第166話 エリド達の動向

ーーラミス神国某所ーー



「ーーーと言う訳で、今後はより一層の警戒が必要となる。」

「信じられん。しかしお主等がそう言うのであれば、面倒な相手に目を付けられた事になるのぉ。エリドよ、どうする?」


つい先程の出来事を報告したアスコットに、ランドルフが険しい表情で呟いてからエリドへと話を振る。


「相手の姿を捉えられなかった以上、排除も難しいでしょうね。・・・わかりました。計画を早めましょう。アレン、解析の方はどうなっています?」

「あ?お、おう!バッチリ終わってるぜ!!ありゃ10人掛かりで丸1日、4人ずつ交代だと丸5日って所だな。」


アレンと呼ばれた男性は、急に話し掛けられた事に戸惑いながらも順調な旨を告げる。


「占拠と破壊に人員を割くのは必然として、問題は戦女神の対応ですね。」

「カレン様を相手にするなら、最低でも4人は必要よ?それも時間稼ぎに限った話だもの。確実に押さえ込むなら10人掛かりになるでしょうね。」


半ばお手上げといった様子でエレナが口を挟む。この場に集まった全員を見回して、エリドが解決策を提案する。


「戦女神の相手は私がします。皆さんは結界へ総攻撃を仕掛けて下さい。約20人なら半日で終わりますよね?」

「「「「「なっ!?」」」」」


単独でカレンを押さえ込むと言い切ったエリドの言葉に、エリド村の住人全員が驚きの声を上げる。そして誰かが反論する前に、エリドが機先を制して説明を行う。


「当然奥の手を使います。出来れば最後まで隠しておきたかったのですが、今回の作戦が失敗するよりはマシでしょう。」

「「「「「奥の手?」」」」」


エリドの言う奥の手が何なのか、知っている者はいない。それは警戒心からではなく、単純に使う機会が無かったからである。いや、正確には使う機会はあったのだが、それを目撃した者はいなかったと言うべきか。村の住人達の前に姿を表すのも久しぶりなのだから、当然と言えば当然である。


揃って首を傾げる村人達に笑いを堪えつつ、エリドは全員に問い掛ける。


「その話は置いておくとして、決行は5日後で構いませんか?」

「あぁ。カレン様に気付かれないように動く必要が無いなら、他に準備する事も無いからな。」

「元々全員の武器は揃っておるしな。」


全員を代表するようにアスコットが答えると、その意見を肯定するようにランドルフが補足する。元々エリド村の者達は、カレンの妨害を警戒するが故に行方を眩ましていた。そのカレンを正面切ってエリドが抑える以上、警戒する必要は無い。面倒な小細工無しの正面突破に、態々異を唱える者などいない。


「では皆さんは、5日後の夜明けと共に結界の破壊を。私はその少し前に、迷いの森にて戦女神を迎え入れます。指揮はエレナ・・・いえ、ここはアレンに任せるとしましょうか。」

「へ?・・・オレか?」


突然自身の名を呼ばれた事で何とも間抜けな顔をした狼の獣人が、自らを指差して聞き返す。これまではエレナが村人を取り纏めていた。今回も同じようにエレナが指揮を執ると思っていただけに、その驚きは隠し切れない。それは他の村人達も同様であった。


「戦女神は私が抑えますが、1人行動の読めない者がいるでしょう?万が一エレナの前に立ち塞がった場合、正しい判断を下せるとは言い切れませんからね。」

「・・・ルークね。」


エリドの説明にエレナが思い当たった者の名を口にする。当然他の者達もルークを思い浮かべていた為、何も言えなくなってしまう。


「エレナの事は信頼しています。ですが今回も問題無いと言い切るだけの確証はありません。今回ばかりは、不確定要素を持ち込む訳にはいかないのですよ。とは言ってもエレナの力は頼りにしていますから、外すつもりはありませんけどね?勿論アスコットも。」

「えぇ。」

「あぁ、わかってる。」


エリドの考えを聞き、エレナとアスコットが理解を示す。長年家族として暮らして来た者であり、愛娘の夫でもある。喧嘩別れでもしていれば違うのかもしれないが、そうでない以上は確実に動揺するだろう。今回の場合、その大小は問題ではない。0から100ではなく0か1か、という事なのだ。


ルークもまだまだ未熟とは言え、相手はカレンと同じ神である。現在の実力が未知数である以上、判断の遅れや迷いによって作戦自体に影響を及ぼすかもしれない。今回の機会を逃せばカレンに目をつけられるとわかりきっているのだから、可能な限り不測の事態は避ける必要があった。


この場に集まった者達もエリドの考えは理解出来た。だからこそ、誰も声を上げなかったのである。


「決行のタイミングはアレンに任せます。他に何も無ければ解散としますが・・・問題無さそうですね。それでは成功を祈ります。ご武運を。」


全員の様子を確認するエリドに対し、全ての者達が頷きを返す。その反応を見てエリドが解散を告げると、エリドを除く全員が建物を後にした。もう作戦成功まで顔を合わせる事も無いだろう。そんな事を考えながら立ち尽くしていたエリドだったが、人の気配が消えた事で沈黙を破る。


「戦女神の足止めとは言え切り札を切るのですから、この機会に息の根を止めてしまいましょうか。しかしもう1人の神が鬱陶しいですね。確かルークと言いましたか。先にそちらを片付けるべきでしょうかねぇ・・・どう思います、イリド?」

