第258話 SSS級クエスト5

急いでユキを追い掛けよう、というよりか、アームルグ獣王国の冒険者ギルドを確認しようと思ったフィーナ達。しかし肝心の足であるルークが慌てる様子はない。


「まぁ、ここまではオレの考え、カレンの仮定だ。実際にどうなっているかは、見てみるまでわからない。」

「だったら急いだほうがいいわ!」

「フィーナ、少し落ち着いてくれ。」

「でもっ!」

「今更焦って向かったところで手遅れだから。それより、野営の準備は大丈夫か?」

「それは・・・。」

「ならそっちの方が大事だろ。急いでダンジョンに向かうような状況に陥ったらどうするんだ?」

「・・・わかったわ。」


ルークが努めて冷静に、諭すように語り掛ける。言いたい事がわかるフィーナは、反論出来ずに従う事にした。


フィーナとエレナ達が準備をするべく退室し、作り置きしてある料理を渡そうとルークも後に続く。しかしそんな忙しいルークをカレンが呼び止める。


「ルーク、私も同行しましょうか?」

「・・・申し出はありがたいけど、カレンにはユキの分も魔物の討伐をして貰いたい。」

「でしたらせめて、私がエレナ達を送り届けますよ?」

「そうだな・・・いや、ユキがやり過ぎていた場合、オレが顔を出した方がいいだろ。悪いけど、魔物の方を頼むよ。」

「・・・わかりました。」


カレンの申し出に一瞬迷いを見せつつ、結局は断ったルーク。この時、夫の隠し事に気がついてしまうのが妻というものである。


そんな事にはちっとも気付かないルークは、そのままフィーナ達を追うのであった。




「・・・何か隠していますね。」

「カレンさんもそう思いますか?」


カレンの呟きに反応したのはスフィア。だがそれは、他の嫁達が気付かなかった事を意味する訳ではない。単にスフィアが一番早かっただけの話。現に、他の嫁達も静かに頷いていた。


「えぇ。隠しているというか、私を向かわせたくないように感じました。」

「確かにそうね。」

「一体何故でしょうか?」

「カレンがダンジョンに向かう可能性を潰したかったんじゃない?」

「つまり、ユキさんとの接触を恐れたと?」


ナディアやルビアが思い思いの言葉を口にする。それに対し、カレンの反応は誰もが予想しないものであった。


「私に言えないような事でもあるのでしょうね。・・・私は出掛けたフリをして盗み聞きをします。申し訳ありませんが、みなさんで理由を聞き出しては頂けませんか?」

「「「「「え?」」」」」


誰よりも真っ直ぐなカレンの提案に、耳を疑った全員が揃って聞き返す。


「取り越し苦労ならば良いのですが、どうにも嫌な予感がするのです。聞いておかなければ後悔するような・・・。」

「わかりました。協力しましょう。」

「そうね。ユキの独走態勢を覆しておく必要があるし。」


相変わらず危機感を覚えている嫁達は、ルビアの言葉に同意する。ユキという強敵を前に、嫁達の結び付きは一層強固なものとなっていたのだ。そして全員の協力を仰ぐ事が出来たのを確認し、カレンは部屋を後にする。



カレンが向かったのは隣室。ここでルークが戻って来るのを待ち、嫁達が問い詰める際に扉の前へと移動しようと考えたのだ。


数分後、そうとは知らないルークが嫁達の下へと戻って来る。そして嫁達は駆け引きをする事もなく、真っ向から問い質す。


「ねぇ、ルーク?カレンをダンジョンから遠ざけようとしたでしょ?」

「・・・何の話だ?」


ナディアの直球を誤魔化そうとする。しかしスフィアからの追求で、自分の説明に無理があった事を悟る。


「先程、ユキさんがやり過ぎていた場合、自分が顔を出した方が良いとおっしゃいましたね?ですが、ルークが顔を出しても状況は好転しませんよ。寧ろ、皇帝が直接首を突っ込む方が問題です。皇族の関係者だと言っているようなものですからね?」

「・・・確かにそうだな。はぁ。」


大きく溜息を吐いたルークに、ルビアが再度問い質す。


「で、どうしてカレンをダンジョンから・・・ユキから遠ざけようとするの?」

「それは・・・・・カレンが負けるからだ。」

「「「「「っ!?」」」」」


長い沈黙の後、ルークが告げた言葉に全員が驚く。実はこの時、ルークが沈黙したのには理由があった。扉の前にカレンがいると気付いたのである。カレンに頼まれたのだと気付いたが、知らんぷりを決め込む事にした。



「この場はナディアに聞くべきか。カレンの戦いを見た事は?」

「え?魔物の討伐なら何度か見た事はあるけど・・・」

「感想は?」

「感想?そうね・・・流石としか言いようがなかったわ。どんな魔物も一閃するんだもの。」

「そこだよ、問題なのは。」

「「「「「?」」」」」


どんな魔物も一太刀で両断してしまうカレンの戦い方に問題があると指摘する。これの何処に問題があるのか、全く以て理解出来ない嫁達は首を傾げるのみである。


「カレンはな、剣に関しては本当に強いんだ。」

「それの何処が問題なのよ?」

「問題じゃないさ・・・普通ならな。」

「どういう事?」

「不運にも、カレンは神族としては落ちこぼれだった。だが腐る事なく、ひたすらに剣を振り続けた。直向きに、だが愚直に。その結果、カレンの振り下ろす剣は頂へと登り詰めた。一刀の下に全てを斬り捨てる。一撃必殺、それがカレンの強さだ。」


