第236話 ティナの正体3

全員が黙り込んだ状況の中、真剣な表情のティナがルークに近付き声を掛ける。


「少しだけ・・・1人になりたいのですが。」

「わかった。希望する場所は?」

「エリド村に送って頂けますか?」

「あぁ。」


今は静かだが、やがて誰かが声を掛けて来るに違いない。誰かと話し合うのも大切だが、今は1人で考えたい。そう思ったティナの気持ちを察し、ルークは何処かへ転移したいのだろうと考えたのだ。


今は無人となったエリド村がうってつけだろうと、ティナはルークに告げる。あの場所ならば特に心配無いと判断したルークは、ティナの手を取り転移した。



「ありがとうございます。」

「気にしなくていいよ。・・・帰りはどうする?」

「1時間程経ったら迎えに来て頂けますか?」


ティナの頼みに、ルークは頷き返してカレン達の下へと転移するのであった。






「私は・・・誰なのでしょうか?」

「知りたいか?」

「っ!?」


誰にも聞き取れない程小さく呟いたはずのティナだったが、それを聞き取った者が問い掛ける。無人だったはずのエリド村。当然ティナは驚き、声のした方を向いて身構える。


「やっと自分の存在に疑念を抱いたようだな?」

「お義父様!?」


話し掛けながらゆっくりと歩み寄る者の正体を知り、驚いたティナが叫ぶ。そこに居たのは、ルークの父親であるアーク。動揺するティナを他所に、アークは話を進める。


「ルークの正体を知りながら、それでも記憶を取り戻さないとは思わなかった。」

「記憶?お義父様は私の事をご存知なのですか!?」

「あぁ。お前を転生させたのはオレだからな。」

「え?」

「結果的にルークに嘘を吐く事になってしまったが、今は置いておこう。結論から言うと、お前はこの世界で最初の転生者だよ。」

「一体・・・私は何なのですか!?」




「落ち着け。教えてやりたいが、まずは記憶を取り戻すのが先だ。」

「記憶を?ひょっとしてお義父様が・・・」


話の流れから、転生前の記憶をアークが封じたのではと考えたティナ。しかしアークは首を横に振る。


「オレは何もしていない。と言うか、誰も手を出してはいない。理由は解明されていないが、生まれ変わると生前の記憶を失ってしまうんだ。」

「何故・・・でしょう?」

「必要ないと判断するんだろう。過去に縋った所で意味は無いだろ?例えばお前の前世が獣人だったとする。エルフに生まれ変わった場合、その記憶が役立つと思うか?」

「・・・経験は無駄にはならないと思います。」


少し考え、全く役に立たない訳ではないと思ったティナが答える。


「まぁそうだな。だが、役に立たない記憶も多いはずだ。」

「それは・・・」

「そして役に立つ記憶だけを選んで覚えていられる程、ヒトは器用に出来ていない。全部覚えたままか、全て忘れ去るか。この2択を迫られる訳だ。そして全て覚えている場合、その記憶・・・思い出に囚われる。それでは例え生まれ変わった所で、幸せにはなれないだろ?」

「だから忘れてしまうと?」

「というのがオレの考えだ。検証した事も無ければ、しようとも思わない。事実を基にした考察だ。誓って言えるのは、膨大な数の生まれ変わりに一々干渉していられる程、神族も暇ではないという事だけだ。」


アークの説明に、ティナはふと疑問を抱く。


「生まれ変わり・・・魂を管理しているのではないと?」

「そうなるな。今の時代、神が管理するにはあまりにも生命の数が多すぎる。まぁ、その辺は追々知る事が出来るだろう。それよりも今はお前の記憶だ。」

「お義父様は、私の記憶を操作出来るのですか?」

「それは無理だ。オレに出来るのは、お前の記憶に刺激を与える事だけさ。今までのお前には無意味だったが、今ならおそらく効果があるだろう。保証は出来ないが、それで多分思い出す。駄目でも特に影響は無い。どうする?」


リスクがあるのなら断ろうと思ったかもしれない。しかし何のリスクも無いと聞かされれば、導き出される答えは決まっていた。


「・・・お願いします。」

「思い出せば、今の生活に戻れなくなる可能性もあるが・・・本当にいいんだな?」

「構いません。どの道、今のままでは皆さんに迷惑を掛ける事になりますから。」

「わかった。ならやるぞ?」

「はい。」


覚悟を決めたティナは、返事と共に目を閉じる。そんなティナを確認し、アークはティナに向かって手を翳した。時間にして僅か数秒の後、アークは手を下ろしてティナから距離を取る。


