第144話 閑話 竜王との邂逅3

ーーーナディアが竜達の領域に入る少し前ーーー



洞窟内部の広い空間に緑色の髪の幼女、水色の髪の女性、そして茶色い髪をした初老の男性が座っていた。


「何者かが我々の領域に足を踏み入れようとしておりますね。」

「この感じは人間じゃな!?久しぶりのお客さんなのじゃ!!」

「やれやれ、人間は厄介事ばかりしか持ち込まんからな。」


1人はどちらかわからないが、1人は歓迎、残る1人は否定的な反応であった。当然、その後の対応も別れる事となる。


「早速見に行ってみるのじゃ!」

「そうですね。目的を探っておく必要があるでしょう。」

「オレは行かないからな!簡単に他者を裏切るような奴等に関わるのはご免だ!!」

「そうか、ならばアースはここで待っておれ。」

「そうですね。私とエアで確認して参ります。」

「ふんっ!勝手にしろ!!」


そう言うとアースと呼ばれた初老の男性は、2人に背を向けて地面に横になる。その様子を見つめていた2人の女性は目を合わせると、互いに呆れた表情を浮かべる。しかしすぐに出口へ向けて走り出す。あっという間に外へ出ると、そのままの勢いで気配のした方へと疾走する。その速度たるや、全力のカレンに匹敵するものであった。


その後、ナディアと接触して今に至る。




そのナディアであるが、エア、アクアの2人が同行してからは地面を走っていた。木から木へ飛び移る移動方法は、お互いの距離が開いてしまうという理由で却下された為だ。密着して・・・2人3脚ならぬ、3人4脚でそんな器用な真似が出来るはずも無いので当然である。


それ以外にも嬉しい誤算があった。2人が同行してからというもの、明らかに魔物と遭遇する頻度が低下したのだ。ごく稀に襲い掛かって来る魔物と言えば、昆虫や植物の類のみである。獣の類は、全くと言って良い程見掛けなくなった。周囲を警戒する必要が無くなった今、考えるのは同行者の素性である。


(この2人の気配、竜の存在感とでも言うべきかしらね?それも、迷いの森で出会ったドラゴンなんかとは比べ物にならない程強大な・・・。)


ここまで分析してしまえば、あとは何となく思い当たる。さらには『竜王とは会いたくない』と言った時のあの反応。この2人、竜王本人かそれに限りなく近しい者なのではないか、と。どの道逃げられる状況では無いのだから、覚悟を決めて飛び込むしか無い。


ナディアがそんな事を考えている頃、エアとアクアもまた念話によって会話を行っていた。この念話とは、声を発する事無く会話を行えるテレパシーのようなもの。現状、その存在を知る者は少ない。


『アクアよ。この娘、何故か懐かしい感じがするのじゃが?』

『えぇ、私もずっと考えていました。珍しい白狐とは言え、結局獣人のはずなのですが、どうにも違う気配を感じてしまって・・・。』

『お主もか。しかし妾達が出会った人間など、数える程しかおらんのじゃぞ?』

『そうなんですよねぇ。他に出会った種族と言ったら人魚に有翼人、それから神に・・・。』


「「あっ!!」」


走りながら、エアとアクアが大声を上げた。突然の事に、ナディアは驚きのあまり転んでしまう。木の根という障害物を躱す為、軽く飛び上がって着地する瞬間だった事が災いした形であった。しかしココは危険な場所。お尻をさすりながら、慌てて立ち上がる。


「いったぁ・・・ちょっと!ビックリするじゃないの!?」

「ビックリしたのはこっちじゃ!」

「貴女、ひょっとして神の関係者ですか!?」


ナディアが文句を言うが、エアとアクアに詰め寄られた事で怒りは何処かに吹き飛んでしまう。代わりに生まれた感情は焦り。


「な、ななな、何を言っていりゅのかしら?」

「それ程多くはないのじゃが、お主からは神々と同じ気配がする。」

「魔力かとも思ったのですが、基本的に獣人は魔力が少ないですからね。それに、魔力と違うのは明らかです。」

「・・・。」


ナディアは敢えて答えず、2人の出方を伺う。


「獣人の神なんぞおらんからの。大方、神に見初められた亜神と言った所じゃな?」

「しかし、この世界に残ったのは戦女神だけのはず・・・貴女、ひょっとして!?」

「そんな訳ないでしょ!私の夫は女好きの男性よ!!」


アクアの妄想に耐え切れず、ナディアは思わず既婚である事を口にする。ルークに関する情報をバラした訳では無かったのだが、エアとアクアにとっては充分な情報であった。この場にルークが居れば、勢いで否定した事だろう。違わないけど、何か違うと。物には言い方というものがあるのだ。


「ほぉ?お主が体を許すような男神がおるのか・・・女好き?」

「これは・・・詳しく聞く必要がありますね。」

「へ?」


エアとアクアは不敵な笑みを浮かべ、それぞれがナディアの腕を取る。


「うむ。今日はもう休むとしよう!そうしよう!!」

「近くに丁度良い洞窟がありますね!あそこにしましょう!!」

「え、え?ちょ、ちょっと!いやぁぁぁぁぁ!!」


ろくに抵抗も出来ないまま、ナディアは数キロ先にあった洞窟へと連行されるのであった。後ろ向きで。嫁会議で標的にされた際の記憶が蘇ったのは言うまでもない。



そしてこの場にルークがいれば、色々とツッコんだ事だろう。


数キロ先は近くないし、そもそも視認出来ない。標高が低いとは言え、幾つもの山を越えているのだ。さらには、2人はナディアを抱えながら一糸乱れぬ動きで並走する。それも猛スピードで。いや、ほとんど飛行しているような状態だ。これならば3人4脚の方が安心安全である、と。



