第215話 エルフ国へ2

ダークエルフの集落を目指すと意気込んではみたが、とりあえずは野営である。野営とは言うものの、実際はキャンプだ。オレが頑張って作り上げたログハウスに泊まって疲れを癒やす。それでも安全な場所など無い訳で、誰かが見張りをしなければならない。この場合は睡眠時間の少ないオレだろう。


そしてその前に夕食である。ティナが沢山食べる為、アイテムボックスに入っている料理で賄い続ける訳にもいかない。他の嫁達であればそれでも構わないのだが、ティナの場合は難しいのだ。


オレ達のアイテムボックスには1年分の食料が余裕で入る。しかし人の10倍食べるティナの場合、2ヶ月にも満たない計算だ。この先で各個分断されるような状況に陥った場合、ティナの生存する確率が下がってしまう。昔は狩った魔物の肉を焼いて過ごしていたらしいのだが、昨今の贅沢三昧によって耐えられない体となっていた。



料理する必要はあるが、見張りの時間を考えるとあまり凝った物は用意出来ない。出来るのは精々煮るか焼く程度。日持ちするように乾燥させた物が多い事に悩んでいて、ふと思い付いた事がある。


「料理人の端くれだけあって、パスタは大量にあるんだよな。ん?そう言えば最近味噌や醤油が手に入ったな。即席の・・・ラーメン?」


気付いた。気付いてしまった。パスタでラーメンが作れる事に。かんすいが必要だって?それなら何とかなる。実はパスタを茹でる際、重曹と塩を入れれば中華麺になる。信じられないかもしれないが、これは嘘じゃない。何処の家庭でも出来るのだ。料理とは化学である。


問題となるのは重曹である。こればかりはこの世界に無い。正確には作れる者がいない。だがオレは作っている。料理以外にも掃除するのに便利なので、雷魔法が使えるようになった時から地道にコツコツ作り貯めしている。使い方が間違っている気もするが、神族の特権である。海水を魔法で電気分解して・・・生々しい話はやめておこう。


とにかく、オレの料理が好評で誰にも真似出来ないのは重曹のお陰だ。真面目に化学を勉強して良かったと思う。今となっては地球の食材や調味料を取り寄せれば済むのだが、それはそれである。



「個人的には豚骨派なんだけど・・・醤油ラーメンにしておくか?いや、学園長がいるんだった。そうなると塩ラーメン一択か。」


学園長の前で地球の食材を使うのもどうかと思うので、この世界の食材のみで仕上げる必要がある。絶対ではないが、出来る限り使うべきではない。


重曹?そんなのは料理を見てもわからないから問題無いだろう。



鳥がらのスープは作り置きしている。生卵は危険なので、ゆで卵にして大量に確保済み。チャーシューもどきもある。野菜も充分だ。・・・いける。



ラーメンを作るのはいい。問題はスープの量。ここで使い切る訳には行かないが、それでティナを満足させる事が出来るかどうか・・・。


「そうか!替え玉!!」


誰が考えたか知らないが、なんて素晴らしいシステムなんだ。麺は腐る程あるのだから、スープの心配をする必要はない。



「10玉食ったって人の噂は聞いた事があるから、ティナ1人で20玉あれば足りるか?なら全員で30玉あれば良さそうだな。」


ラーメン屋の替え玉は1つ100グラム程度だろう。オレが用意するのは1つ200グラム。20玉食ったら化物レベル。余ったらアイテムボックスに入れてしまえばいいんだし、50杯分の麺を茹でる事にした。



「と言う訳で、今日の夕食は麺料理にしてみた。」

「どういう訳よ・・・。」

「麺?・・・以前食べたうどんという料理ですか?」

「いや、今回作ったのはラーメンと言う料理だ。」

「「「らぁめん?」」」


フィーナがツッコミを入れて来たが、そんなのは無視だ。オレのセリフじゃないんだが、物語には都合というものがある。



何故先に麺を茹でたのか。それはティナが何度もうどんを食べているから。つまり、啜る事が出来るのだ。それはそれは驚異的なスピードで麺が吸い込まれて行く。何時までも吸引力の変わらない、あの掃除機の謳い文句のように。


いつか長さ100メートル位の麺料理を出して、啜る競争をさせてみたい。100メートル走?啜る、吸うんだから・・・100メートル吸にしとくか?ティナは予選免除だな。出場者が戦意を喪失しかねない。小学生の運動会に、電圧みたいな名前の人が出るようなもんだしな。



話を戻そう。注文を受けてから茹でていたのでは、オレが食う時間を取れないから。嫁の為ではなく、自分の為である。言わなければ美談で終わっていた事だろう。だがオレは正直でありたい。だって・・・食べたいじゃないか、人間だもの。何となく誰かの名言っぽく言ってみたが、人間じゃなかった。



