第90話 獣王陛下

翌朝、ルークは最後に野営していた地点へと戻り、全速力でアームルグ獣王国の王都を目指すつもりであった。しかし、朝食時のカレンの一言によって、予定を大幅に変更する事となる。


「王都でしたら、私が送りますよ?」


世界中をお散歩・・・見回っているカレンが、獣王国の王都を訪れていないはずが無かったのである。折角入れた気合も抜け切り、皆が呆れる程に気の抜けた状態で王都へと送り届けられた。


「それでは皆さん、気をつけて下さいね?」

「おぉ、カレンちゃん。送ってくれてあんがとね〜。いい子いい子。」

「ほら、ルーク!シャキっとしなさいよ!!」

「ナディアちゃんは今日も元気だねぇ。いい子いい子。」

「・・・ビンタしてあげよっか?グーで。」


送り届けてくれたカレンの頭を撫でると、微笑んでくれた。流石は女神様や〜。叱責してきたナディアも頭を撫でてやるとキレられてしまった。グーでビンタって、普通にパンチだからね?


「さぁ皆、気を抜いてると危険だぞ!」

「ふふふ。・・・あぁ、ルーク。万が一転移出来ない階層があるようでしたら、無理せず引き返して下さいね?」

「何それ?」

「我々の転移を封じるようなダンジョンは、魔神が気合を入れて作った証です。間違いなく最高難易度ですからね。」


え?今おかしな単語が入ってなかった?まじん?あ、マシンの事か!マシンも気合を入れる事があるんだねぇ・・・アホかっ!!


「魔神が作ったって何?どういう事?」

「ルークは知りませんでしたか。ダンジョンは魔神が作り出した物の1つなので・・・あら?その様子ですと、フィルフィアーナも知りませんでしたか?」


カレンの言葉に、他の嫁さん達に視線を移してみると、全員が鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。付け加えておくが、オレは豆鉄砲をくらった鳩を見た事など無い。鳥に表情なんか無いだろ?って思っているのは内緒だ。オレがくだらない事を考えている間にも、話は先に進んでいく。


「初耳よ。と言うか、知ってるのはカレン様だけなんじゃないかしら?」

「そうですか・・・では簡単に。ダンジョンとは、神の加護が弱い場所に開けられた『穴』のような物です。その穴を広げるが如く、ダンジョンは成長を続けます。そして同時に、中に入って来た戦力を削ぐという意味合いも含まれているのです。故に、魔神が気合を入れて作ったダンジョン程、その面積も内部の魔物の強さも大きいという訳です。」


事前にダンジョンの説明を受けてはいたが、異世界ゆえの『ファンタジー』という言葉で片付けようと思っていた。仕組みはわからないが『成長する』と言われたら、都合の良い言葉で片付けるしかない。しかし、魔神が作ったと言われると、不思議と納得してしまうのであった。


「気合入れて作られたダンジョンが転移を封じるって言うのは?」

「神が世界を作ったように、魔神がダンジョンを作った。つまり、魔神の作り出した世界なのです。ですから、異世界のような物と思って頂けたら納得して頂けませんか?」

「あぁ、納得したよ。オレは異世界には転移出来ないからね。」

「そういう事です。今はまだ、ですけどね?」


楽しそうに微笑むカレンに見惚れていると、不機嫌そうにルビアが口を挟んでくる。


「とりあえず、今は国王陛下の元に向かわない?」

「はいはい、わかったわよ。ルビアは、ルークとカレン様が楽しそうにしてるのが気に入らないって事ね?さぁさぁ、それじゃあさっさと行きましょうか。」

「ち、違うわよ!・・・違わないけど。」


フィーナの言葉を否定したが、どうやら図星だったようだ。後半は小声だった為、ルークとカレンには聞こえていなかったものの、顔が赤くなっている時点でバレバレである。


ルーク達はカレンとの別れを済ませ、城へ向けて移動を開始する。その道中で、フィーナが疑問を口にした。


「所で、どうしてナディアも一緒なの?」

「ん?それは、この国に来た本来の目的が『ナディアの姉探し』だからでしょ?ルビアの護衛の報酬だったはずだけど・・・。白狐の獣人の情報を貰う約束した事、もしかして忘れてた?」

