第224話 アクシデント

王都を目指して移動を続けていたルーク達は、当初の予定から1日遅れで王都の近くまで来ていた。


「やれやれ、遅れたのが1日で助かったよ。」

「本当にスマンかったのじゃ!」


オレから冷たい視線を向けられ、反射的に土下座する学園長。何故こんな事になっているのかと言うと、事態は3日程遡る。



「川なのじゃ!」

「それなりに大きな川ですね。」

(熱帯雨林じゃないけど、アマゾン川みたいなもんかな?ティナが言うように、規模は全然小さいけど。)


イメージとしては、アラスカなどの河川だろうか。熊が鮭を捕まえるシーンを思い描くような、そんな風景である。少し違和感を覚えるのは、水深がありそうなのと川の形状のせいだろうか。


「この川が見えたって事は、王都まではあと1日ね。」

「では、予定よりも1日早いという事ですか。」

「開けた地形だし、この辺で1日時間を潰そうか。人や魔物は良く来るのかな?」

「あまり来ないわね。この国の住人や魔物は、あまりこの川に近寄らないのよ。」

「何故ですか?」

「ああ見えて流れが急なの。形状が真っ直ぐでしょ?落ちたら数十キロは流されるって話よ。」


フィーナが説明するように、まるで整備された用水路を思わせる。普通の川のように、曲がりくねったりしていないのだ。つまり、落ちたら上がれない事になる。


「魔物はいないのか?」

「いないわ。当然魚もね。周辺に湖や池が無数にあるから、水棲の魔物はそっちにいるのよ。態々餌のいない川に住む理由はないでしょ?」

「激しく同意します。」


食い物の話を出された為、ティナはすぐに納得出来たらしい。思わず苦笑したオレだが、ふと気付いた事がある。


「・・・学園長は?」

「え?先程、川に向かって走って行きましたけど?」

「この国の住人は川に近寄らないんだよな?」

「そうよ。この国の住人は・・・この国の・・・」

「「「まさか・・・」」」


フィーナの言葉は、別にフリでも何でもない。だがそこは空気を読まない学園長である。オレ達が一斉に視線を向けるよりも早く、お約束通りの展開となる。


ーー ドボーン!


「ひゃあ!な、流れが早いのじゃ!!た、たすけ・・・」

「ちょっ!」

「学園長!」


学園長の声が、あっという間に聞こえなくなる。別に溺れた訳じゃない。単純に距離が離れただけだ。焦る2人が向かおうとするが、オレはそれを制止する。


「落ち着け!2次災害になるぞ!!」

「そ、そうね。」

「取り乱しました。」

「うん。ならまずは・・・実況見分をしよう。」

「「そうね(そうですね)・・・え?」」


勢いに任せたら何とかなるかと思ったが、早くも疑問に思ったらしい。ここはもうひと押しだろう。


「2人とも見ろ!あそこに衣服が脱ぎ捨ててある!!」

「学園長の服ですね・・・」

「泳ぐ気満々だったんじゃない・・・」

「自業自得だな。この件は事故と断定された。よって捜査は終了とする。解散!」

「「はい!」」


あっさりと引き下がった2人を見て、思わず顔がニヤけてしまう。そんなオレを見て、フィーナが問い掛けて来た。


「どうするの?」

「祈ろう・・・このまま流されてくれた方が人々の為になるさ。」

「それもそうね。」


オレと同じ考えに至ったのだろう。フィーナがオレの隣に立ち、同じく学園長が流された方を見つめる。


「・・・2人共!巫山戯てないで追い掛けますよ!!」

「「は、はいっ!」」


やっと状況を理解したティナに叱られ、オレとフィーナが大人しく従う。全速力で走り出したティナを追い掛け、オレとフィーナが後に続く。


空を飛べれば早いんだが、王都の近くでそれはマズイ。やむなく走っているのだが、木々が邪魔で追いつけずにいた。




走り始めてからおよそ2時間。ここでティナとフィーナの息が切れ始める。2時間も全力疾走とは恐れ入った。オレなら飛ぶか転移しちゃうね。近くのコンビニにも車で行くような感覚だろうか?車持ってなかったけど・・・。


因みにオレは余力を残してるからまだまだ余裕だ。



「もう100キロは走ったと思うけど・・・どうやって助けるの?飛び込むのは無しね。」

「はぁ、はぁ、それ、は・・・」

「はぁ、はぁ・・・ロープ?」


言葉に詰まるティナに、単語を口にするフィーナ。多分、ロープを投げたらどうか?と言いたかったんだろう。


「そんなに長いロープなんか無いけど?」

「「はぁ、はぁ・・・。」」


喋る余裕が無いのか、それとも何も思いつかないのか。まぁ、全力疾走中に頭を使えと言う方が間違いだろう。そしてオレは意地悪してる訳でもない。


アイテムボックスには色々と入っているが、そうそう都合良く必要な物が入っている訳でもない。しかも時速50キロで流される学園長にロープを掴ませ、それを引き上げなければならない。下手したら水流に負けて2人もドボンである。


何でお前が助けないのかと思うだろうが、オレが動くのはマズイのだ。要救助者は見た目が幼女で裸のダークエルフ。そこにエルフ族ではないオレが何かしようものなら、誘拐犯か変態だと思われるだろう。


どうせ変態扱いされるのなら、とびきりの美女にして欲しい。学園長だけはご免なのだ。



見られなければいいのだが、そういう時に限って目撃されるものである。これは最初に話し合って決めた事。オレが勝手に破っていい約束ではない。頼まれればやるが、2人が何も言わない以上はダメなのだ。


