第146話 閑話 竜王との邂逅5

地竜王アースが落ち着きを取り戻すまで十数分、ナディア達は途方に暮れていた。理由は簡単、肝心の答えが聞けていないからだ。しかしようやく普段通りのアースに戻ったらしく、ナディアは固唾を呑んでアースの回答を待つ。


「人間がクリスタルドラゴンの結晶化を解除する方法だが・・・」

「「「・・・ゴクリ」」」

「・・・わからん!」

「「「・・・え?」」」


散々勿体ぶっておきながら、アースの口から発せられたのは予想外の一言だった。期待していたエアとアクアも、これにはすぐに反応出来なかった。


「だから、わからんと言っている。」

「わからんとは何事じゃ!」

「仕方ないだろう!そもそもクリスタルドラゴンなんて竜種、聞いた事も無いわ!!」

「貴方はそれでも地竜王なのですか!?」


完全に開き直ったアースに、エアとアクアの怒りが爆発する。そのまま口論へと発展してしまったのだが、当事者であるナディアの絶望は計り知れない。その場に膝をつき、魂が抜けたかのような表情をしている。


「地竜王にもわからないなんて・・・もう絶望的じゃない・・・・・」

「ナディア・・・」

「しっかりするのじゃ!」

「・・・・・」


ナディアの様子に気付き、エアとアクアが声を掛けるが反応は無い。そんなナディアの姿を見て、今度はアースが声を掛ける。


「娘、ナディアと言ったな?諦めるにはまだ早いぞ。」

「・・・え?」

「最初に言ったはずだ。人間が解除する方法はわからん、と。」

「それって・・・」

「ある竜ならば、救う事が出来るかもしれん。」


アースの言葉で、ナディアの瞳が徐々に光を取り戻して行く。そして思い出す。何があっても諦めないと誓った事を。しかしナディアの思考が正常になる前に、やはりエアが口を挟む。


「アース!勿体ぶらずにさっさと吐くのじゃ!!」

「お前は少し黙ってろ!・・・ナディアよ、改めて言っておく。オレは人間が嫌いだ。」

「え、えぇ。それは聞いてるわ。でも、私は諦める訳にはいかないのよ!!」


ナディアに視線を移し人間が嫌いだと告げたアースの圧力に、思わずナディアは気圧される。しかし自身の願いを叶える為、震える心を奮い立たせた。そんなナディアを見てニヤリと笑ったアースは、エアとアクアが有り得ないと思い続けている言葉を口にする。


「だが・・・肉親を救う為、単身ここまでやって来たお前の事は気に入った。たかが人間にすぎないお前を護る為、自らの身を挺したお前の夫もな。だからオレは、お前に協力してやろう。」

「「はぁぁぁ!?」」

「え?」


この時のエアとアクアの驚き様と言ったら、それは凄まじいものであった。非常に整った顔が、決して見せられない状態になっている。しかし、ナディアにツッコミを入れる余裕は無い。アースの言葉を理解出来なかったのだ。


そんなナディアの様子に、アースは暫し思考を巡らせてから説明を始める。


「そうだな・・・まずは我ら竜王という存在から説明してやろう。長くなるが一度しか言わないから、しっかりと聞いておけよ?」

「え?えぇ、わかったわ。」


未だ理解が追い付かないナディアであったが、聞き逃さないように思考をフル回転させるのであった。





そもそも竜王とは、それぞれの属性竜を統べる存在である。統べるとは言うが、特に何かを強制するものではない。有事の際に命令を下す事はあるが、竜は基本的に自由である。自由な存在である竜を統べる為、必要となるのは力。それ故、各属性竜で最も強い竜が竜王となる。


そしてフォレスタニアという世界は、竜達にとっても大きな世界である。その為、如何に竜王と言えども、配下にどのような種族がいるのかはわからない。これは自由である事の弊害とも言えるだろう。


そんな竜王ではあるが、全部で8体の竜王が存在する。各属性という事で6体、そして聖と邪である。ここで知能を持つ者にとって疑問となるのが偶数体である事、そして無属性と時空間魔法が存在している点である。



まずは偶数について。偶数であるという事は、多数決という手段は有り得ない。しかしこれは、最初から問題とはならない。何故なら、聖竜王と邪竜王の意見が一致する事など無いからである。そして、竜が自由な存在である以上、竜王達もまた自由なのである。つまり、最初から偶数である事に深い意味は無いように思われる。しかし実は、これには後述する秘密がある。