「・・・下手に手を出すと戦女神に勘付かれる。それに神と言っても所詮は子供。雑魚は放っておけばいい。」


誰もいないはずの室内で、エリドは自身の右側に向かって声を掛ける。するとイリドと呼ばれた女性が突如としてエリドの真横に姿を現した。エリドに瓜二つの女性。彼女の双子の姉であり、エリドの言う切り札の正体である。



この世界において、イリドの存在を知る者はいない。それ故にエリドと敵対した者はエリドにのみ警戒する。そこに全くの無警戒だったイリドが現れるのだから、如何なカレンと言えど対処は困難を極める。どれ程の実力者であろうと、無警戒の状態でイリドの存在は察知出来ない。それは彼女の特殊能力によるものなのだが、それを知るのはエリドだけであった。


そんなイリドの辛辣な物言いに、エリドが待ったを掛ける。


「問題なのは神が齎す加護です。戦女神に対しても新神の加護が及ぶのかはわかりませんが、その度合いによっては逆に我々が危険でしょう。」

「忌々しい戦女神を殺して道半ば。全ての神器を壊して、あのお方の望みは成就する。その為に数百年も耐え忍んで来たのだから、今回は結界の破壊を優先すべき。」

「そうですね。結界さえ破壊してしまえば、後は何時でも構いませんよね。今回は敢えて苦汁を舐めるとしましょうか。」



イリドとエリドの間で話が纏まると、2人の姿は突如として消え去ってしまう。カレンにとっては繊細一隅のチャンスだったのだが、何を企んでいるのかさえ把握していないカレンには知る由もなかった。






ーーその後のエレナ達はーー



自分達で用意した拠点に戻ったエレナとアスコット、そして共に生活しているリューとサラはリビングに集まっていた。そこで浮かない表情のまま黙り込むエレナに気付いたサラが声を掛ける。


「どうしたの?」

「えぇ・・・少し気になる事があるのよ。」


躊躇いながら答えるエレナの様子に気付いていたのか、隣に座っていたアスコットも口を開く。


「奥の手ってヤツだろ?」

「「奥の手?」」


アスコットの言葉を疑問に思ったリューとサラが聞き返す。普通に考えれば、カレンを止める為の手段を隠していただけの話である。一体何が引っ掛かるのかわからなかったのだ。


「そう、エリドが隠してると言う奥の手。おかしいと思わない?『最後まで』って言ったのよ?」

「それは『神器の破壊』が私達の最終目的だからじゃない?」

「ここで明かしたら、その時使えなくなるだろうからな。」


エレナの疑問を、サラとリューが真っ向から否定する。当然エレナも承知の上である。にも関わらず、納得出来ない点があったのだ。


「普通に考えるとそう思うわよね。でもエリドはこうも言ったのよ。『戦女神の足止めとは言え切り札を切る』って・・・。つまりエリドが隠す切り札は本来、カレン様を足止めする為の物ではない、と言う意味でしょう?」

「それは・・・」

「確かに・・・」


エレナの指摘に反論する要素が見当たらず、リューとサラは言葉に詰まる。サラに至っては納得し掛けている。黙り込んでしまった3人の様子に、エレナと同じ疑問を抱いていたアスコットが提案する。


「そもそも村に姿を見せなかったから、エリドの事ってほとんど知らないよな?」

「「「えぇ(あぁ)。」」」

「・・・監視するか?」


アスコットの提案があまりにも予想外だったのか、3人は物凄い勢いでアスコットに顔を向ける。


「そもそも連絡手段が無いんだから、見付からなけりゃいいんだろ?オレとエレナが抜けるのはマズイだろうから、リューとサラ・・・あとはランドルフとライラの2チームで尾行したらどうだ?」

「いや、エリドとカレン様が戦闘になった場合、そのメンバーだと巻き込まれた時に対処出来ない。」

「そうね。私とエレナ、ランドルフとライラでどうかしら?」


エリド村でも屈指の実力者であるエレナとアスコットのコンビは、今回の作戦における要とも言える存在である。2人揃って抜けるのは他の者達から反対される恐れがあった。その為アスコットはリューとサラに任せようとしたのだが、自分達が実力で劣る事を把握しているリューは反対する。


そしてサラは解決策として大胆にも、反対覚悟でチームの入れ替えを提案したのだ。無論、自分が危険な迷いの森へ向かう事を前提に。しかしサラにとっては予想外な反対意見が出る事となる。


「それならオレとアスコットが行こう。」

「お!?それは名案だな!」

「「なっ!?」」


リューとしては、女性を危険な場所に向かわせたくなかったのである。しかも愛する妻なのだから、その想いは強かった。ならばライラと呼ばれる女性はどうなんだと問われれば、返答に窮する事となるのだが。


これには考え事に没頭していたエレナも不満の声を上げる。この世界において、戦闘における男女差はほぼ無い。その為、自分達が除け者にされたと思ったのである。そして当然の事ながら、口論における男女差はある。どの世界であろうと、口では大抵女性に軍配が上がるのだ。


「じゃあ早速ランドフルとライラに「「待ちなさい!!」」・・・はい。」

「・・・・・。」


善は急げとばかりに部屋を飛び出そうとしたリューだったが、サラとエレナに引き止められる。只でさえ嫁には逆らえないリューは、エレナまで加わった状況に抵抗する気にもならなかった。そんなリューに対して哀れむような視線を向けるアスコットであったが、当然彼もリューに同意していた。つまり嫁達の怒りの矛先はアスコットにも向くのである。



男性達の名誉を守る為にもこれ以上の詳細については控えるが、迷いの森へ向かうメンバーがエレナ、サラ、ランドルフ、ライラの4名となったのはお察しの通りである。

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