第108話 クリスタルドラゴン

鑑定結果を2人に、いや、ナディアに伝えるべきか悩んだ挙句、正直に話す事にした。今話さなかったとしても、いつかバレる。隠し事をしてギクシャクした関係になるよりは、きちんと伝えて暴走しないように押さえ込む方が得策だと考えたのだ。


オレはティナに声を掛け、一緒にナディアを捕まえて貰う事にした。


「ティナ、ナディアの手を取って近くに来てくれる?」

「?・・・わかりました。」

「ナディアは反対の手を出して。」

「え?急に何よ?」


ナディアは怪しんでいるが、森の熊さん達に聞かれる訳にもいかない為、オレは小声で話し掛けた。


「鑑定結果を教えるから。」

「あぁ!そう言う事ね・・・。」


特に疑問を抱いている様子は見られなかった為、オレはナディアの左手をがっちりと掴み、ありのままを伝える。


「このダンジョンのボスなんだけど、レベル650のクリスタルドラゴンらしい。しかもご丁寧に、改造種だってよ?」

「「っ!?」」


騒がれるかと思っていたが、2人とも優秀な冒険者だ。声を出すような真似はしなかった。だが、次の言葉でナディアがどういった反応を見せるかわからない。オレは無意識のうちに、ナディアの左手を握る自身の右手に力を込める。


「ルーク?」

「落ち着いて聞いて欲しい。・・・ボス部屋の中に、ナディアのお姉さんがいる。」

「なっ!?」

「っ!?」


流石に冷静ではいられなかったのか、ナディアが短く声を発する。直接は無関係と言っても、流石はティナか。いや、この程度で済んだのだから、ナディアも流石と言えるだろう。


「説明を続けるよ?どうやら『結晶化』って状態らしいんだけど、2人は心当たりある?」

「・・・無いわ。」

「私も初めて聞きました。」


2人にも心当たりは無いか・・・予想はしていたけど、これは厄介だ。年長のフィーナと学園長を置いて来たのは失敗だったかもしれない。だが今は、状況を伝えるのが先だ。


「年齢が19歳になってるから、ダンジョンに入ってすぐにその状態になったと思っていいかな?」

「私が17歳の時にいなくなったから、ルークの言う通りで合ってるわね。」


どうやら2歳上だったらしい。もう少し詳しく聞いておけば・・・いや、話したくない事もあるだろうから、それは難しかっただろうな。


「オレの懸念は2つ。まずはボスの強さ。これはオレにも経験の無いレベルだろうから、ハッキリ言って勝てるかどうかもわからない。無茶をしても勝てるならいいけど、そうでなければ逃げる事も出来なくなると思う。」


2人が無言で頷いたので、オレはそのまま話を続ける事にした。


「次に、結晶化。クリスタルドラゴンを倒せば治るのか、倒す前に治療する必要があるのか・・・その知識がオレ達には無い。そもそも、クリスタルドラゴンの仕業なのかすらわからないし。」

「そう・・・ね。ルークの言う通りだわ。私には、ドラゴンを倒す事しか考えられなかった。」

「では、このまま戻るという事ですか?」


予想通り、ナディアは冷静ではいられなかったようだ。足に力が込められているのがわかったし、掴まえてなかったら、1人で突っ込んで行ったんだろうな。そしてティナは痛い所を突いて来る。何もせずに帰るのは、オレ達の誰もが納得出来ない事をわかっているのだから。


「考えたんだけど、1度ドラゴンと対峙してみようと思う。今のままだと情報が少な過ぎる。冷静に分析しないと、後悔する結果を招くかもしれないから。オレ、後悔だけはしたくないからね。」

「なら、私はここに残るわ。私が行っても、冷静でいられるとは思えないもの。」


今その判断を下せるのなら、最悪の状況でもギリギリの所で持ち堪える事が出来るだろう。


「いや、ナディアにも一緒に来て貰う。逆にティナには彼女達の護衛を頼みたい。複数人を護るのなら、魔法を使える者の方がいいだろうし。」

「ど、どうしてよ!私、多分冷静じゃいられないわよ!?まぁ、護衛ならティナの方が適任だとは思うけど・・・」

「言ったでしょ?後悔だけはしたくないって。例えどんな状況になろうとも、行かないときっと後悔するよ?オレはナディアにも後悔して欲しくないんだ。オレがナディアの立場なら、何があっても向かうからね。」