その前に無属性と時空間属性について説明しておこう。世界にありふれた無属性ではあるが、そのような竜は存在していない。何故なら、魔力を持つすべての存在が無属性でもあるからである。無属性とは、どの属性にも分類されない、純粋な魔力のみを指し示すからである。例えば火竜は、魔力によって火を司ると同時に、火を司る事無く魔力のみを放出する事が出来るからだ。魔力のみを放出するメリットが無い為、通常そんな事はしないのだが。


残る時空間属性であるが、本能のままに生きる者達が生活する上で、時空間属性を必要とする機会は無い。竜に限らず生物にとって、時空間という属性の優先順位は低いのだ。本能のままに生きる存在が、時間や空間に囚われる事は皆無である。そのような力を求めるのであれば、何らかの属性に突出した方が生存率は上がる。


仮に時間を止めるか転移すれば、不意打ちや逃亡といった行動の成功率は上がるだろう。しかし膨大な魔力を消費する点から考えて、他の属性に回した方が圧倒的にマシなのだ。餌を求め子孫を残す、生物の生存本能に時空間属性が必ずしも必要ではない理由である。



ただし、その枠から外れた存在もある。代表的な例が『神』だ。彼等が世界を管理する上で、最低限転移という手段は必要なのだ。世界から世界へと渡り歩く為に。


『神』以外にも枠から外れた存在はあるのだが、ここでは割愛しておく。ともかく、無属性と時空間属性に関する説明は理解出来ただろう。納得する必要は無い。そういうものだと思って貰えれば良いのだ。


さて、それでは話を戻そう。偶数である事の問題点である。先程多数決は有り得ないと説明したが、それは正しくはない。何故なら、高度な知能を持つ竜達が多数決を採る事は無いが、図らずも意見が真っ二つに割れる事もあるからだ。


そうなった場合、状況によっては竜という種族が滅びる可能性がある。そうならない為に、竜という種族には竜王の上に立つ者がいるのだ。竜王達の上に立つ存在。それが『偉大なる母竜(マザードラゴン)』と呼ばれる存在である。


マザーの存在は、竜達にとってかけがえのないものである。その為、竜王達の力によって護られている。通常、マザーには会う事さえ出来ない。竜王達の力によって貼られた結界の中に居り、条件を満たさなければ近付く事さえ叶わないのだ。


例え地上の竜が滅びる事になっても、マザーさえ残っていれば問題は無い。本来ならば静観するのだが、マザーはその優しさ故に竜王同士の全面抗争、つまり4対4という状況になった場合にのみ干渉する事を宣言しているのだ。





「・・・ここまでが我ら竜王に関する説明になる。」

「話が大き過ぎて、整理するのが大変ね。・・・それで?今の話の何処に答えがあるのかしら?」


ナディアが言うように、アースの説明に結晶化を解くヒントは無い。しかしそれは、まだ全てを話していないからである。


「今の話には無い。まだ言ってないんだからな。それよりも何故マザーの話をしたのか、不思議に思わないのか?」

「それは竜王の説明に必要・・・とは言えないわね。」


そう。竜王に関する説明をするだけであれば、マザーに言及する必要など無い。竜が滅びるとかは、竜王の話やナディアの目的とは無関係なのだ。


「なかなか賢いようだな。実はな・・・マザーは全ての竜王に勝るんだ。それも各属性において。」

「それは凄い話ね・・・」

「「「あっ!?」」」


アークの言葉に関心していたナディアであったが、その意味を噛み砕く事である推測に至る。これには黙って聞いていたエアとアクアも気付いたらしく、ナディアと同時に声を上げた。


「そう。例え地竜王であるオレが知らなくとも、マザーならば知っているはずだ。いや、クリスタルドラゴンに関しては知らないかもしれんが、竜による結晶化に関しては知っているだろう。」

「どうやったら会えるの!?」

「聖竜王と邪竜王を除いた、竜王の半数以上が同伴する事が第1条件じゃ。」


身を乗り出したナディアの疑問にエアが答える。つまり、3体の竜王が同伴する事である。実はこの条件、この場にいる者達が思う程簡単ではない。エアとアクアのみであればそれ程の難易度ではないのだが、通常であればこの場にいるアークが首を縦に振る事は無いのだから。


