第143話 閑話 竜王との邂逅2

ナディアが大声を上げて硬直した瞬間、同時に叫んだ者達がいた。


「「美味しそうです(なのじゃ)!!」」


当然、その声はナディアの耳にも届く。その瞬間、自身の迂闊さを思い知る。魔物だけでなく竜までもが跋扈する危険地帯。その只中にあって、一瞬とは言え警戒を解いたのだ。場合によっては命を失っていたかもしれない。


声の主を探しながらも、ナディアは自責の念に囚われる。だが、1つ言っておくとその心配は無い。どのような魔物であっても、ルークお手製弁当に意識を奪われたはずだからである。出来たてのままアイテムボックスに入れられたそれは、熱々のままであった。香ばしい匂いを漂わせる特上弁当の存在感たるや、あらゆる生命を虜にする事間違い無しである。


警戒を最大限に引き上げながら、ナディアは弁当を収納する。真っ先に弁当を仕舞ったからといって、周囲に集中していない訳では無い。むしろ行動の際、弁当に気を取られる事の方が問題だったのだから、冷静な判断と言うべきだろう。それ程の存在感を放っていたのだ。・・・弁当なのに。


「「あぁぁぁぁぁ!!」」


そして声の主達は当然のように、弁当が消えた事に嘆きの声を上げる。しかし、今のナディアには余裕が無い。まさか弁当が消えた事に対する声だとは思わなかった。


「上!?誰!?」


流石に2度も声が聞こえれば、相手の位置もわかる。同時に驚きと焦りがナディアを襲う。この場所で休むと決めてから弁当を取り出すまでの間、ナディアは警戒し続けていた。にも関わらず、接近に気付かなかったのだ。弁当を広げた瞬間、自身と同時に叫んだ事を考えれば、警戒していながら接近を許した事となる。よりにもよって、自分の頭上に。


弁当を広げている間に移動して来たとは考え難い事から、ナディアは瞬時に理解する。声の主達は、遥か格上の存在であると。こうなってしまえば、取るべき選択肢は決まっている。逃げの一手だ。五体満足な状態で、全力疾走をしながらカレンとルークに救援を求める。その間、攻撃を受けるかもしれないが、どちらかが到着するまでの時間ならば稼ぐ事が出来るかもしれない。


今のナディアは、貪欲なまでに生への執着心を持つ。生きていなければ、姉を救う事など出来ないのだから当然だろう。そして、傷を負ってからでは手遅れになる可能性が高いのだから、まさに正しい判断であった。


「どうして仕舞うのですか!?」

「何で仕舞うのじゃ!?」


相手が何を言っているのか、ナディアには理解出来なかった。唯一理解出来たのは、完全に逃げ場を失ったという事だけだ。自身が立つ枝の先端側に1人、根本側にもう1人が降り立った事で、完全に退路を失ってしまったのだ。


横が空いてるじゃないか、と思うかもしれない。しかし、気配を読めない2人に挟まれた時点で勝負は決まったのだ。どちらかと相対しても、その隙にもう一方が攻める事だろう。その場合、ナディアは攻撃を察知出来ないのだから背後からの一撃で終了である。



万事休すという状況に立たされ身動きを取れずにいると、枝の先端側に立った緑色の髪をした幼女が口を開く。


「お主、今仕舞った物を見せるのじゃ!!」

「・・・は?」


ナディアは未だ、相手の言葉が理解出来ない。少しして、ひょっとしたら盗賊の類なのかという結論を導き出す。


「ですから、先程の食料を見せて下さい!!」

「・・・え?」


今度はクレアよりも薄い青、水色の髪をした女性が背後から語りかける。時間が経った事で、今度は少しだけ理解が追い付いた。どうやら物乞いらしい、と。しかし『見せろ』とはこれ如何に。


