動乱の幕開け

第147話 ライム魔導大国へ

ネザーレア、フロストルの2国が滅びてから数日が経過した頃。遠く離れた異国の地には、1人の少年の姿があった。


「ここがライム魔導大国か。名前だけ聞くと少しテンションが上がるんだけどな・・・名産な訳無いか。」


地球の食材と同じ名前というだけで、全くの無関係だと知っているはずなのにそんな馬鹿げた独り言を呟く人物。そう、ルークはライム魔導大国を訪れていた。


「帝都もデカイはずなんだが、規模で言えばこの国の王都の方が圧倒的に上か。まぁ、スフィアに任せておけば、いずれは覆るだろうな。」


ルークが驚くのも無理は無い。これは国の方針の差によるものであった。ルーク達の住む帝都は旧帝国の政策により、大規模な建物は貴族の屋敷を除けば商会等しか存在していない。これは、政敵の検挙・鎮圧を容易に行う目的があった。ルークの皇帝即位以降、正確にはスフィアが舵取りを行ってからはその方針も転換している。圧政を敷く意味が無くなった為である。


戦力面で言えば、カレンだけで事足りる。他の嫁達も世界トップレベルの実力を有しているのだから、クーデターを警戒する必要は無い。加えてルーク並びにスフィアの執る政策は、国民が諸手を挙げて歓迎する物であった。その支持率たるや、日本の内閣支持率からは考えられないものである。


そのような背景から、現在の帝都はめまぐるしい開発途中にあった。とは言え、既に完成された都市の再開発という事もあり、そのスピードは新規に村や街を興すものとは比べるべくもなく遅い。



一方のライムと言えば、魔導と名のつく通り魔法や魔道具に力を入れた政策を薦めてきた。研究所や管理施設といった、魔導に関連する大規模な建物が立ち並ぶ。数百人規模の組織から数人程度の研究施設まで、大小様々な機関が存在している。そこで働く者達の住居も必要なのだから、帝都と比較すべきでは無い。


都市の人口で言っても、ライム魔導大国の王都は帝都を遥かに凌いでいた。どちらの国力が上なのかは別として。



さて、そんな場所に何故ルークの姿があるのかと言えば、答えは単純。カレンが言い出したから・・・ではなく、今回はスフィアとルークの狙いが一致した事によるものであった。時はルークとカレンが帰国した翌日の夕食後まで遡る。



夕食を終え全員がくつろぐ一室で、不意にルークが嫁達に告げる。


「みんなに聞いて欲しい事があるんだけど、ちょっといいかな?」


思い思いの体勢で休んでいた嫁達の視線が、ルークに集められる。全員と目を合わせてから話を続ける。


「今やり残してる事をある程度片付けたら、一度ライム魔導大国に行こうと思うんだ。」

「わざわざ全員に告げるという事は、『ちょっと出掛けて来る』程度の話では無いのですね?」


あまりにも軽く告げられたルークの言葉に、真っ先に反応したのはスフィアである。ルークの意図を理解するというオマケつきで。他の嫁達はと言えば、当然『ちょっと遊びに行く』程度に考えていた。


「あぁ。みんなも忙しいだろうから、先に説明だけしちゃうけど・・・目的は幾つかある。まずは、ライムにある学園や研究施設でナディアの姉を救う方法を探す事。手分けした方が見つかる可能性が上がると思う。次にエリド村のみんなを探す事。こっちは何の手掛かりも無いから、ただの勘になるかな。最後が5帝の動向を探る事。オレとカレンが派手に動いた以上、何もして来ないとは思えないんだよね・・・。」


ルークの口から告げられた提案に、全員がそれぞれの内容を脳内で整理する。そして真っ先に反応したのはスフィア、ではなかった。しかしこれには理由がある。他の嫁達は自身が最も気になった内容に対して反応したのに対し、スフィア・・・や頭の回転が速い嫁達は全ての内容を精査していた為であった。


「学園という事なら、私達もお手伝い出来るのではないでしょうか?」

「リノアの申し出は有り難いんだけど、みんなはちょっと遠慮して欲しいかな。」

「何故です!?」


ルークが学園組の意図している事に気付き、やんわりと断りを入れるとクレアが声を荒らげる。


「だって、みんなは仮にも各国の王女や要人でしょ?いくら素性を隠しても、関係者には気付かれると思うんだよね。姿を変えても気付かれないのは、ナディアとシェリーだけだと思うけど・・・今いないし。」

「それは・・・」


大抵自分の事はわからないものである。当然クレアもそうであった。反論しかけた所で、周囲の存在を再確認して押し黙る。納得してしまったのだ。


産まれた時から王族として暮らして来た事で、ほぼ全員が気品というかオーラのようなものを纏っている。魔道具や魔法で姿を変えた所で、全身から迸るオーラを隠す事は出来ないのだ。目立って仕方ない。目立つという事は、相手に不審を抱かせる。当然その素性を探られる恐れがあり、いずれはバレるだろう。


ルーク1人であれば適当に誤魔化せる事も、嫁・・・正式には未だほとんどが婚約者なのだが、夫婦で他国に潜入しているとなれば誤魔化しも効かない。成果を上げられる保証も無いのに、少なくとも5帝という危険が付き纏うのだ。連れて行けないのは明らかであった。