少し戯けながら告げると、ナディアも呆れた表情を見せながらも頷いてくれた。オレはティナに護衛と事情説明を任せて、ナディアと共にボス部屋の扉を開く。


ボス部屋の中は、壁一面がクリスタルに覆われていた。あまりにも幻想的な光景に、オレとナディアは揃って見惚れてしまう。しかし数秒後、オレ達は目の前の光景に驚愕する。入り口からそう遠くない壁際に、ナディアに良く似た女性の姿があったからだ。


分厚いクリスタルの中に、眠るようにして佇む女性・・・間違い無くナディアの姉である。良く見ると、その横には4人の冒険者達の姿があった。恐らく、今回50階に辿り着いた冒険者達であろうが、その姿もまたクリスタルの中にあった。


今にも飛び出しそうなナディアを横目に、オレは美桜を抜いて正面に構える。その動きに、ナディアもまた臨戦態勢となる。そして一切の音を立てる事もなく、ケルベロスを上回る巨体が目の前に現れる。


全身をクリスタルで覆われた存在が、その身を翻したかと思われた次の瞬間、オレは横の壁に叩きつけられていた。


「ぐふっ!」

「なっ!?」


あまりにも一瞬の出来事に、ナディアは硬直したままだった。実はこの時、クリスタルドラゴンは尻尾でナディアを攻撃しようとしたのだ。その尻尾を切り落とそうとナディアの前に移動したのだが、ルークの刀は傷一つ付けられずに吹き飛ばされる事となった。


ルークが吹き飛ばされた事で、ナディアの硬直は解ける。一瞬でルークの元に駆け寄ると、ルークを護る形で続く攻撃を受け止める。


連続で繰り出される尻尾の威力はナディアが思うよりも重く、徐々に押され始めてしまう。この時、全力で応戦していたナディアであるが、その心中は穏やかではなかった。


「(これはマズイわね・・・完全に遊ばれてるじゃない!)」


この時のクリスタルドラゴンは、単純に尻尾だけの動きでナディアを攻撃していた。ルークを吹き飛ばした際のように、体を捻っている訳でもない。さらにマズイのは、その時の攻撃がナディアには視認出来なかった事であろう。もう一度同じ攻撃が来た場合、反応出来ないナディアは即死する事になる。


この時ルークは、全身を襲う衝撃で動けなくなっていた。しかし、自分が動かなければナディアが危ない。自身に使用していた回復魔法を中断し、全力の攻撃魔法に切り替える。一瞬で必要な魔力を集められたのは、人知れず魔力操作の練習に励んでいたおかげだろう。


「ナディア!オレの後ろに!!」


魔法を放つ直前に、オレはナディアに向けて叫ぶ。その声を聞いたナディアはオレの背後へと移動し、背中にしがみついた。


「サンダーランス!!」

「きゃっ!?」


目が眩む程の閃光と、空気を切り裂く轟音と共に、巨大な雷がクリスタルドラゴン目掛けて放たれる。叫び声を上げていたのかもしれないが、バリバリと鳴り響く雷の音のせいで聞こえる事はない。お互いが姿を見失っている隙に、痛みを堪えながらナディアを抱き抱える。そのまま扉の前まで辿り着き、ドラゴンのいる方を睨みながらナディアに声を掛ける。


「今のオレ達じゃここまでだ。引き上げよう・・・。」

「わかってる。クリスタルドラゴン・・・必ず戻ってくるわ!」


こちらを見ている無傷のドラゴンと視線を合わせながら、オレとナディアはボス部屋を後にした。



ボス部屋から出たルークは、受けたダメージの大きさに倒れそうになる。気付いたナディアによって抱き抱えられるが、ナディアはこの時初めてルークのダメージを知る。口だけでなく、全身至る所から血を流していたのだ。


「ちょっとルーク!しっかりして!!」

「あぁ、今治療するから問題無いよ。メガヒール・・・。」


地上へ戻る際の魔力を温存する為、ゆっくりと時間を掛けて治療を行う。その間に、ティナ達が集まって来てかなり騒がれたのだが、無事だとわかると大人しくなった。


「これで大丈夫。しかし・・・悔しいけど、手も足も出なかったね。」

「私に至っては、またルークに助けられたわ・・・。でも、希望はある。」

「治療法の究明とレベル上げ、大変だけど頑張らないとね?ともかく今は、全員無事に帰ろうか!」

「「「「「「「はい!(えぇ!)」」」」」」」



こうしてオレ達は新たな目標を掲げ、地上へと帰還する為に50階を後にした。

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