ルークの説明に、全員がゴクリと唾を呑む。戦闘は全くのスフィアやリノアですら、それがどんなに恐ろしいのか理解する。しかしルークは、そんなカレンを真っ向から否定する。


「そんな一撃必殺の剣。それは究極であると同時に、究極たり得ないんだよ。」

「一撃必殺なのに?」

「あぁ。ハッキリ言ってしまえば、一撃必殺なんてモノは存在しないんだからな。」

「「「「「え?」」」」」

「ごめん、言いたい事がわからないわ。」


説明が理解出来ない嫁達を代表して、ナディアが思った事を口にする。当然だろう。一刀の下に斬り伏せると言っておきながら、そんなモノはあり得ないと言うのだから。


「どんな武術も様々な流派があり、様々な技がある。言い換えれば、それだけ多くの技が必要だったという証明になるんだ。本当に一撃必殺なんてモノがあるなら、技なんて産まれないんだからな。」

「じゃ、じゃあ!カレンの戦い方は何なのよ!?」

「幸運であり、不運だった結果だよ。ほとんどの敵を一閃してしまえたカレンだからこそ、技を編み出す必要が無かったんだからな。」

「・・・でしたら、別に良いのではありませんか?」


ここまで説明を受け、それでも問題が見受けられないとばかりにスフィアが尋ねる。しかしルークは首を横に振る。


「それも今までの話さ。これからは違う。もしカレンが今のままでユキに挑むような事があれば・・・まず間違いなく負ける。上級神が相手なら尚の事。」

「でもそれって・・・絶対ではないのね?」

「そうだな。だがそれはあり得ない話だ。縋るだけ無駄だよ。」

「「「「「あり得ない話?」」」」」

「あぁ。今カレンがユキに勝てるとしたら、出会い頭に一閃するしかない。それも殺すつもりで。」

「「「「「・・・・・。」」」」」


敵には容赦ないカレンだが、嫁達に対しては優しい。だからこそユキを殺すような真似はしない。それはこの場の誰もが思っていた。故に何も言えなかったのだ。


「今のユキはまだ本調子じゃない。だからこそカレンが本気を出せば確実に勝てる。でもカレンはそんな事しないだろ?そうなればユキは、徐々にカレンの攻撃に対応する。そして本来の動きを取り戻すだろう。」

「本調子のユキは、カレンより強いの?」

「剣の腕なら間違いなく、な。神崎の剣術は数百年もの間、人を斬る為だけに研ぎ澄まされて来た。相手がどんな技を繰り出そうとも、確実に対応出来るように。あとは身体能力の差が物を言うんだが・・・。」


そこまで言って、ルークは言葉を濁す。正確には、ユキの身体能力を推し量れずにいたのだ。だがそれは、ユキの闘う姿を見ていないからである。


ティナの肉体であれば、カレンの圧倒的優位が覆る事はない。しかし今や、ユキもカレンと同じ神族。同じ種族、即ち同じ肉体であれば、剣の腕前を覆す程の差は無いであろうというのがルークの見立てである。


もしも千年、常に死線を潜り抜けて来たのなら、その差は歴然たるものだったかもしれない。しかし実際は違う。人生の大半をのんびり過ごして来たカレンの身体能力は、ユキが絶望する程のポテンシャルを秘めてなどいない。




「あの・・・1対1で負ける事が問題になるのでしょうか?」

「リノアの言う通りよ!今回はフィーナ達もいるんだもの、協力し合えば何とかなるでしょ!?」

「ユキを止める分には、な。オレが心配してるのは、カレンの心が折れる事だよ。」

「「「「「?」」」」」

「ユキの潜在能力が読めないんだ。カレンの剣に対応するのに手間取ってくれるならいい。だがもしも、驚異的な速さであっさり対応してしまったらどうだ?ものの数分斬り結んだだけで、全く手も足も出なくなったとしたら?」

「・・・自信を無くすかもね。」


これまで技を必要としなかったのは、技が無くてもどうにかなったから。正しくは、必殺技っぽいものはある。しかしそれは、つまるところ神力を込めた全力の一撃でしかない。技と呼ぶには、あまりにもお粗末なのだ。まぁ、威力自体には目を瞑っての話。


どうにもならない状況に陥った時、縋る技の無いカレンは自信を無くす可能性が誰よりも高い。それが容易に想像出来てしまったナディアが、言い難そうに答えた。



困り果てた様子の嫁達に苦笑しながら、ルークはカレンを思いやる気持ちを言葉にする。



「カレンには時間を掛けて技を編み出して欲しい。その手伝いはするつもりだ。でも今の遠慮しないユキだと、カレンにとって悪影響しかないんだ。だから・・・カレンに会ったら、そう伝えてくれないかな?」

「わかったわ。」

「はい。」


そこで聞き耳を立てているよ、と思った嫁達だが、ルークに告げる事はなかった。そしてルークがカレンの気配に気付いたとは思わなかった為、この話はここまでとなる。


ルークもまた、気付かなかった事にして伝言を頼む。これはルークの優しさが半分、あとはカレンが反発して暴走しないようにとの配慮からである。




肝心のカレンはと言うと。


(心配してくれたルークの為にも、今は大人しく魔物を討伐しに行きましょうか。勿論、私だけの必殺技を編み出す為に・・・)



自分の剣を見直すべく、食材確保を兼ねた魔物の討伐へと向かったのであった。この時からカレンの剣は劇的な変化を見せるのだが、嫁達がそれを知るのは先の話である。

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