しかしここで、心外だとばかりに口を挟んで来た者がいた。王女や次期聖女という肩書を持たない者の中で、ナディアとシェリーの名だけが挙げられた。セラは元騎士団長という役職が染み付いているので理解は出来る。しかし、何故自分の名前が無いのだと不満を顕にしたのだ。


「ルーク?私を忘れてはいませんか?」

「オレがティナを忘れるはずがないだろ?絶っっっっっ対に気付かれるから、ティナは真っ先に除外したよ。」

「何故ですか!?私は田舎の村娘ですよ!?」


貴族家でも傾き兼ねない程のエンゲル係数をほこる田舎の村娘が何処にいる?とは口が裂けたら言えない等とアホな事を思いながら、ルークはティナを優しく諭す。


「それなら・・・ティナは1食1人前って約束出来る?」

「酷い!私は100年以上前から1人前です!!」

「「「「「「「「「「意味が違うわ!!」」」」」」」」」」

「そんな・・・」


ルークの言う1人前は量の事だったのだが、ティナは成人という意味に履き違えたらしい。全員にツッコまれ、酷く落ち込んでしまう。良く食べるナディアの10倍もの食事量をほこるティナである。あれが1人前ならば、他の嫁達は幼子、下手したらミジンコ扱いされる事だろう。流石に他の嫁達も黙ってはいられなかった。落ち込んだティナを尻目に、考えの纏まった頭脳派組が口を開く。


「ルークの言いたい事は理解したわ。それで、ライムで1人暮らしって事?」

「いや、みんなの事も心配だし、夜は帰って来るよ。」

「それなら私は問題無いわ。」


ルークと一緒に居たいという欲望丸出しのルビアの了承は得られた。しかしこれは、ルビアだけの考えでは無い。嫁達の総意でもあった。所構わず女性に手を出さないように、という狙いも含まれている。まぁ、男の欲望とは真っ昼間からでも全開なのだが、それを言い出したらキリが無い。



「私も・・・エリド村の者達が潜伏するのはライムのような気がしています。」

「その心は?」

「単純な消去法ですよ。」


カレンの予想はルークと違い、勘に基づくものでは無かった。これには各国の特徴が反映されている。

ラミス神国は、とある神を信仰するお国柄である。当然、異教の者に対する目が光っている為、外部からの集団が潜むには向かない。


似たような理由で、クレアの祖国であるヴァイス騎士王国にも言える。騎士の数が多く、集団に対する監視の目は多い。実力者揃いのエリド村出身者という事もあって、血の気の多いドラゴニア武国やアームルグ獣王国も除外。


弱小国家であるスカーレット共和国は目立ち過ぎる。シシル海洋王国はほぼ海中なので問題外。カレンの住まうフォレスタニア帝国から距離があって、可能性が高いのはシルヴァニア王国とライム魔導大国である。木を隠すなら森、ではないが、潜伏に最も適しているのはライムである。



ちなみにこれはカレン独自の予想であり、裏をかいたエリド達の思惑通りに外れているのだが・・・。



それはさておき、ここまで嫁達の中には不満を口にした者もいるが、特に反対までには至っていない。そして、最後のスフィアの意見によって、全員が賛成に回る事となる。


「お話を伺った限り、特に問題は無さそうですね。私は賛成です。と言うか、寧ろこちらからお願いします。」

「・・・スフィアさん、きちんと説明して貰えませんか?」


特別な要求も無く、あっさりと意見が通った事で危機感を覚えたルークが説明を促す。しっかりと考えを聞いておかなければ、後が怖いのである。


「余程の問題が無い限り、毎晩帰って来て頂けるだろうという事が1つ。ナディアの姉を救う方法に関しても理解出来るのが1つ。エリド村の住人に関しても、カレンさんの予想が的外れとは言えないのが1つ。あとは・・・ティナさんが満足するだけ食事出来るのはここだけでしょうから。特別反対する点が見当たらない為、賛成という結論に至っただけの事です。」

「・・・本音は?」


一切の感情を除外した、スフィアの理論武装。毎度の事ながら、特段穴は見当たらないように思える。しかしスフィアという女性を知れば知る程、その陰に潜む感情的な一面を把握しておく重要性を理解していた。


「5帝のみならず、ライムがこの国にちょっかいを出すのは目に見えています。動向を探る必要性は言うまでも無く、ルークの正体が明らかとなればこの国が狙われる心配もありません。バレなければ良し、バレて尚良しの2段構えという事です。むしろ私としては、堂々と名乗りを上げてライムに向かって頂きたい程です。」

「それって酷くね!?ちょっとはオレの心配とか無いの!?」

「私達が狙われる位なら、ルークが矢面に立った方がマシなのは明らかではありませんか。殺そうと思った所で死ぬはずがありません。むしろ神の怒りを買った国が1つ滅びるだけです。私の心労が減るのですから、私としてはそちらの方が歓迎ですよ?」


併合したとは言え、2つの国の政治を纏め上げるスフィアの心労は計り知れない。そこに外部からの攻撃が加わるとなれば、その負担は著しく増加する事だろう。そして何よりストレスはお肌の敵である。徐々に若返り肌の艶が増して来た昨今、それを維持しようという女性の願望に正直なのは攻めようがない。否、攻めたら後が怖い。



こうして翌日から細な調整を進め、ルークは単独でライム魔導大国へと乗り込んだのであった。彼方では、世界を揺るがす大事件が起ころうとしているとも知らず・・・。

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