第145話 閑話 竜王との邂逅4

昨夜は豪華な肉料理に舌鼓をうったナディア一行。多くの大人達にとって、肉と言えば酒である。ルークが嗜まない事もあって、ナディアの飲酒回数は激減していた。しかし、独身時代が長かった事もあり、毎晩のように嗜んでいたのはルークも知っている。


この場合の『嗜む』という表現が、ルークにとっての『浴びる』だった事を正確に知るのはティナ唯一人である。行き遅・・・婚期を逃・・・どう表現するのも憚られる状態のナディアが行き着く先は、自宅で1人酔っ払う事だったのは言うまでもない。


若かりし頃、毎晩のように冒険者仲間と共に酒場へと繰り出していた。しかしナディアは酒に強かった。いや、強過ぎたのだ。ナディアを酔わせ、お持ち帰りしようと考えた猛者は数知れず。しかし、どんな酒豪もナディアに太刀打ち出来なかったのだ。酒場に溢れた冒険者達を、まとめて返り討ちにしてしまったのである。


ナディアという美しい壺の底には、見た目にはわからない穴が開いていたのだ。口と変わらぬ大きさの大穴が。どれ程飲ませても潰れる事は無く、逆に酒を勧めた下心満載の男共が潰れて行く。連日のように続くその光景に、ナディアはいつしか二つ名を手に入れる。『壊し屋』という恐ろしい異名を。


ちなみにこの二つ名が作り上げた記録は、現在でも破られていない。今後も破られる事は無いだろう。Eランク冒険者が二つ名を持つという、前代未聞の記録は。




何故今頃ナディアの過去を掘り下げたのかと言うと、昨夜の出来事に原因がある。実はナディア、ルークが帰って来ない日の晩は隠れて酒を楽しんでいた。当然、王妃が夜な夜な街へ繰り出す訳にもいかない。その為、ナディアはアイテムボックスに酒を詰め込んでいたのだ。


その酒を、あろう事かエアとアクアの前で取り出したのである。ほぼ例外無く酒好きの竜種にとって、それは只の誘惑であった。当然、エアとアクアも飛び付いた。ルークの料理に胃袋を鷲掴みにされていた所へ、正にトドメの一撃。最終的には、ナディアにも胃袋を掴まれる事となった。


深夜まで飲めや歌えやの美女達。竜とは言え、限界が存在した2人が潰れてしまったのは言うまでもない。幸せそうな顔で眠る2人の姿に、ナディアも休む事を決めた。しかし、姿は変わっても竜である。ナディアはその片鱗を伺い知る事となった。


「「ぐおぉぉぉぉ・・・スー・・・がおぉぉぉぉ・・・スー・・・」」

「・・・イビキがうるさくて寝られないじゃないのよ!!」


酔っぱらいが大イビキをかく。これは良くある話である。そこは男女平等に。まさかのフレンドリーファイアに、流石のナディアも頭を抱え・・・ずに両耳を塞ぐ。頭の上にある狐の耳は器用に折り畳むのだが、そこはやはり不完全である。獣人の耳が良いのは頭頂部にある獣耳の恩恵なのだが、今回ばかりは裏目に出た。


腕が4本あれば被害は抑えられたかもしれない。しかし2本しかないのだから、顔の横にある耳を塞ぐ以外の選択肢が無いのだ。腕に代わる何かは無いかと、必死にアイテムボックス内を精査する。しかし武器を使用しないナディアが用意したのは、着替えに野営道具一式と大量の酒。ルークからは当然料理のみ。


結局ナディアが取れる行動はと言えば、着替えを詰め込んだ寝袋に頭から入る事であった。こんな光景をルークや嫁達が見たら、腹を抱えて笑い転げる事は想像に易い。


こうしてナディアはエアとアクアが目覚めるまでの長時間、間抜けな格好で耐え続けたのであった。



「う〜ん。・・・おや?朝ですか?」

「・・・ふぁぁ!良く寝たのじゃ!!・・・・・・・・って、何をしておるのじゃ?」


エアとアクアが、ほぼ同時に目を覚ます。周囲を伺い、テントの中にいるナディア様子を見に来たエアが首を傾げる。


「あんた達のイビキがうるさくて寝られなかったのよ!!」

「「まさか〜」」


寝袋から飛び出しながら告げられたナディアの説明に、2人は笑いながら首と右手を左右に振る。万全の状態であれば間違いなく言い返していたナディアだったが、今はそんな気力も残ってはいない。


「・・・もういいわ。私はお昼まで休ませて貰うから。」

「え?」

「ちょっと!?」


まさかの行動に、如何な竜と言えども反応が遅れる。その僅か一瞬で、ナディアは深い眠りに入ってしまう。どうしたものかと頭を悩ませる2人であったが、ふと重大な事実に気が付く。


「「朝ご飯!!」」


ナディアに頼り切りだった事で、食事の用意などしていないのである。慌ててナディアを起こそうとした2人であったが、こうなったナディアが起きる事は無い。過去の仕事柄、見た目に関しては文句の付け所が無いナディアである。その反動という訳でも無いのだが、普段の彼女は酷い有様なのだ。