3人の前にラーメンを置き、食べ方を説明する。勿論替え玉についてもしっかりと。


「「これが麺料理!?」」

「替え玉!?」


出来ればラーメンに驚いて欲しかったのだが、やはりティナは替え玉に食い付いた。そんな彼女に呆れつつも、実際に麺を啜って見せる。


「こうして食うんだが、熱いから先にフーフーして冷ますんだぞ?」

「えぇ。」

「わかったのじゃ。」


「「ふぅふぅ・・・熱っ!」」

「美味しい!!」

「何じゃコレは!?」


どうやら驚いてるみたいだな。得意気な顔になったオレだが、次の瞬間には真っ青になる。


ーー ズズズズズーッ! ーー


確かに麺を啜る音だった。だが今のは有り得ない。一口、いや一息か?とにかく時間、音量共に1回のソレではない。


ーー ドン! ーー


「お代わり!!」


ティナが丼を置き、替え玉を要求する。はいそうですか、で片付ける訳にはいかない。ティナが人外になっていないか、ちゃんと確認しなくては。・・・既に人外だったな。


「ティナ!今一口で全部食っただろ!?」

「はい。・・・いけませんでしたか?」

「いや、火傷したんじゃないか!?」

「いいえ、してませんよ?きちんと風魔法で冷ましながら頂いてますから。」

「「「はぁ!?」」」


早く食べる為とは言え、まさか魔法まで使うとは。まぁ、闘いだけが魔法の使い道じゃないよな。




わんこそばのようにお代わりを続けるティナに、オレは食事どころじゃなかった。


「ふぅ・・・ごちそうさまでした。」

「「ば、化け物・・・」」

「いや、2人もそれなりに化け物だからな?」


この世界の人達は良く食べる。だが、学園長とフィーナが5玉ずつ食べるという結果にはオレも驚いた。つまり10杯分の麺を食べた事になる。しかしその事実も今は霞んで見える。


その原因となったティナさん。まず驚くのは200グラム・・・茹で上がりで300グラム強か?それだけの麺を一気に啜る吸引力。ダイ○ンも真っ青である。更に驚くべきは食した麺の量。ティナ1人で30玉、つまり60杯分の麺を食った、いや、吸い込みやがったのだ。お腹がポッコリしているようだが、それでも全てがあの中に収まっているとは信じられない。あのお腹はアイテムボックスになっているんだ。そうに違いない。否、そうでなければならない。



しかし問題はそれだけに留まらない。スープは飲むなと言っておいたので、時々足してやる事でどうにかなった。その分1玉毎にトッピングを綺麗に平らげるのだ。替え玉と一緒にトッピングも用意しなければならないオレの忙しさと言ったら、涙無しには語れない。



「みんなも食べ終わったみたいだし、オレもさっさと食うかな。」

「でしたら私は周囲の警戒に行って来ます。」


そう言って外に向かったティナに、フィーナが呆れたような視線を向ける。


「あれだけ食べてすぐに動けるって、一体どういう体の造りなのかしらね?」

「ん?あれはオレに気を遣ったんだよ。」

「どういう事?」

「他人が食ってると美味そうに見えるだろ?」

「まだ食えると言うのか!?」


オレ達の会話が聞こえていたのだろう。学園長が声を上げた。


「当然だろ?少しは状況を考えてみろ。」

「「状況?」」

「屋内だから忘れてるのかもしれないけど、ここは何処だ?」

「「あ・・・」」

「そんな危険な場所で、満腹になるまで食う馬鹿が何処にいる?」

「「・・・ここに」」


学園長は仕方ないにしても、フィーナまで満腹とは思わなかった。頭を抱えながらも、すぐに説明に戻る。早くしないと麺が伸びちゃうもんな。


「ティナはまだまだ余力を残してるんだ。そんな状態で他人の食事を見せられてみろ。耐えられないだろ?オレも少し分けちゃうだろうし。」

「余力って・・・お腹出てたわよ?」

「普段は抑えてるけど、珍しい物や好きな物はガッツリ食べるんだ。新しい料理の場合は絶対だな。」

「・・・エルフの皮を被った何かじゃの。」


学園長の言いたい事もわかる。そして話しておくべき事を思い出した。


「そうそう、フィーナに頼みというか注意しといて欲しい事がある。」

「私?」

「正確にはティナ以外全員。多分この先、幾つもの新しい料理を出すだろう。その時、試食にはティナを絶対に同席させてくれ。」

「ルークが呼べばいいでしょ?」

「そうなんだけど、話の流れとかってあるだろ?常にティナの事を考えてる訳じゃないんだし。」

「そうね。私達の事も考えて貰わないと困るわ。」

「この先、ついウッカリが起きるかもしれない。たった1回のウッカリで危険な目に合う訳にもいかないからな。」


目を閉じ、しみじみと過去の光景を思い浮かべる。


「危険な目って大袈裟じゃない?」

「いや、ちっとも大袈裟じゃない。子供の頃、山奥に入ってこっそり試作のお菓子を食べた事があるんだ。結局すぐにバレて追い掛け回されたけどな。」

「ティナも近くにおったのか?」

「いや、数キロ離れたエリド村の自室にいたよ。」

「「へ?」」

「本人は真顔で『見えました』って言ってたけど、まぁ有り得ないよな。いいか?今のオレが作る料理は、あの頃の比じゃない。つまり、ティナの執念もあの頃の比じゃないんだ。もし何かの手違いで新作を食べられなかったと知ったら・・・最悪、街が消え去る。」


アップならば凄くシリアスな場面だろう。しかし少し引いた所から見ると間抜けである。ラーメン食いながらする話じゃないもの。少し心配だったが、オレの深刻さが伝わったのだろう。2人が強張った表情で頷いた。


「そ、そうね。ティナが食べたかどうかルークに聞いてから食べるようにって、みんなには伝えておくわ。」

「わ、儂は嫁の誰かを介して貰うのじゃ。」




学園長よ。アンタ、城に居座るつもりだな?文句を言って全力で阻止したい所だが、多分徒労に終わるだろう。嫁の中に妹のユーナがいるからな。



溜息を吐き、そしてすぐにまた溜息を吐く。・・・オレのラーメン伸びてますけどぉ!?

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