どうすべきか判断を迷っていると、2人が少しずつ距離を詰め始める。最早一刻の猶予も無い事を悟ると、ナディアは交渉すべきという結論に至る。


「待って!今出すから止まって頂戴!!」

「わかったのじゃ。」

「わかりました。」


2人が止まったのを確認し、ナディアはアイテムボックスから弁当を取り出す。次の瞬間、2人の姿はナディアのすぐ横にあった。


「っ!?」

「凄いのじゃ!綺麗なのじゃ!!」

「とっても美味しそうです!」


心臓が口から飛び出しそうなナディアを他所に、2人の女性は食い入るように弁当を見つめている。キラキラと瞳を輝かせながら。


「・・・食べたいの?」

「良いのか!?」

「良いのですか!?」


ナディアが尋ねると、2人はバッといった効果音に相応しい目にも止まらぬ動きでナディアへと顔を向ける。その様子に呆れ半分、諦め半分といった表情でナディアが答える。


「私を傷付けないと約束してくれるのなら、2人の分も出してあげるわよ。まだまだ余裕もあるし。」

「本当か!?わ〜い、やった〜!!」

「ありがとうございます!!」


交渉と言って良いのか不明だが何とか話はついた為、ナディアはアイテムボックスに意識を向ける。そして気付く。ルークの思いやりというか、読みの鋭さに。何とアイテムボックス内では、ナディアの弁当の他に『お客様用弁当』という項目があったのだ。何処かで他者と接触する事を見越しての気遣いである。


ナディアはほんの少しだけ笑みを浮かべ、弁当を2つ出しながら2人の女性に問い掛ける。ちなみに弁当と言っているが、厳密には弁当では無い。ディッシュプレートの上に、様々な料理を乗せた物となっている。それと、この世界では珍しい柔らかいパンの数々。


「私のとは少し違うみたいだけど、これでもいいかしら?」

「うっはぁぁぁ!こっちも素晴らしいのじゃ!!」

「う、美しい・・・。」


色々と聞きたいナディアであったが、2人の意識は完全に料理へと向けられている。その為、まずは食べてからにしようと決めたのであった。


その後、ゆっくりと味わいながらも賑やかな食事を終え、締めのデザートにありつく。


「今回は・・・チーズケーキにしましょうか。」

「「ほわぁぁぁぁぁ!!」」


ナディアにとって何よりも大切なスイーツに関しては、特にお客様用という括りにはなっていなかった。色んな種類のデザートが、複数個ずつ収納されている。これは別に、特別な意味など無い。単にナディアがおかわりする事を見越してのものである。


「なんじゃコレは!?うま〜!!ちょ、うま〜!!」

「あぁ!何て幸せなんでしょう!!」


鬱蒼と木々が生い茂る森の大樹の枝、そこに座る3人の美女が幸せそうな顔で食事を摂る。何ともミスマッチな光景だが、何時までも続くはずはない。微笑ましい光景が終わりを告げると、やっと対話の時間である。


「さて。食事も済んだ事だし、そろそろ聞かせて貰える?ちなみに、私はナディア。古代竜に聞きたい事があってここに来たの。貴女達は・・・竜人族?」

「いいや、違うぞ?ほれ、角は無いじゃろ?」


そう言って、緑色の髪をした幼女が人差し指を指しながら頭を見せる。竜人族であれば、その頭には2本の角が生えている。しかしこの幼女が言うように、その頭に角は見られない。


「こら、エア!ちゃんと自己紹介しなさい!!失礼しました。私はアクアと申します。」

「むぅ。妾の名はエア。妾達は竜人族ではなくて、竜族じゃの。」

「竜族?人の姿じゃない・・・」

「うむ。ある程度の力を持った竜は、人の姿になる事が可能なのじゃ。」


衝撃的事実をあっさりと告げられた事で、ナディアは放心状態となる。が、アクアと名乗った女性の問い掛けに我を取り戻す。


「ところでナディアさんは、一体何を知りたくてこのような場所に?」

「え?あぁ・・・実は・・・・・」



竜が人の姿になる。とても信じられない内容だったが、少なくとも自分よりも格上の存在なのは確かである。騙されている可能性もあるが、今は敵対すべきではないとの判断により、ナディアはここに至った経緯を説明する事にした。



「クリスタルドラゴンのぉ・・・わからん!すまぬ!!」

「土属性のようですから、地竜王ならば何か知っているかもしれませんね。」

「そう・・・出来れば竜王には会いたくないのよね。」

「「何故じゃ(どうしてですか)!?」」

「ど、どうしてって、私なんかが竜王と会って無事でいられる保証も無いでしょ?」


エアとアクアが驚いた、というよりショックを受けたような表情をしているわね。私、何か間違った事を言ったかしら?