特に何が起こる訳でも無い。ただ単に、時間が掛かるだろうと考えての行動だった。そのまま近くにあったベンチに腰を下ろし、静かにティナを見守る。



肝心のティナは、と言うと・・・非常に冷静であった。特に動揺する事もなく、数分の後ゆっくりと目を開く。


「思い出しました。ですが・・・・・別人のようになる訳でもないのですね。」

「それはそうだろう。同じ魂なんだからな。」

「そう、ですか。・・・お義父様にお願いがあります。」

「少し待て。先に話しておかなければならない事がある。」

「?」


一刻も早く会いたい人がいる。そんな落ち着かない様子のティナを諌めるように、アークはティナに切り出した。


「今、お前が置かれている状況について説明しておこう。ルーク・・・秀一達と一緒の時に説明してもいいんだが、先に知っておいた方がいいだろう。」

「・・・わかりました。」


みんなと一緒の時では動揺するかもしれない。そんな内容なのだと理解したティナは、アークの提案を受け入れる事にした。


「色々と気になる事はあるだろうが、今はお前の事に関する説明だけにしておく。質問は後だ。」

「はい。」

「まずお前の種族だが、大まかにはエルフ族と言っていい。アイツが鑑定出来なかったのは、普通のエルフとは微妙に異なるからだ。」

「微妙に異なる?」

「あぁ。実はお前の転生、はっきり言って予定外だった。予定外と言っても、転生させる事自体は決まっていた。問題だったのはその時期。」

「時期?」

「本当ならば5、60歳までは生きられるはずだった。しかし予定外の死に、オレの準備が整わなかったんだ。」


予定外の死。その言葉の意味を、ティナはすぐに理解した。


「つまり私は・・・誰かに殺されたのですね?」

「正確には、そのキッカケとなる出来事があったんだが・・・これはお前の胸の内に秘めておいてくれ。アイツに暴走されたら面倒だからな。でーー」


断りを入れてから、何があったのかを説明するアーク。全てを聞き終えたティナだが、終始落ち着いたものであった。


「ーーとまぁ、そんな感じだ。犯人達にはこちらで裁きを下しておいた。悪いが復讐は出来ないぞ?」

「そうですか・・・。別に復讐するつもりはありませんよ。」

「ならいい。しかし、随分と落ち着いているんだな?」

「もう過ぎた事ですから。」


まだ表情は硬いが、それでも本心から言っているのだろう。そんな風に見えた事で、アークは本題に入る事にした。


「そんな訳でお前の転生する肉体を確保出来なかったオレは、あるモノの力を借りる事にした。」

「モノ?」


人や神ではなくモノ。そう告げられた事で、ティナは警戒感を顕にする。


「この世界、フォレスタニアには特別なモノが存在している。真っ先に魔神へ対処した理由がソレなんだが・・・この世界には『霊樹』と呼ばれる木がある。」

「霊樹?それは、地球の物語で言う『世界樹』のようなモノですか?」

「ん〜、まぁそんな感じだな。その霊樹の力を借りて、お前の肉体を作り出した。」

「っ!?」

「アイツが転生するまでの間、生き長らえて貰わなければならなくてな。エルフ族なのは確定事項だった。だが幾ら霊樹でも、適当に肉体を生み出す訳にはいかない。どうすべきか悩んでいる所に、ある一組の夫婦が現れた。」


ある一組の夫婦。それが誰を指すのか、ティナは瞬時に理解する。


「それが母達の姉夫婦ですね?」

「あぁ。厳密には、近くで命を落としたと言うべきだな。」

「なっ!?」

「当然だろう。そもそも、霊樹の近くまで辿り着いただけでも驚きなんだ。」


一体何処にあると言うのか。そう尋ねようとして思い留まる。質問は最後、そうアークに言われていたのだから。聞き返したりもしていたのだが、それをアークが咎める事はなかった。その優しさに甘えて良いものでもないと、ティナは考えを改めたのである。


「その女性を基にして生み出されたのがお前だ。故にエルフ族。だが自然の摂理から外れた存在。そんな訳で、アイツの鑑定ではわからなかったという事になる。」

「そうですか・・・」

「そして問題はまだあった。例え霊樹であっても、いきなり大人を生み出す事は出来ない。赤ん坊のお前を誰かに託す必要があった。しかしオレが干渉する事も出来ない。そこで霊樹は命を落とした2人に、一時的だが命を与える事にした。」

「一時的に?きちんと生き返らせる事は出来なかったのですか?」


生命を生み出す程の力を持った霊樹である。1人や2人の命を生き返らせる事など容易いだろう。そう考えたティナは、質問せずにはいられなかった。


「お前の肉体を作り出すのに消耗したんだ。幾ら霊樹と言っても、無尽蔵の力を持っている訳じゃない。使えば減るのは当然だろ?それに、お前の肉体を作るのは大仕事だった。余力なんて無かったのさ。」

「では、私のせいで2人は・・・」

「それは違う。お前が居たから家族に看取って貰うチャンスを得られたんだ。お前が居なければ、そのまま朽ちていた事だろうさ。」


即ち、ティナがいなければ関わらなかった。そうアークは告げているのである。これにはティナが不快感を顕にする。


「お義父様は助けて下さらなかったのですか?」

「そうなるな。と言うか、オレが世界に干渉する事は無い。お前達に関わっているのだって、本来ならばあり得ない事なんだからな。」

「どういう事ですか?」

「どうしても神崎家の、アイツの力を借りたかった。だが直接頼み込んだ所で断られるのはわかっている。だからこそお前を先に転生させた。」

「つまり私を利用したと?」

「そうだ。念の為言っておくが、悪いとは思ってないからな?」

「・・・そうですね。感謝こそすれど、お義父様を恨むのはお門違いでしょう。再びあの人と巡り合わせて下さったのですから。」



前世の記憶を取り戻したティナの言葉は本心であった。利用されたとは言っても、喉元に刃を突き付けられた訳でもない。そんなティナとしては、感謝の気持ちしか無かったのである。・・・今の所は、だが。

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