用事がある場合はしっかりと起床する。言い換えれば、用事が無ければ食う・寝る・昼寝の生活なのだ。ルークと結婚した事で、本来のだらし無さは鳴りを潜めた。しかし、ルークと2人きりになった際には、甘えながら膝枕をして貰って昼寝に勤しむ。ティナとは違った形で、欲望に忠実なのだ。


出会った時にティナから少しだけ説明されたルークであったが、そんなナディアを愛おしく思っている。料理が出来ず2人きりの時は昼寝が多いと思ってはいたが、ルークにとっては可愛らしい一面で片付けられている。女子力が壊滅的なのは、ルークにとって割と些細な事だったのだ。


ここでルークについて説明しておくと、酒を嗜む事は無いが全く飲めない訳ではない。前世の頃から、かなり強い部類に入る。しかし、酒が入ると性格が変わる者達が身近にいた事で、酒との関わりを持たないように務めているのだ。



そんなナディアである。敵意を持たない者が何をしようと、起きるはずもない。当然出会ったばかりのエアとアクアにはわからない。害する意図も無い為、幾ら呼びかけようとも起きる気配は微塵も感じられなかった。


「困ったのじゃ。」

「1食程度であれば我慢は出来ますが、このまま此処に居座る訳にもいきません。」

「あ・・・。」


エアは忘れていたのだが、本来この洞窟には主が居る。頼んで一晩過ごさせて貰ったにすぎない。直接不満を漏らすような事は無い相手だとは思うが、甘える訳にはいかない。


「ナディアが用意した道具も一緒に運ぶべきでしょうね。」

「そうじゃな。どれ。」


ーーパチン


エアが声と同時に指を鳴らすと、野営道具一式が空中に浮かぶ。同時にアクアがナディアを抱き上げ、エアと並んで外へと歩き出す。洞窟から外へ出ると、不意にアクアが問い掛けた。


「このまま戻ると、アースが文句を言いそうですけど?」

「大丈夫じゃろ?ナディアの話を聞けば、あやつの気も変わるはずじゃ。」

「それもそうですね。では、よろしくお願いしますね。」

「了解じゃ。」


ーーパチン


再度エアが指を鳴らすと、今度はエアとアクアの体が浮かび上がる。決して速いとは言えない速度で、エア達は移動を開始する。速度を落としているのは、ナディアを気遣ってのものである。


穏やかな空の下、眠ったままのナディアはエア達の住処へと移動する。もし起きていたら、眼下の光景に凍りついた事だろう。ナディアの手に負えない数の竜達が、のんびりとくつろいでいたのだから。




ナディアが眠りについてから数時間後、言い争う声に目を覚ます。


「だから、何でここに連れて来るんだって言ってんだろうが!?」

「じゃから、お主に聞きたい事があるからじゃと言っておろうが!!」

「オレには話す事なんか無い!」

「それはお主が決める事では無いと言っておるじゃろ!!」


目を開けると、エアとおっさんが言い争っている姿が映り込む。状況を掴めずにいると、呆れた表情をしたアクアがナディアの方に視線を向ける。


「はぁ・・・あら?やっと起きたようね。」

「「何!?」」


アクアの呟きに、エアとおっさんがナディアに顔を向ける。


「え〜と、ここは?」

「妾達の住処じゃ!」

「住処・・・って竜王の!?あっ!!」


予想外の答えに、思わず隠していた事を口にしてしまう。その言葉に、エアとアクアが複雑そうな表情になる。


「上手く隠しておったつもりじゃが・・・」

「どうやら気付かれていたようですね。」

「ごめんなさい。私が会いたくないって言ったから、気を遣わせてしまったのよね?」

「そうじゃが、まぁ気にするでない。」


申し訳なさそうに告げるナディアに、ニカッと笑いながらエアが答える。そんなエアの様子にナディアが微笑みを返すと、不機嫌そうなおっさんが横槍を入れる。


「ふんっ。起きたんなら、さっさと帰って貰おうか。」

「「アース!!」」

「そうね。でも、会ってしまった以上・・・教えて欲しい事があるの。聞かせて貰ったらすぐにでも出て行くわ。」

「・・・いいだろう。コイツらが無理矢理連れて来た事だし、1つだけ答えてやる。」


両腕を組み、そっぽを向きながらアースが提案を受け入れる。どうやら、そこまで恐ろしい相手でも無さそうだと判断したナディアは、単刀直入に切り出す。


「クリスタルドラゴンによる結晶化の解き方を教えて!」

「クリスタルドラゴンだと?・・・詳しく聞かせろ。」

「実は・・・・・」


そっぽを向いたままのアースであったが、聞こえて来た竜の名にナディアへと顔を向ける。その表情は真剣そのものであった。期待に胸を膨らませながらも辛い記憶を呼び起こすという複雑な心境のまま、ナディアは自身の過去を語り始めるのだった。





「・・・・・と言う訳なんだけど・・・大丈夫?」

「ぐすっ。ずずーっ。ちくしょー、なんていい話だ!泣かせるじゃねぇか!!」



説明を終えたナディアが、何とも言えない表情でアースを気遣う。心配するのも無理は無い。目の前には号泣するアースの姿。涙だけでなく鼻水も豪快に垂らしているその姿は、とても同一人物とは思えなかったのだから。



過去の経験から、大の人間嫌いで知られる地竜王アース。実は彼、誰よりも情に厚い竜として知られていた。竜王達の間では。

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