第184話 ライムダンジョン防衛戦5

アリド達に踊らされていた事を知ったルークの胸中は穏やかではない。何故もっと注意深く相手の事を観察しなかったのか。そう思えてならないのだ。


そんなのはどんな者にも不可能と言えるのだが、それで納得出来るものでもない。滅多に怒る事のないルークであるが、今回ばかりは我慢出来なかった。自分をハメたアリド達にではない。浅慮だった自分自身に対してである。


そんなルークの怒りは凄まじく、完全にブチ切れ状態に突入した。相手が豹変した事に気付いたアリドが息を呑む。


「?・・・っ!?」


何故なら、今まで感じられなかった殺気がルークから発せられているのだ。正真正銘の本気である。



無論、今まで手を抜いていた訳ではない。ルーク自身も本気で闘ってはいたのだ。しかし、ここで言う本気とはそう言う意味ではない。相手の命を奪う為だけに、持てる技を使う覚悟を決めたのである。


完全に気圧されたアリドは、冷静さを欠いて飛びかかる。恐怖によるパニック状態である。


ーー ヒュッ!


アリド渾身の右ストレートを躱しながら、右腕を取って1本背負い。そのまま地面に叩き付けるのではなく、無防備な頭部へ向けてローキックを繰り出した。


ーー ゴキッ!!


アリドの首から、聞こえてはならない音が鳴り響く。首の骨が折れた音である。


ーー ドサッ!


そのまま地面に落ちたアリドに向けて、ルークが技の名を告げる。


「神崎流無刀術、紫電。」



普通であれば即死である。一体誰に向かって言っているのだと突っ込む所だが、今のアリドは違う。すぐに起き上がり、ルークに向かって構える。


「な、何なのよ!?女性に対して使うような技じゃないでしょ!!」

「オレは男女差別しない主義でね。まぁ、そんなくだらない事はどうでもいい。・・・さっさと死ね。」

「ひっ!?」


最早どちらが悪党かわからない。感情が込められていない、淡々と告げられるルークの言葉に悲鳴を上げるアリド。だが彼女も只者ではない。相手に呑まれてはならないと、敢えて自分から攻撃に出る。


今度は得意の足技。最初に見せた連続蹴りを繰り出した。しかしルークは1度この技を目にしている。当然対処は考えられており、アリドの足が腹部に達した段階で掴み取ってしまう。


そして飛び上がりながら、掴んだアリドの右足に自身の左足を上から絡ませる。そして右足はアリドの顔面に向けてのかかと落とし。


足を取られている為、回避は出来ない。アリドは両腕を交差させて右足を受け止めるが、この時点でアリドの右足はルークの両足によって極められてしまう。そしてルークの体重を支えられる訳でもなく、アリドの体勢が崩れる。地面に倒れ込んだ瞬間、ルークは両足に力を込めた。


ーー ボキッ!


「くぅ!!」


今回は回復する事が出来ず、痛みに悶たアリドが声を上げる。そしてご丁寧に、またしてもルークが技の名を告げる。


「神崎流無刀術、破山。」


何故回復出来ないのかと言えば、今もルークの両足はアリドの右足を折り続けているのだ。堪らずに足を引き抜こうとしたアリドであったが、いつの間にかルークの脇に抱え込まれていて抜く事が出来ない。


ならばと我武者羅に左足を繰り出し、ルークに攻撃を行う。受けた所で大したダメージにもならないのだが、このままでは決着がつかないと思い拘束を解く。そしてアリドの攻撃を回避するように飛び上がって距離をとる。



一方のアリドはと言うと、解放された瞬間に回復したのだが、されるがままの状況をどうにかする為ゆっくりと立ち上がる。考える時間を稼いでいたのだ。


(打撃と組技が一体化って、一体どんな流派よ!それよりも、近付くのは一瞬だけ。連続攻撃は掴まれる危険が高まるからダメね・・・それに見たトコ『待ち』の流派っぽいし。)



アリドの作戦はヒットアンドアウェイ。1撃放って距離を取るという、単調な攻撃である。その分相手に詠まれ易いのだが、他に手段が無いのだ。


更には、相手の攻撃に合わせる技が主体の流派のようだ。ならば下手に仕掛けるよりも、様子を見ていた方が時間は稼げる。そう考えたアリドであった。しかしそれは些か性急と言わざるを得ない。たった2つの技を見ただけで見切れる程、ルークの流派は単純ではない。


一向に動く気配の無いアリドに、今度はルークが詰め寄った。完全にアテが外れたアリドだが、繰り出された右のハイキックを前かがみに回避する。その視線の先には、いつの間にか迫り来る左足があった。


ーー ゴッ!