付け加えるならば、竜王が3体揃っている事自体が珍しいのだ。勝手気ままな竜である。エアやアクアもまた、ふらりと出掛けて数十年帰って来ない事などざらなのだから。事実、竜王達の住処だと言うのに、残る3体の竜王の姿は無い。



そして、一瞬飛び上がりそうな程の喜びを覚えたナディアだったが、冷静にエアの言葉について考える。


「第1条件って事は、他にもあるのよね?」

「当然そうなりますね。ですがそれは、竜王以外に対する条件となります。ちなみに第2条件は、竜王の加護を授かる事ですね。」


ここまで聞いておいて、『今更加護を授ける訳にはいかない』と言われるのではないか、などと不安にかられたナディアであったが、アークの言葉に安堵する。それも束の間、険しい表情のアークに再度不安を覚える。


「同伴する位だ。加護は問題無い。それよりも、最後の第3条件が問題になる。」

「それは何?」

「竜王が授けた加護の力を、一定のレベルで使いこなす事。」


この答えに、ナディアは思い切り首を傾げる事となる。加護の力を使いこなすという事さえ意味不明。加えて一定のレベルというオマケつきなのだから。当然この疑問も、竜王達によって説明を受ける。


「我々の加護というものは、その力を分け与えるというものになります。まぁ早い話が、ナディアが魔法を使えるようになるのです。」

「人間が使う魔法とは少し異なるがな。」

「攻撃にも防御にも使えるのじゃが、マザーに会うとなると防御面での話になるのじゃ。」


魔法を使えないナディアにとっては喜ばしい内容であった。しかし、続く説明に表情が一変する。


「マザーを護る結界は特別でして、竜王以外の存在を弾くのです。さらに、私達竜王でさえ単独では結界を越える事が出来ません。」

「通り抜ける為に、対となる属性の力を相殺する必要がある。三分の一以上の属性をな。ちなみに三分の二以上の竜王の属性があれば、結界を破壊する事が出来る。」

「それは・・・竜王と同等の力を身につける必要がある、という事かしら?」


アクアとアースの説明を受け、ナディアは不安でいっぱいになる。明らかにルーク以上の存在が3体という条件なのだから、それも当然だろう。しかし、その点についてはエアの説明で光明が射す。


「妾達と同等というのは無理じゃ。加護にそこまでの力は無い。お主の場合は、ある一定のレベルとしか言えん。結界を破壊する訳でも無いのじゃから、そこまで不安になる事もあるまい。まぁ、簡単ではないがの?」

「どれ位?」


ナディアが言うのは、どれ位の期間でマザーに会えるか?という意味である。


「そうですね・・・順調に行って10年でしょうか?」

「そんなに!?・・・1年、いや、半年よ!」

「無茶を言うのぉ。」

「そんなに待てないもの。当然でしょ?」


ナディアの宣言は、不可能とも言える数字である。しかしナディアの覚悟を知り、竜王達の顔に笑みが浮かぶ。


「面白い。それなら半年間、みっちり鍛えてやろう。」

「あら?アースも行くつもりですか?」

「は?」


竜王達は一体何を言っているのか。ナディアは話について行けない。しかし、そんなナディアを無視して話は進む。


「当然だ。ナディアの事が気に入ったからな。それに直接鍛えてやらねば、半年なんて期間じゃ無理に決まってる。」

「ナディアの夫にも興味があるからの。しっかり味わってみんとな。」

「え?」


行くって何処に?ルークを味わうって何を?料理よね?なんて事を考えている間に、結論が出てしまう。


「そうと決まれば、さっさと出発しましょう!エアの背に乗せて頂くとして・・・まずはここから出ましょうか。」

「じゃな!アース、遅れるでないぞ?」

「誰に物を言っている?さっさと行くぞ!」

「ちょっと!行くって何処に!?」


そう言うと、アースは出口に向かって走り出す。その後を追うようにエアとアクアも走り出したのだが、置いてけぼりのナディアに気付き一瞬で引き返す。


「仕方の無いヤツじゃ!」

「行きますよ!」

「え、え?い、いやぁぁぁぁぁ!!」


前日と同様、両腕を竜王達に固められてナディアは出口へと連行される。今度は正面を向いて。入り組んだ洞窟を恐ろしい速度で移動するのだから、そのスリルは計り知れない。ちなみに、カレンであってもここまでの速度で洞窟を駆ける事は無い。通い慣れたエアとアクアだからこその速度であった。



この後、自重というものを知らない竜王達によって帝都が大騒ぎとなったのはお約束である。

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