第223話 ルークの過去4

一通り知りたい事が聞けたアークが立ち上がる。そんなアークに一瞬遅れてエールラも立ち上がる。


「大体知れたし、オレ達もそろそろ・・・いや、エールラ。先に戻っていろ。」

「え?な、何故ですか!?」

「この後、この2人と模擬戦をする。ここに来た時は相手して貰ってるんだ。」

「では私は見学しております。」

「あのなぁ・・・いいから帰れ。これは命令だ。」

「承服出来ません!」


どういう訳か、全く従おうとしないエールラを不審に思ったアークが首を傾げる。


「一体どうしたって言うんだ?何が気になる?」

「・・・アーク様がこの方々に拘る理由が知りたいのです。」

「そういう事か。いいか?ここは何の力も持たない者達が住まう、最弱の世界だ。そんな世界にあって、神にも届き得る技を持つのが神崎だな?そんな者達が他の世界に生まれ変わったら・・・どうだ?」

「アーク様はお2人を転生させるおつもりなのですか!?」

「「っ!?」」


エールラの叫びに驚いたのは幸之進と静。まさかの展開に、人生経験豊富な2人が驚くのも無理はなかった。


「どうにもオレは心配性でな。秀一の事が信じ切れてないんだよ。その点、この2人なら問題は無い。万が一の時を考えた保険ってヤツだ。それに、手の内をホイホイ見せる程、2人が馬鹿じゃないのはわかるだろ?」

「それは・・・・・わかりました。例の部屋でお待ちします。」

「それでいい。悪いな。」


不満そうなエールラだったが、渋々といった感じで転移する。溜息を吐くアークに、今度は2人が問い掛ける。


「どういう事だ?」

「アタシらの言葉が信じられないと?」

「いや、秀一が歴代最強ってのは信じる。2人を転生させるのも、出来ればの話だ。戦力は多い方がいいからな。」

「一体何と戦おうって言うんだい?」

「・・・化け物さ。別に戦力が足りてない訳じゃない。2人に頼みたいのは、オレを裏切らないでくれって事さ。その条件さえ飲めるなら、自由にして貰って構わない。」


アークが齎す好条件に、2人が顔を見合わせる。


「裏切る?・・・う〜む。」

「考えておくよ。」

「それでいい。」


検討する。そう答えた2人の答えに、満足気に頷くアーク。実は何度も持ち掛けていた話だったのである。その度に一蹴してきた2人の反応が変わった。今はそれだけで充分だったのだ。


「で?あのお嬢ちゃんに聞かれたくない話でもあるんだろ?」

「態々模擬戦なんて嘘まで吐くぐらいだからね。」

「まぁな。」


何としてもエールラを帰したかったアークは、訪れる度に模擬戦を行っていると嘘を吐いた。嘘を吐いてまで聞かれたくない話とは一体何なのか。気になった2人は否定も肯定もしなかったのである。