後ろ向きに超高速で、何の前触れも無く上下左右に振り回される臨死体験を経て、ナディアの姿は洞窟内部にあった。たった1人、放心状態でブツブツと何かを呟いている。肝心のエアとアクアはと言えば、洞窟の主に話をつけに向かっていた。当然意味合いは全く異なる。主に物理的な意味の方。


巨大生物のものと思われる大音量の悲鳴が聞こえてから数十秒。ゆっくりと歩いて来る、にこやかな顔をした2人の姿があった。聞きたくないナディアであったが、やはり聞かずにはいられなかった。


「さっきの悲鳴は何なの!?」

「ん?大した事ではないぞ。一晩ここを貸すように頼んだだけじゃ。」


仁王立ちしながら爽やかな笑みを浮かべるエアの言葉に、ナディアは納得がいかず聞き返す。


「頼んだ?」

「えぇ。頼んだのですよ。どうかしましたか?」

「・・・何でもないわ。」


同じく爽やかな笑みを浮かべ、こちらは美しい佇まいのアクア。これはアレだ。追求してはならない類の話である。そう結論付けたナディアは、諦めてその場に腰を下ろす。そこから外を見れば、もうすぐ夕方といった時間であった。


まだ余裕はあるのだが、話に夢中になれば日が暮れる。そうなってから野営の準備というのも億劫になるはずだ。その為ナディアは立ち上がり、真っ先にアイテムボックスからテントとランプ、そして人数分の椅子を取り出した。


少し訂正しよう。億劫になる程、大掛かりな準備は必要無かった。仕舞ってある物を出しただけである。野営とは一体何なのか。


余談だが、この世界に1人用のテントというものは売られていない。ほとんどの場合、複数人で野営を行う為である。危険な屋外において単独で野営を行うのは、余程腕に自信のある冒険者か馬鹿だけである。つまり、需要が無いのだ。特注ならば可能だが、大した利益にならない物である以上、手間と時間を掛けてくれる職人は少ない。大きい方が儲かるのだ。


「見張りはどうするの?」

「いらんいらん。ここは荒くれ者のねぐらじゃからの。入って来る者などおらん。」

「そう・・・じゃあ座って。」


一瞬疑いかけたが、心配するだけ無駄だと悟り諦める。そうなれば特にする事も無い為、2人に椅子を勧める。2人が椅子に腰掛けたのを見届けると、ナディアも椅子に座って尋ねる。


「それで、何が聞きたいの?」

「お主の夫についてじゃな。年は幾つじゃ?」

「・・・15歳よ。」

「「15歳!?」」


どうしても喋りたくないナディアだったが、黙っていても解決しない。下手をすれば、あらぬ方向へと質問が変化する可能性がある。だが正直に答えた事で、やはりあらぬ方向へと話が向かう事となる。エアのジト目に耐え切れず、ナディアが問い掛ける。


「・・・何よ?」

「そんな子供を毒牙にかけたと言うのか・・・。」

「違うわよ!合意の上、って何言わせんのよ!!15歳は成人!!」

「「そうなのか(ですか)!?」」


まだ打ち解けたとは言えない相手の言葉に、動揺して思いがけない言葉を口にしてしまう。しかし慌てて否定しつつ、夫は成人しているという事実を伝えた。その言葉に、エアとアクアは驚愕している。


「15年で成人じゃと?・・・チンチクリンのガキではないか!」

「お前が言うな!」

「なんじゃとぉ!?妾はそ「落ち着きなさい!」・・・取り乱したのじゃ。」


売り言葉に買い言葉。口論になろうかといった状況をアクアが止める。普段のアクアを良く知るエアだからこそ、一喝された程度で落ち着きを取り戻した。誰しも、逆らってはならない相手がいるのである。


「私も悪かったわ。」

「いや。知らぬ事とは言え、妾が言い過ぎたのじゃ。」

「エアが失礼しました。申し訳ありませんが、続きをお聞かせ願えますか?」


怒らせるべき相手ではない事を思い出し、ナディアが謝罪の言葉を口にする。しかし、予想外にもエアとアクアまでもが謝罪したのだ。これにはナディアも驚きを隠せない。主に料理が食べられなくなると困るという理由だったのだが、こんな時まで料理の事を考えているとは想像出来ないナディアであった。


「少し早いけど、続きは夕食を食べながらにしましょ?」


しかし図らずもナディアは、2人を手懐けるような行動を起こす。アイテムボックスから食事を取り出し、人数分の料理を並べたのだ。これには全員が釘付けとなる。・・・ナディアも含めて。


「「「肉だぁ!!」」」



夜はティナも一緒に食事をするという習慣から、ルークはステーキを始めとした様々な肉料理を用意する事が多い。と言うよりルークの嫁は、肉が好物であった。



この夜、会話どころではなかった事だけ付け加えておく。

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