第142話 閑話 竜王との邂逅1

〜ナディア編〜


私は今、ドラゴニア武国の最奥にいる。ここには、太古の時代より生きる竜達の住処があるらしい。冒険者時代、そしてギルドマスター時代に聞いた噂程度の知識だから、その情報の信憑性については不確かだった。でも・・・。


「みんなには悪いけど、私は姉さんを助ける手掛かりを探すわ。具体的には、ドラゴニア武国の奥に住まうという古代竜に話を聞きに行こうと思ってる。まぁ、本当にいるのかもハッキリしないけどね。」

「彼等なら、ちゃんと存在していますよ?」

「えっ!?カレン、何か知ってるの!?」


何の根拠も無いはずの噂話が、カレンの言葉で真実となった。これは何としてでも、カレンが知ってる事を聞き出すべきね。と思っていたけど、カレンが自分から説明し始める。


「神魔大戦と呼ばれるあの戦の際、私達が力を借りましたから。竜族の事でしたら、彼等に聞くのが確実でしょうね。ですが、私も彼等の住処までは知りません。近くまで・・・と言ってもドラゴニア武国のはずれまでですが、私がナディアを送りましょう。」

「ありがとう、カレン。でも、出来ればもっと詳しく教えて欲しいのよ。古代竜の事や、会うために必要な情報なんかも全部。」

「そうですか・・・ですがそれは、ナディアを送り届ける際にしておきましょうか。」




こうして私は翌日、カレンによってドラゴニア武国のはずれにある山脈の入り口へと送り届けて貰った。早く目的を果たしに向かいたい所だけど、まだカレンから何も聞かされていない。


「ナディアの望む情報ですが、私から話せる事は多くありません。」

「どういう事?」

「皆さんの前で説明しなかったのは、私も詳しくは知らないからです。」


カレンの言葉に、私の眉間に皺が寄ったのがわかった。でも、今は黙って耳を傾ける事しか出来ない。


「竜族に協力を要請したのは、私ではありません。私とは別行動をしていた他の神々です。ですから、私に直接の面識は無いのです。ただわかっているのは、竜族には竜王と呼ばれる存在がいます。各属性を司り、その頂点に君臨する存在です。地火風水それぞれの竜王、そして光と闇。」

「6体の竜王・・・」

「いえ、正確には8体です。」


正確には?2体ずつ竜王のいる属性があるって事ね。


「聖竜王と邪竜王については神魔大戦に干渉しないとの結論に達した為、と聞いております。」


ちょっと!違ったじゃないの!!って言うか、後出しは卑怯じゃないかしら?それより不干渉ってどういう事?私が複雑な表情をしていると、カレンがクスリと笑ってから説明を続ける。


「属性と言いますか、その性質の問題でしょうか。文字通り『聖』は神、『邪』は魔神側に属しています。片方が与するとなれば、もう片方も必然的に与する事となってしまうのは理解出来ますよね?ですが、それでは無駄に被害が増えるだけですからね。それならば・・・という事みたいですよ?」

「その2属性については理解したわ。でも、それだと他の6属性は良かったって事?」

「えぇ。その他の属性に関しては、特にどちら側といった事もありませんからね。前回は我々に協力する理由があったというだけの事です。単純に利害関係の一致でしたから・・・次はわかりません。ですから、竜王との接触は避けた方が良いかもしれませんね。」


ちょっと物騒な話だもの、みんなの前では言えなかったわけね。でも、お陰で何となく理解出来た。今回私がしようとしているのは、本当に危険な賭けみたいなものだって事が。何がキッカケで敵に回るかわからない、いえ・・・そもそも相手にして貰える保証も無い。


「感謝するわ。充分に危険なんだと理解出来たもの。とりあえず私は、6竜王の機嫌を伺いながら少しでも多く古代竜から情報を手に入れるつもりよ。」

「あ、いえ・・・そこは少し違います。と、思います。」


ん?カレンにしては随分と曖昧というか、歯に何かが引っ掛かったような物言いね。


「何が言いたいのよ?」

「この先に竜王の住処があるのは間違い無いのですが、全ての竜王が住む訳ではありません。・・・と聞いています。」


あぁ、まどろっこしい!本当にカレンは面識が無いのね。まぁ、興味の無い事には無関心のカレンがここまで知ってただけでも僥倖かしら。


「そうなの?」

「はい。聖竜王と邪竜王は確実に他の場所にいます。ですからこの先に住まうは、1体なのか6体なのか全くの不明という事になりますね。すみません、私も同行出来れば良かったのですが・・・。」


確かにカレンが一緒に来てくれるなら安心だけど、これは私の我儘。そこまで甘える訳にはいかないわよ。


「カレンは気にしなくていいから。送って貰って重要な情報もくれたし、これ以上カレンに頼るのもね。」

「そう言って頂けると助かります。セラとシェリーの案件が片付き次第、ナディアに合流させますから。それまで頑張って下さいね?それではご武運を。」



そう告げると、カレンは姿を消した。セラとシェリーが合流って、2人をこき使い過ぎじゃないかしら?面談に来た者の中に、ルークの嫁候補が1人いるって聞いてるけど微妙な感じだったのよね。あの感じだと、2人が合流する前にこっちのケリが付くと思うのは私だけかしら?