「で、何なんだい?年を取ると気が短くなるんだよ。」

「若い頃からだったと思うが・・・」

「何か言ったかい!?」

「まぁまぁ2人とも。オレの要件は刀の事だ。『雲雀殺し』と『深雪』だったか?すぐに見せてくれ。」

「「?」」


刀の事とあって、喧嘩しそうだった2人がアークに視線を移す。


「出来れば回収したかったんだが、生憎と今回それは出来なくてな・・・奪われる前に封印しておきたい。」

「奪われるって、あの2振りの事はアタシらとアンタらしか知らないよ?」

「まさか・・・」

「いや、エールラは信頼出来る。だが、情報なんてものはバレるもんだ。隠そうとすればする程にな。」

「確かにねぇ・・・少し待ってな。持って来てやるよ。」


アークの言葉に心当たりでもあったのか、納得した様子の静が部屋を後にした。残された幸之進とアークは話を続ける。


「しかし、一体どういう心境の変化だ?」

「ん?転生の話か?・・・別に深い意味は無い。ただ、雪ちゃんが元気だと知れたからな。会えるなら、会いたいと思うのは仕方のない事だろ?」

「まぁ、な。」

「もっとも、儂らの興味は化け物の方にある。武を嗜む者にとって、壁は高い程良いからな。」

「戦闘狂め・・・。」


この時代において希少となった格闘馬鹿に、アークは呆れの視線を向ける。


「と、ここまでが建前だ。あのババアにとっては本音だろうがな。」

「アンタの本音は?」

「・・・神ってのは美女揃いなんだろ?」

「は?・・・・・あぁ。美女って点では、エルフ族もいるな。雪って女性も今はそうだ。」

「エ、エルフだと!?あの貧乳の!!ゆ、雪ちゃんが貧乳・・・」

「い、いや・・・それは個性だ。」

「なんと!で、では・・・巨乳のエルフもいるんだな!?」

「・・・あぁ。」


妻帯者である以上、幸之進の気持ちが理解出来ない訳ではない。だがそれは半分にも満たない事はアーク自身が理解していた。


「何故そこまで美女に拘る?共に転生するのだから、また婆さんと一緒になるんじゃないのか?永遠を誓い合った仲だろ?」

「儂が誓い合った永遠とは今世の話だ。来世の事までは知らん!わかるか!?風呂上がりに垂れ下がった乳を肩に掛ける姿を毎晩見せられる儂の気持ちが!もうシワシワを見るのは耐えられんのだ!!ピチピチのお肌が恋しくて堪らないんだよ!」

「・・・・・」


ーースパーン!


開いた口の塞がらないアークが絶句していると、会話が聞こえたのだろう。静が抜刀術ならぬ抜スリッパ術で、幸之進の後頭部を一閃した。


「ギャフン!」

「シワシワで悪かったね!このスケベジジイが!!」

「何するんだ!このクソババア!!」

「プロポーズの時、『生まれ変わっても一緒になろう』って言ったのを忘れたのかい!?」

「うっ!」

「アンタみたいなケダモノ、解き放つ程馬鹿じゃないよ!逃さないから覚悟しな!!」

「そ、そんなっ!!」


何だかんだと愛されている幸之進なのだが、本人は全く自覚していない。怒り心頭の静を止めようと思ったアークだったが、テーブルの上に置かれた2振りの日本刀に気付き手に取ってみる。


「こ、これは・・・」

「ん?あぁ、アンタが手に取ってるのが雲雀殺しさ。」

「この刀は悲しみが込められてるな。確かに妖刀だ。しかし問題なのはもう1振りの方か・・・。」

「悪いが『深雪』の刀身は儂らに見せないでくれ。正気を保つ自信が無いからな。」

「あぁ。見ただけでわかった。この刀に込められた深い悲しみは、『雲雀殺し』の比じゃねぇ。深雪って銘も頷ける。しかもご丁寧に、神への恨みも込められてるな。」

「妖刀は人を魅了するせいか、まず出回らないもんでね。アタシらも初めて見たんだよ。」


妖刀は人の心を捉えて離さない。それ故、手放す者がいないのだ。だからこそ、静であっても目にする事はおろか、所在を特定する事すら難しかった。


「『深雪』を抜いたババアは、突然儂に斬り掛かって来た。あの時は流石に死ぬかと思ったよ。」

「あの時殺せなかった事が悔やまれるよ。」

「何だと!表へ出ろ!!今日こそ引導を渡してやる!」

「上等だよ!世の女性達の為にも、アンタより先に死ぬ訳にはいかないんだ。文字通り返り討ちにしてやるさ!!」


またしても表へと飛び出して行った2人を見送りアークが呟いた。


「人選やり直すか?・・・選ぶ者がいないんだよな。それよりもこの刀。間違い無く『神殺し』だな。まさか魔力も無いこの世界で産み出されるとは、早めに秀一を引き込んでおいて良かった。・・・天才、か。」