「あはは。ごめん、すっかり忘れてたわ。そう言えばそうだったわね。義理の父に挨拶に行くんだと思ってた。」

「それも間違いじゃないんだけどね・・・。」


フィーナに言われ、改めて実感が湧いてくる。『お宅のお嬢さん達を僕に下さい』って言いに行くようなもんだが、地球でそんな事を言われたら殴られるだろう。オレだって言いたくはない。それに、嫁さん達の家族に挨拶もしていない事を思い出した。後でスフィアに調整を頼んでおくとしよう。


そんな事を考えている内に、どうやら城門前まで辿り着いたようだった。兵士達がルビアを見て声を掛けて来る。


「姫様!お帰りなさいませ!!」

「そちらの方々は?」

「あぁ、うん。こちらが私の旦那様で、あとの2人は奥さん達よ。ところで、陛下は城内かしら?」

「「は?」」


兵士達は呆気にとられてしまったようだ。当然の事だろう。他国に出掛けたはずの姫が帰って来たと思ったら、突然の結婚しました宣言だ。オレならば、次に思うのは『何言ってんだ、コイツ?』だろうか。


しかし訓練されているのだろう。すぐに兵士達の意識が戻り、ルビアの問い掛けに答える。


「は!陛下は城内にて執務中のはずです!!」

「そう。じゃあ私達は陛下に用があるから行くわね?」

「え?あ、はぁ。え?え?」


戸惑う兵士達を余所に、ルビアは城内に向かって行ったので、オレ達も遅れないように付いて行く。道中も様々な人達から声が掛かるのだが、ルビアはお構い無しである。そのまま城内を進むと、正面に1人の老人が立っていた。


「姫様、一体何事ですかな?後ろのお客様も・・・。」

「ガウス宰相じゃない。丁度良かったわ、お父様に話があるのよ。今何処にいるのかしら?」

「執務室にいらっしゃいますよ。それで、先程の問にはお答え頂けるのですかな?」

「そうね、何度も説明するのも面倒だし、貴方も一緒に来てくれる?」


ルビアはオレ達と一緒に獣王への面会を考えていたようだが、それは流石に不味いだろう。例えどんな相手だろうと、アポ無しで『初めまして』は非常識だ。


「ごめん、ルビア。先に行って、事情を説明して貰えないかな?その方が揉め事も少ないだろうし。オレ達は謁見の間の前で待ってるから。」

「それはダメよ。謁見の間だと人払いしなくちゃいけないもの。私は無駄な事が嫌いなの。私の性格、ちゃんと覚えてね?だ・ん・な・さ・ま。」

「だ、旦那様ですとぉ!?」


え〜と、ガウス宰相だっけ?驚き過ぎじゃね?顎が外れちゃいますよ?


「そういう事よ。だから・・・わかったかしら?」

「わ、わかりました。では、私が陛下に説明して参りますので、呼びに来るまでお待ち頂けませんか?」

「ん〜、だから「お願いします!」ルーク?私は、んぐっ!」


ゴリ押しされそうだったので、手でルビアの口を塞いでガウス宰相の言う通りにした。ルビアの性格は大体把握出来たよ。オレ以上に強引な性格だ。


不満そうなルビアを抑えたまま、待つこと数分。ガウス宰相が駆け足で戻って来た。そのままガウス宰相に連れられて、豪華な扉の前まで辿り着くと、宰相が扉をノックする。


「陛下、お連れしました。」

「入れ。」


宰相の後に続き室内へ足を踏み入れると、立派な執務机が目に入る。そこに座っているのは、髭を蓄えた筋肉質な豹の獣人。見た目の印象は60歳前後だろうか?明らかな風格を漂わせているその人物は、ひと目で国王だとわからせる迫力がある。