「そんなイメージじゃったのか・・・」

「知りませんでした・・・」


2人は両手と両膝を枝に突きながら項垂れる。地面じゃないのに。とりあえず話を進めましょうか。


「どうかしたの?」

「どどど、どうもしないのじゃ!(い、言えない。妾が風竜王じゃなどと・・・)」

「な、何でもありません!(私が水竜王だという事は、暫く秘密にしておきましょう・・・)」

「?(変な人達・・・竜達ね)」


エアとアクアがブンブンと首を横に振る。この時、エアとアクアが正体を明かさなかったのには訳がある。自分達が竜王である事を知られてしまった場合、ナディアがこの地を離れることは明白だったのだ。会いたくないと言った竜王が目の前にいる。それを知られた場合、恐らくは警戒心を露わにする。共に行動する事は叶わないはずだ。


それは絶対に避けなければならなかった。主に弁当の為。竜の食事と言えば、魔物や獣の肉がメインである。調理などはしない。生のままガブリ、である。長く生きていながら、不満に思った事は1度も無かった。しかし、ほんの少し前に見てしまった。味わってしまったのだ。調理された食事、それも超一流の料理を。味のみならず、見た目にもこだわった数々の品をである。


その衝撃たるや、言葉で言い表す事など出来る物ではない。敢えて例えるならば、ご飯に醤油を掛けただけの食事を数年続けた苦学生が、高級焼肉店に無料で招待される以上の衝撃だった事だろう。



この時点で、食欲という欲望に忠実な2体の竜王は、ナディアを庇護下に置く事を決める。少なくともこの地にいる間は、あらゆる危険からナディアを護ると決めたのだった。本人の同意もなく。そうと決まれば、あとは上手くナディアを言いくるめるだけである。


「ところでナディアよ。お主だけで古竜を探すというのは危険ではないか?」

「それは覚悟の上よ。それに、少しでも無理だと判断した場合、すぐにでも引き返すつもりだから。まぁ、大丈夫でしょ?」

「「!?」」


「(マズイのじゃ!ナディアだけでは、ゴロツキ共の巣窟を抜ける事は出来ん!!)」

「(2日で引き返す事になりますね。少しでも長く一緒に居る為には・・・これしかありませんか)」


あっさり諦めて引き返すと言ってくれちゃったナディアに対し、竜王達は目に見えて焦りだす。本来であれば胃袋を掴んだのはルークなのだが、この場にいない以上優先順位のトップに君臨するのはナディアである。というか、ナディアしかいない。


「それならば、妾が案内してやろう!」

「私はナディアを危険から護ります!!」

「それは有り難いんだけど・・・国に帰らないとお礼は出来ないわよ?」

「「でしたら(ならば)食事で!!」」


何か罠でも、と考えていたナディアだったが、2人の要求によって腑に落ちた。食い気味に食事を要求して来た事で、2人の狙いに気付いたのである。ルークの料理が、この2人の胃袋を掴まえたのだと理解する。


善意からの申し出であれば警戒しただろう。信用するには時間が足りない。それならば、報酬を求める相手の方が幾分マシだ。少なくとも食事を提供している間は、裏切られる可能性は低い。演技しているように見えないというのも大きい。


「あぁ・・・なるほどね。そういう事なら、2人とも宜しくね?」

「はい!」

「任せるのじゃ!」



これで騙されるようならば、誰を相手にしても騙されるだろうと思いながら、ナディアは2人に道中の案内と護衛を頼むのであった。

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