通常、上級下級に関わらず神は神力で強化されている。半端な武器や魔道具であれば、防ぐ事は容易い。そんな神族に対して効果を発揮するのが『神殺し』である。


地球産の日本刀はオリハルコンやアダマンタイトのようなファンタジー金属とは異なり、強度に関しては比較にならない程に脆い。脆いのだが、その切れ味は驚異である。



そんな『雲雀殺し』と『深雪』の封印を終えると、タイミング良く2人が戻って来る。


「戻って来たか。どうやらお互いに終わったようだな?」

「お互いに?」

「封印とやらの事だろ?意外と時間が掛かるもんなんだねぇ。」


特別な力でパパっと終わらせる。静はそんなイメージを持っていたのだろう。少しだけカチンと来たアークは、疑問に思っていた事を聞く事にした。


「2人は何で得物が逆なんだ?お互いに得意なもんを使えば、もっと早くに決着がつくだろ?」

「そんなのは決まってるじゃないか。」

「本当に殺さないように、さ。」


確かに決着はつくのだが、その場合はどちらかが死ぬ。流石に痴話喧嘩が殺人に発展してはマズイのだ。そんな答えに納得したのか、アークは話題を変える。


「この2振りも含め、全ての刀は2人の転生に合わせて回収する。」

「まだするとは言ってないよ!」

「いいや、するさ。出来る限り条件を呑むつもりだしな。それまではオレ達3人しか触れる事が出来ないようにしておいた。」

「・・・まぁ、数日中には決めておくよ。」


静の答えを聞き、ニヤリと笑みを浮かべてから立ち上がったアーク。そのまま部屋を後にしようとして、ふと立ち止まった。


「あぁ、そうだ・・・いい返事が聞けるものと期待して、オレからの選別だ。」

「「?」」

「雪という女性の死因。病死には違いないんだが・・・回収した遺体から毒物が検出されたぞ?」

「「何!?」」


衝撃の内容に、疲れているはずの2人が勢い良く立ち上がる。実はエールラに聞かれたくなかったのがこの話。良くも悪くもエールラは真っ直ぐなのだ。秀一と雪の悲恋に感情移入した彼女が知れば、当然怒り狂うだろう。アークとしては、そんなエールラを見たくなかったのだ。


「本来、60歳までは生きられるはずだったんだ。秀一の転生も、寿命を待つつもりだったしな。」

「どういう事だ!」

「異世界の時間にして約200年。あの女性は誰とも結ばれる事無く独りだった。記憶は無いはずだってのに、何だか気の毒に思えてな・・・。」

「随分と優しいんだな?」


なんとも人間味溢れる答えに、幸之進が意外そうな顔をする。真偽の程は不明だが、一先ず納得の行く答えが聞けた。そうなればさっさと次の疑問である。


「ゆ、雪ちゃんの体から毒っていうのは何だい!?」

「それは自分達で調べないと納得出来ないだろ?まぁ、服用していた薬を作った奴を洗ってみる事だ。それと、復習するならオレが来てからにしろよ?騒ぎにならないよう手を貸してやる。」

「「・・・・・。」」

「極々微量の毒だったが、病状を悪化させるには充分な量だ。健常者なら気付かないレベルだろう。秀一が務めてた病院、裏で神崎グループと繋がっててな。薬剤師は買収されてたんだろうさ。」


ほとんど答えを言っているようなものなのだが、アークはそう告げると部屋を後にした。数日中に起こるであろう騒動を見越して、準備に取り掛かる必要があるからだ。


本当は雪が亡くなった時点で把握していた事実。何故今になって打ち明けたのか。それは2人の気が変わるのを待っていたからに他ならない。



当然2人もその事に気付く。しかし例え誰かの掌の上で踊らされようとも、やるべき事は変わらないのだ。不信感を募らせつつも、アークの狙い通りに動く事で話がつく。




後日、90歳を過ぎた老夫婦による調査・報復が行われたが、その一件がお茶の間を騒がせる事は無かった。被害者と加害者、多くの人間がこの世から姿を消したと言うのに・・・。



こうして地球の神崎流は潰える事となる。敵方に引き込まれる事を危惧していた、最高神の目論見通りだったのか。その答えもまた、最高神だけが知っているのであった。

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