「さてと、それじゃあ気合入れて行きますか!」


私は思考を打ち切り、眼前に広がる山々へと向き直る。準備は万端、食料も充分。ティナの10日分だと言って、料理の得意なルークが用意してくれた。アイテムボックスになってるペンダントと一緒に手渡された食事。ティナの10日分・・・つまりは私の3ヶ月分。でも、私の予定では片道1週間。それ以上の時間は掛けられない。


これが複数人での行動であれば、1ヶ月程度は問題無い。でも、今回の私は単独行動。つまり、野営の際も休む余裕が無い。ルークとは違って、どんな体勢でも熟睡出来るような図太い神経じゃないもの。

見張りの交代要員もいない状況じゃ、熟睡する事も出来ないけど。


さらに4日目を完全な休養に充てる事で、万全な状態を確保する予定。でも、私の手に余る状況に陥るのならその限りじゃない。命を賭けるべきは今じゃないもの。今回無理だと判断したら、その時は旦那様を頼るわ。



少し弱気になったけど、気を取り直して私は山々へと足を踏み入れる。まずは、鬱蒼と木々が生い茂る一帯を抜ける必要があるらしい。地面を行くか、木々を足場に上を行くか・・・後者ね。棲息する魔物の情報が無い以上、遭遇する可能性は低い方がいい。



結論を言うと、私の心配は杞憂に終わったわ。この森に住む魔物程度であれば、然程苦労する事も無さそうだった。不要な戦闘は避けてるけど、時々倒すようにしてる。魔物の血の匂いを残す事で、私の匂いを誤魔化す為に。まぁ、ティナへの土産という意味合いもあるんだけど。


警戒しながらの移動という事もあって、森を抜けるのに半日程の時間が掛かった。いえ、ひょっとしたらもっと早い段階で抜けていたのかもしれない。すぐに気付かない程、緩やかに登っていたから。木々が途切れる事無く続いていたせいで、気付くのが遅れたわ。木から木へ飛び移るという移動手段が招いた結果だけど、それは問題じゃないの。


山との境界がわかった所で、何の意味も無いのだし。ただ・・・どうして気付いたのかが問題ね。ある地点から、ハッキリと空気が変わったのよ。おそらく、そこからが竜の領域。


「ティナって、大人しそうな顔の割に凄いわよね。いつも1人で、こんな緊張感漂う場所で狩りをしてるんでしょ?」


ナディアは自身の肌を刺すような独特の気配を感じ、そのような独り言を呟いた。しかし、これは少しだけ捕捉する必要がある。ナディアが言っているのはエリド村周辺地域の事。ナディアが現在居る場所よりも、圧倒的に魔物が強い秘境である。まぁこのまま進めばナディアも、そんな秘境へと足を踏み入れる事となるのだが。


帝国へ移り住んでからのティナは、比較的安全な場所で狩りを行っている。それでも一般人には、充分過ぎるほど危険な場所だろう。


話を戻すと、ナディアは緊張感の増した境界付近で、比較的大きな木の枝を探す。ゆっくりと体を休められる枝を見付けると、その場で休憩を取る事にした。つまりは食事である。


ちなみに本来であれば、そんな緊張感漂う領域で休憩する者は少ない。精神的に休む事が出来ない為だ。しかし、ナディアはそうしなかった。理由は単純、独特の雰囲気に慣れる為である。ここはほんの入り口、弱者の領域なのだ。ここで音を上げるようでは、竜王に近付く事さえ出来ない。そう考えた故の行動であった。しかしそれは、食事を取り出す前までの話。食事を取り出したナディアの意識は、全力で食事へと向かったのである。



「うわぁ・・・ってちょっと、何よコレ!?御馳走じゃないの!!」


数多の魔物が蠢く場所だったのだが、料理を目にしたナディアは普段の調子でツッコミを入れる。当然騒いではいけないのだが、今のナディアにそんな余裕は無い。



それもそのはず。ルークお手製の食事は、ナディアの好物ばかりを詰めた特製弁当だったのだ。世間とは若干・・・大分ズレているルークの常識が炸裂した瞬間でもある。普通、冒険者の携帯する食料と言えば、お馴染みの干し肉。あとは、日持ちする硬くて黒いパンだろう。少なくとも、ナディアの常識はそうだった。


疑問に思うかもしれないが、前回ナディアがルークから料理を渡されたのは、ティナと2人でシリウス学園を目指した時のみである。それ以外は、ルークが同行している。その場合、簡単ではあってもルークが料理を行っていた。1度渡されたにも関わらず、ナディアが驚いたのは理由がある。


1つは料理を用意する時間。前回は出発までの時間も無く、さらにはティナの分も用意しなければならなかった。一度に大量の食材を使えるような料理がメインだったのだ。今回も似たようなものだったが前回と違ったのは、王城には多くの料理人がいるという事である。


ルークの指示に従い、全員がナディアの弁当を作った。ティナの10日分はナディアの10倍。つまり100日分、300食である。食材に設備、そして充分な人員が揃った王城ならば、300食の弁当を用意するのは容易い。


ティナの300食は、厳しいと言わざるを得ない。しかしそこは、ルークが毎日のように作り溜めしていた。何時の日にか、ティナが単独行動する可能性を考慮しての事だが、それを知る者はいない。



話を戻そう。もう1つの理由は、ナディアの好みを理解したからである。前回は知り合って間もないという事で、ティナを主体として考えられていた。しかし今回は、ナディアの為だけにナディアの好物のみを詰め合わせている。それなのにバランスまで考えられているのは、流石ルークと言った所か。


そして最後の理由、これが決定的だった。何と、食後のデザートまで用意されていたのである。ナディアが何よりも大好きな、所謂スイーツである。これが目に入った事で、ナディアの理性は完全に吹き飛んだ。


「わぁ!?スイーツだぁぁぁぁぁ!!」



まさか辺境へと向かう道中で、何よりも好きなスイーツを食べられるとは思っていなかったのだから、彼女の興奮は計り知れない。事実、危険な場所だと言うのに我を忘れ、大声を上げながら硬直してしまうナディアであった。

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