ショーで使われる鮪包丁と同じ扱いなのだから、ルークの心情も伺えるだろう。


そんなやり取りをする2人の様子に苦笑しつつ、狩りに飽きて来たカレンが口を開く。


「では、そろそろ帰りましょうか?」

「いやいや、まだフィーナが残ってるでしょ!?」

「あ・・・。」


充分に体を動かした事で、フィーナの事が頭から抜け落ちたのだろう。ルークに言われて思い出したのだ。


「全く・・・。ところでフィーナの居場所は知ってるんだよな?」

「いいえ、フィーナさんは徒歩で向かわれたはずです。」

「歩き?じゃあ魔の森?」

「私も詳しい場所までは・・・。」


ルークが竜を探している間に事情を聞いていたティナが、カレンに助け舟を出す。


「学園長も一緒でしたら、多分あの場所だと思います。」

「「?」」

「帝都から魔の森にそって西へ2時間程進んだ所に、どういう訳か一切魔物のいない森があるんです。」

「魔物がいない?魔の森なのに?」

「いえ、正確には魔の森とは微妙に隔たりと言うか間隔が空いていて、そのせいで魔物が侵入して来ないようなのです。」

「そのような場所があるのですか?」


ティナの説明に驚いたのはカレンも同様であった。如何にカレンと言えど、森を隅々まで熟知している訳ではない。寧ろ服が汚れるのを嫌って禄に見回っていない程。


「狩りの最中に偶然発見したのですが、私達だけの秘密の場所なんです。のんびり寛げる、非常に豊かな森なんですよ?」

「へぇ。セーフティエリアみたいなもんなのかな?・・・どうした、カレン?随分と難しい顔して。」

「何かありそうな気がするもので・・・ティナ、場所を教えて頂けますか?」

「構いませんよ?」


首を傾げながらも、手書きの地図を取り出して場所を説明するティナ。正確な地図は存在しない為、大まかな位置ではあるが何となく理解したルーク。単独で王都付近に転移し、風魔法で空から向かうとそれらしい森が見えて来る。


そのまま単独で向かったりはせず、1度カレンとティナの下へ戻って再度転移を行った。ルークに限らず、大抵の者には森の判別など難しい。だからこそ、森に詳しいティナに判断を仰いだのである。


「確かにこの森です。中心に泉があって、その周囲には常に沢山の花が咲いているんです。とても美しい景色なんですよ?」

「ふ〜ん。・・・ん?常に花が咲いてる?それって普通なの?」

「普通ではありませんね。やはり何かあるのでしょう。」

「あ、見えて来ました!」


先導するティナは不審に思っていないようだが、カレンに訪ねれば異常であるとの反応が返って来る。ルークとカレンが警戒しようとした矢先、ティナによって目的地へ到着した旨が告げられる。2人が揃って視線を向けた先には、目を奪われる程の美しい光景が広がっていた。いたのだが・・・。



「むぅ、走り回っていたら暑くなって来たのじゃ。えいっ!あっ!?蝶々さん、待つのだ〜!」



蝶を追い掛けて走り回る1人の幼女。はしゃいだせいで体温が上がったのだろう。徐に着ている服を全て脱ぎ捨て、全裸で再び駆け出した。その横には大きく口を開けて服の行方を眺めるフィーナの姿。


「・・・あぁして学園長は服を無くすんです。」

「「そうですか・・・。」」

「しかも1人にしておくと全裸のまま徒歩で帰宅するので、必ず誰かが付き添う事にしています。」

「「ご、ご苦労様です・・・。」」

「寄り道して真っ直ぐ帰らないばかりか、知らない男性に声を掛けられるとホイホイ付いて行くんですよ!?」

「「すみません・・・。」」


淡々と説明するティナだったが、日頃の鬱憤が爆発したのだろう。世界最高戦力の2人がタジタジであった。最後は自分達に非が無いにも関わらず謝る始末。このままではマズイと判断したのだろう。目を合わせる事も無く意見が一致する。


「邪魔しちゃ悪いし、そろそろ帰ろっか?」

「そうですね。喉が乾きましたし、お茶にしましょう!」

「・・・・・。」


そんな2人にティナの冷たい視線が突き刺さる。このままでは不利だと判断したのだろう。状況を好転させるべく、切り札を投入する2人。


「そ、そうだ!試作してたクッキーを出そう!!」

「わ、私もとっておきの紅茶を用意しますね!」

「試作のクッキー!?とっておきの紅茶!?帰りましょう!すぐ帰りましょう!!」

((掛かった!))


食べ物には滅法弱いティナさん。いとも容易く2人の思い通りになってしまう。少し距離が離れているとは言っても、そんな3人のやり取りが聞こえている者の姿があった。勿論フィーナである。耳の長いエルフ族の彼女にとって、その程度の距離は問題にならない。長い耳は伊達ではないのだ。



(あいつら、人が子守で苦労してるってのに・・・こうなったら道連れよ!)


自分達だけが美味しい物を楽しもうという魂胆に怒り心頭のフィーナは、3人を巻き込むべく声を掛けてやろうと決める。大声を出すべく息を吸い込んだ瞬間、予想外の出来事に見舞われる。


「あ、お魚さんなのだ!」


ーードボーン!


「へ?ちょ、何でこのタイミングで飛び込むのよ!?・・・あ!逃げられたぁぁぁ!!」



フィーナが学園長に気を取られている隙に、ルークは転移を強行した。実はこの時、位置的にルークだけがフィーナと目が合っていたのである。フィーナが息を吸い込む姿を目にした瞬間、即座に転移の準備に取り掛かっていた。


目が合っている以上、フィーナが声を出してしまえばルークの完敗。何故逃げたと3人まとめて叱られるのは確実である。さらにはお前がモタモタしていたせいだと、ティナとカレンに叱られるオマケ付き。


一方、声を出される前に転移すればティナとカレンに叱られる事は無い。結局フィーナには叱られるだろうが、被害は最小限に抑えられる。何より、真っ裸幼女の相手をせずに済むのだ。



ルークとフィーナの目に見えないギリギリの攻防。この勝負を制したのは、運を味方に付けたルークであった。しかしその晩、怒り狂う嫁に詰め寄られて説教される皇帝の姿があったのは言うまでもない。




何故彼女が怒り狂ったのかと言うと、夕食を終えてまったりしていた一時の事・・・


「今日はとても楽しかったのじゃ!フィーナよ、また一緒に行こうな!!」

「ぷっ・・・ぶふぅぅぅ!あはははは〜!!・・・はっ!やべっ!!」


ーーガタン!


「こらルーク!待ちなさい!!」

「ひぃぃぃ!た、助けて〜!!」

「「・・・・・。」」

「「「「「?」」」」」

「カレンさん、ティナさん?何かご存知なのですか?」

「「さ、さぁ?」」


満足気な学園長の言葉に、堪えきれず吹き出したルーク。そのせいでフィーナの我慢が限界突破したのであった。ドタバタと逃げるルークに、いつの間にか剣を手にして追い回すフィーナ。嫁達が揃って首を傾げる中、俯いて無言を貫くティナとカレンにスフィアが問い掛けた。


だが、知らぬ存ぜぬを突き通すつもりの嫁2人の裏切りに文句も言えず、結局御用となったのである。こうして今日も、嫁に叱られる皇帝の噂話が城中に広まるのであった。

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