「ただいま、お父様!」

「おぉ、ルビアよ。無事で何よりだ。」

「実は、あと一歩で助からない状況まで追い込まれたの。そこで彼に助けられて、色々あって娶って貰ったわ。」

「その色々が聞きたいのだがな・・・」


獣王陛下が呆れた顔でルビアを見ている。どうやらいつもの事らしいな。おっと、まずは自己紹介からだ。


「お楽しみの所失礼します。私はフォレスタニア帝国皇帝、ルーク=フォレスタニアです。この度、ルビアさんと妻に迎える為に、ご挨拶に伺いました。」

「お主が帝国の・・・他国の王に対して腰が低いのは考えものだが、まぁ結婚の挨拶に来たという事にしようか。オレがアームルグ獣王国国王、バラン=オズワルド=アームルグだ。よろしく頼む。」


獣王陛下が執務机からこちらに歩み寄り、握手を求めて来たので応じると、ソファーへ座るよう勧められた。


「まずは、ルビアを助けて貰ったとか?大変感謝している。おまけに妻として迎え入れてくれるとか?くっくっくっ・・・オレは皇帝陛下に足を向けて寝られんな。」

「いえ、助けたのは偶々です。それに、ここまでの護衛に関しても対価を頂く約束でしたので。」

「対価だと?」

「はい。白狐の獣人に関する情報と引き換えに、王女殿下の安全を保証しました。」

「白狐だと!?そうか・・・良く見れば、そこにおるのはナディアではないか!つまり、欲しているのはアイネの安否という訳だな?」


アイネ?それがナディアの姉さんの名前か?そんな事を考えていると、ナディアが口を開いた。


「獣王陛下!姉の行方をご存知なのですか!?」

「安否まではわからんが、最後に向かった場所ならば知っておる。」

「教えて下さい!姉は何処に!!」

「まぁ落ち着け。急ぐ必要も無い。ちゃんと教えてやる。だがまずは、ルビアと皇帝・・・ルークの事だ。義理の息子となる事だ、ルークと呼ばせて貰うぞ?」

「えぇ、構いませんよ。」


厳つい顔のバランが顎髭に手を当てながらニヤリと笑う。これは・・・例の姉妹丼の話だろうな。


「ならばルビアから聞いたと思うが、ジュリアも嫁に迎えて貰う。異論はあるか?」

「異論はありませんが、疑問・・・というか、確認したい事があります。正直私は、ルビアだけでも充分満足なのです。ですから、ジュリア王女には好きな方と結ばれて欲しいと思っているのですが?」


ここまでの道中でじっくり考えた断り文句だ。これならば誰も傷つかない、最高の出来じゃないだろうか?


「ふむ。ルークの想いは良くわかった。ならば、ジュリアも共に娶って貰おうか。言質も取れた事だしな?」

「は?ですから、ジュリア王女は好きな方と・・・」

「ジュリアの想い人はお主だ、ルークよ。実は先日手紙が届いてな?そこにしっかりと『クラスメイトのルーク様に一目惚れしました。他の男性の事など考えられません。』と書かれておったのよ。・・・くっくっくっ。」


な、なんですとぉ!?最高の断り文句が、最高の受け入れ文句だったじゃねぇか!!


「はっはっはっ!上手い事断るつもりだったんだろうが、オレの娘達の方が上手だったようだ!!まぁ、色々と聞いて欲しい頼みもあるんだが・・・詳しい話はスフィア王妃と話し合わせて貰うぞ?」

「えぇ・・・そうですね・・・。」

「さて、それならオレからは一言だけ言わせて貰おうか。オレの可愛い娘達を不幸にしたら許さんからな?」

「心配しなくても、幸せにしてみせますよ。お義父さん?」

「はっはっはっ!なら今夜は宴会だな!!今日はゆっくりしていけよ?」


この世界の結婚観、やっぱついていけないって。最終的にほとんどの国の・・・いや、口に出してはいけない!しかし・・・姉妹丼は捨て難い。


はっ!?つい心の声が!!

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