「っ!?」


当然仰け反るように回避するが、後頭部に衝撃を受けて一瞬思考が飛ぶ。通り過ぎたはずの右足が戻って来たのだ。完全に不意を突かれた事で、無防備なまま後頭部に踵の一撃を受けたのである。意識を失わなかっただけでも褒めるべきだろう。



「今のは双燕って言うんだが、そんなに大した技じゃない。」


そう告げるルークの言葉には意味がある。ルークは途中でやめてしまったが、実は双燕は繋ぎの技なのだ。自由に空を飛び交う2羽の燕。本来であれば攻撃を回避された段階で、どちらかの足を絡める技へと移行する。アリドには当たってしまった為、そこでやめたに過ぎないのだ。



「貴方・・・手加減していたわね!?」

「手加減していたつもりはないが、人を殺す技を使おうと思っていなかったのは事実だな。」

「そう。(そんな事より、今はどうやって引き留めるかよ。能力を使うしかないかしら・・・)」


アリドが禁呪を使った理由は、時間を稼ぐ目的があった。万が一カレンが相手でも、死ななければどうとでもなる。しかしもう一方で、能力を使えない理由も存在したのだ。


当然アリドの能力にも制約はある。それも妹達のように、工夫次第でどうにか出来る程生易しいものではない。しかしこのままでは作戦に支障を来す恐れがある以上、躊躇してもいられない。


本来であれば、決して使いたくはなかった能力。それは姉妹の中でも最も強力であり、且つ全員から恐れられていた。それは制約の大きさよりも、その惨状によるものなのだが・・・。



決意の固まったアリドの表情が引き締まる。それを察知したルークが警戒を顕にするのだが、時既に遅し。アリドは禁呪を使ったままで、能力を使用したのだ。


「っ!?な〜ん〜だ〜こ〜れ〜は〜?」

「わ〜た〜し〜の〜の〜う〜りょ〜く〜よ〜!」



グダグダになりそうなので、アリドに代わって説明する。アリドの能力は、『一定の範囲内にある物体の時間を10分の1の遅さにしてしまう』というものである。しかも思考は通常の速度で。慣れているアリドとは違い、心と体のちぐはぐさにルークは動揺する。喜劇でもみているかのように、体だけがスローモーションなのだ。


そして何より恥ずかしい。穴があったら入りたいレベルで、自らの発言が間抜けに思えた。それはアリドも同じだったのだが。



この能力の恐ろしい所は、思考だけは通常の速度であるという点にある。考えるだけなら良いのだが、動揺とは体に現れるものなのだ。つまり動揺すればする程、ルークは無駄な動きをする事になる。


「い〜く〜わ〜よ〜!」


アリドは誰よりもそれを熟知している為、無駄な思考は一切しない。いや、動作の妨げとなる思考を行わないのだ。そして、ルークが無駄な動きをしている間に距離を詰める。当然傍から見たらスローモーションで。


ルークが無駄な動きを繰り返している間に、渾身の右ストレートが炸裂する。無防備な状態で受け、そのまま吹き飛ばされるルーク。体が宙に舞い、5メートル程進んだ状態で防御の姿勢を取り始める。既に手遅れなのだが。


この時のルークは、人生で1番のパニック状態であった。




(ヤバイ、来る!って、体が遅い!!痛っ!?・・・殴られた衝撃で一瞬思考が飛んだのか!?ってアレ?まだ吹き飛んでる最中じゃねぇか!なら受け身を!!・・・ってオイ!何で今頃防御してんだよ!!いや、それより受け身を、って受け身取ってたのにもう1回受け身を取っちまったよ!!2回もしなくていいから!あぁぁぁ、どうすりゃいいんだよぉぉぉ!!)


ーー ルークの思考より一部抜粋



人とは常に考える生き物である。アリドの能力に対処する為には、行動の節目節目で無心になる必要があるのだが・・・すぐに出来る訳がない。


無心で1秒待つのと10秒待つのでは、その難易度は格段に違う。ましてや戦闘中なのだから、冷静に対処する余裕など無い。余りにも一方的な展開に、所々で回復魔法を使用するのが精一杯であった。



一方のアリドは、と言うと。


(次はガラ空きの胴体に蹴りかな。初見さんには最強の能力だけど、傍から見られるのは死ぬ程恥ずかしいのよねぇ・・・何だか間抜けだし?1日に1回しか使えないから勿体ないのもあるけど。あ、動作が終わった!じゃあ次は、下がった頭に膝蹴りかしら?えい!あ〜あ、オリド達、早く終わらせてくれないかしら・・・)



1つの動作から次の動作に移るまでの間、考える事だけに集中していた。言ってしまえば、上手く暇を潰しているのである。1日1回しか使えない能力だが、彼女は毎晩練る前に練習していたのだ。それを数百年単位で繰り返せば、その熟練度は相当なものである。




妹達にも練習に付き合わせようとしたのだが、余りの恥ずかしさから拒まれたのはここだけの話。

何が悲しくて、毎晩姉妹でコントをしなければならないのか。そんな風に思われていた。


一方的に蹂躙される側からする側へ回り、身を挺して妹達が目的を達する時間を稼ぐ。正に姉の鑑なのだが、微妙に恵まれないアリドなのだった。

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