しかしこのままマラソンしても仕方がない。オレから提案するしかないだろうな。



「2人共止まって!」

「「?」」

「このまま追い掛けても意味が無い。」

「ですが!」

「仮に追い付いたとして、それからどうするんだ?並走して声を掛けるだけだろ?」

「それは・・・」


冷たいと思われるかもしれないが、誰かがハッキリ言わなければならない。


「走りながらじゃ何も考えられないよな?」

「・・・否定は出来ないわね。」


思った通りノープランだったらしい。なら、オレの案も通りやすいかな。他に良い案があればそっちでもいいんだけど。


「もう2人を抱えて飛ぶしかないんじゃないか?」

「ですがそれではルークが・・・」

「それなんだけどさ、上空を飛ぶから見つかると思うんだよ。」

「「?」」


やはりオレの意図は伝わらないらしい。みんなは飛べないから仕方ないか。


「水面ギリギリを飛べばいいと思わないか?」

「それはそうですけど・・・」

「出来るの?」

「問題無い。追い付いたら2人は学園長を引き上げてくれ。ただ学園長が暴れないよう、しっかり押さえて欲しいんだ。バランスを崩したら、全員一緒に落ちるからね?」


その光景が想像出来たのか、2人が揃って頷いた。一応、学園長に近付いた段階でスピードは落とすつもりだ。引き上げる前に指示を出さないと、こっちが危険だからね。



2人を両脇に抱え、水面ギリギリを下って行く。風魔法の障壁を展開し、風圧対策するのはお約束である。お陰で2人も会話する余裕が出来たらしい。


「これは快適ね。私達の苦労は何だったのかしら?」

「出来れば汗をかく前に言って欲しかったです・・・。」

「全然臭わないから、気にしなくていいんじゃない?」

「「・・・・・。」」


オレはそこまで変態じゃないので、汗の匂いを嗅ぐ趣味は無い。幾ら美人でも汗臭かったら引くだろう。そういった意味では、ティナもフィーナも全然臭わないのが不思議な程である。


言ってから気付いたのだが、オレは自爆した。匂いを嗅いだと言っているようなものなのだ。上手い事言い逃れるのは可能なんだけど、話題を変えるのが手っ取り早いはず。


「丁度いい機会だから聞いておきたいんだけどさ?」

「「?」」

「フィーナって本当は何歳なの?」

「っ!?」

「ルーク!」


非常に失礼な質問だったせいで、ティナからお叱りを受けてしまう。だが夫婦なんだから勘弁して貰おう。


「カレンが500歳位って言ってたけど、ティナの両親の師匠なんだよな?」

「え、えぇ。」

「でもあの2人って約600歳でしょ?100歳も下で師匠っておかしくない?」

「言われてみると・・・」

「・・・・・。」


フィーナが無言だったのは、てっきりフィーナが鯖を読んでいるからだと思い込んでいた。それはオレだけじゃない。ティナもそうだったのだ。この時しっかりと追求していれば、動揺する事は無かったはずなのに・・・。





この時フィーナは考え事の最中だった。


(エレナとアスコットが600歳?あの2人は精々400歳のはずだけど・・・何の為に嘘を?いえ、そもそも誰の情報かしら?やはりティナよね?それなら娘に嘘を吐かなければならないような、重大な秘密がある?・・・年齢に?)


200歳も鯖を読む理由に心当たりは無い。だからこそ必死にその理由を推測してみるが、どれだけ考えても答えなど出なかった。何故なら、フィーナが知るのは幼少期の2人のみ。袂を分かってからの事はほとんど知らない。冒険者ギルド本部長として活躍の噂は耳にしていたが、プライベートまでは知る由も無かったのである。


(200歳と言えば、エレナとアスコットにはそれぞれ200歳上の兄と姉がいたわね。あの2人も夫婦だったはず。・・・考え過ぎね。)


フィーナの推測は的を得ていたのだが、何の根拠も無い只の推論。だからこそ、迂闊に話す訳にはいかなかった。他所様の家庭を掻き回す程、常識知らずではないのだから。



だんまりを決め込んだフィーナに、ティナとルークは視線を合わせて首を傾げる。この時2人もまた、フィーナと似たような事を考えていた。


(200歳位、鯖を読んでるのか?)

(そんなにルークとの年齢差を気にしているのでしょうか?)



見当違いも甚だしいとはこの事である。些細な事であればある程、言葉にしなければ伝わらないという良い例だろう。どう声を掛けるべきか迷っていた2人だったが、学園長の姿を捉えて思考を中断する。それはフィーナも同じであった。何故なら、あまりにも予想外の光景だったから・・・。



「ねぇ、あれって・・・」

「・・・寝てますね。」

「・・・寝てるな。」



這い上がろうと、必死にもがく姿を想像していた。否、期待していた。しかし肝心の当人は、器用にも仰向けで水面に浮かび、穏やかな寝顔を見せていたのだ。これには流石のティナも頭を抱える。



放置しようとする2人をティナが必死に説得し、何とか助け出された学園長の弁明がコチラである。



「頑張ったら戻れるかと思い、流れに逆らって泳いでおったら・・・疲れて眠ってしまったのじゃ!あははははっ!!」

「横に泳げば良かったのでは?」

「・・・・・あっ!!」

「「「・・・・・。」」」



学園長の馬鹿さ加減を再認識した3人なのであった。




その後の説明をしておくと、岸に上がった4人は精神的疲労から野営をする事にした。翌朝ルークの転移魔法で落水現場へと戻り、移動を再開したのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る