第183話 ライムダンジョン防衛戦4

(確かにスピードはかなりのもんだが、慣れない力を実戦で使ってるせいだろうな。狙いがバレバレなんだよ。)


スピードもパワーも上昇したアリドであるが、動きやクセが変化した訳ではない。たっぷりと時間を掛けて観察した甲斐あって、攻撃する瞬間だけは視認出来ていた。そこから繰り出される攻撃が単調なものであれば、予測するのは容易い。


これは野球と同じ原理だろう。極端な話、ピッチャーがボールを投げた瞬間にはバッドを振り始めなければならない。相手の球速が速ければ速い程、バッターの予測に対する比重も増す。ボールをしっかりと捉えて、どんな球種か判断した上でバッドを振る選手がいたら、それは化物である。


だからこそ、鋭い変化球を空振りしたりするのだ。バッターの予測を超えるからこそ対応出来ない。野球に様々な変化球が存在するのは、そういった理由からだろう。


これはどのようなスポーツにも当てはまる。そして格闘技等の武術にも。勿論プロや達人であれば、その動体視力は凄まじい。しかし相手も達人であれば、やはり全てを視認するのは難しいのだ。そうなれば相手の動きや過去の経験から予測するしかない。つまりルークが対応出来ているのは、観察によって得られた経験による予測があるからなのだ。



そして当然、アリドがフェイント等を使い始めれば一気に不利となる。今までと同じならば・・・。


(禁呪って割に、随分ショボいと感じるのはオレだけか?しかも直接攻撃ばっかだし、魔法が使えない?いや、禁呪を使えたんだから・・・燃費が悪いのか?)


ルークの読みは当たっていた。アリドが使った禁呪の効果は、周辺から生命力を吸い取るというもの。その効果は絶大なのだが、維持する為には膨大な魔力を消費し続けなければならない。別に他の魔法が使えない訳でもないが、より長く禁呪を維持する為には無駄撃ちを避ける必要があった。


「逃げてばかりでどうするの?」

「そうだな・・・じゃあそろそろ反撃するとしようか!」


アリドに指摘されたから、という訳でもないがルークは考えるフリをする。すこしだけ待ってから反撃すると宣言し、アリドに向かって駆け出す。


先程までとは立場が逆転し、ルークがパンチやキックを連続で放つ。が、圧倒的スピードのアリドには1発も当たらない。それが嬉しかったのだろう。アリドが笑みを浮かべながら煽る。


「ほらほら、どうしたの!?全然当たらないじゃないの!」

「まだ本気じゃないからな。」

「え?っ!?」


ハッタリ、とは思えないアリドが距離を取る。直後、ルークから発せられる威圧感が増したのだ。ここまでの間、ルークは手加減していない。しかし当人の言葉通り、本気という訳でもなかった。魔力による身体強化まで使っていたのだが、それでも100パーセントではない。


相手が慣れない禁術を使うのであれば、こちらもぶっつけ本番の思い付きで行動してやろうという訳である。驚くべき事に、魔力に加えて神気による身体強化を重ね掛けしたのだ。これにより、ルークの身体能力はアリドを上回る。


元々フェミニストでもないルークは、先程までと同様に連続攻撃を繰り出す。1発も防ぐ事の出来ないアリドは最早、人間サンドバッグと化していた。1分に渡る猛攻の中、不意に目が合ったアリドに寒気を感じたルークの動きが止まる。


「手応えありまくりだったんだが・・・何故無傷なんだ?」

「だから言ったじゃない?周囲の生命力を吸い取るって。」

「・・・まさか!?」

「そう、この術が続く限り・・・私は死なないの。どんな傷も、受けた瞬間元通り。」

「な、何て出鱈目な術だよ!」


これには圧倒的優位に立ったルークも頭を抱える。勝てない。負ける事は無いが、勝つ事が出来ない。いや、アリドの禁術が切れるまで優位を保つ事が出来るのなら、いつかは勝てる。しかしルークの体力や魔力も無限ではない。アリドより先に力尽きる可能性もある。


「それにしても貴方の攻撃、凄く感じちゃったわぁ!病みつきになりそう!!」

「ひぃっ!」


アリドの危険な発言に、ルークが悲鳴を上げる。変態さんに狙われるのだけは避けたいのだ。



「でもね?吸い取る生命力が無くなれば、この術はそこで終わり。私の魔力が尽きてもね。」

「先に尽きるのはどっちだ?」

「う〜ん、魔力の方かしら?あと2時間位ね。」

「に、にじ・・・」


アリドの告げた残り時間に、復唱仕掛けてやめる。アリドの言葉に絶望しかけたが、それが真実とは限らない。このまま致命傷を与え続ければ、先に生命力が品切れとなる可能性だってあるのだ。


「ちなみに説明すると、基本的にこの術で死者が出る事は無いわ。」

「基本的に?」

「そう、基本的に。吸い取る生命力が無くなると、吸い取れるだけ吸い取り始めるの。そうなれば死ぬわ。何の罪も無い大勢が死ぬとわかっていて、それでも攻撃を続けられるかしら?」


王都の民衆を人質にしていると告げ、アリドがルークの良心に訴えかける。ルークとしては、生命力を吸収すると知った時点で考えていた。しかし聞かなかったのには訳がある。


「あ〜、別にオレと無関係の者がどれだけ死のうと、オレの知ったこっちゃない。」

「・・・どちらが悪党か疑わしい発言ね。」


ルークの本心からの呟きにアリドが呆れる。別に進んで命を奪おうとは思っていないが、原因はアリドであって自分ではないのだ。そんな事で躊躇っては、大切な者達に危険が及ぶかもしれない。その事を誰よりも理解しているからこその発言であった。



「背中の傷は武士の恥・・・って、オレは武士じゃないんだよな。敵前逃亡は格好悪い、とか思う訳でもないし。そもそもの目的は勝つ事じゃなくて、目的の阻止なんだよな。なら先に2人の下へ向かうべきか。」

「何をブツブツ言ってるの?」


このままアリドの相手をしては思うツボ。そう考えたルークは作戦を練るが、どうやら独り言を呟いていたらしい。上手く聞き取れなかったアリドが問い掛けると、作戦の決まったルークが答える。


「決めた、逃げるわ!じゃあな!!」

「・・・・・は?ちょ、ちょっと!待ちなさい!!」


鳩が豆鉄砲を喰らったような様子のアリドだったが、すぐさまルークを呼び止める。しかし、待てと言われて待つ程のお人好しではない。脇目も振らずに城へとダッシュするルークに、アリドは憤慨しながらも後を追い掛ける。


「信じらんない!どんな神経してるのよ!!」


アリドの予想でも、2時間後にはルークの勝ちであった。そんな状況であれば、まずは確実な1勝を取るだろう。態々形勢が逆転するであろう3対1に持ち込む思考など、どう考えてもまともではない。


しかし今は、変人を理解しようとしている場合ではない。追い掛けなければ、ウリドとオリドが危ないのだ。一瞬で思考を切り替えたアリドは、全力でルークの後を追う。現状ではルークの方が速いはずなのだが、道のわからないルークとの距離を徐々に詰めていた。



(やっぱり追い掛ける方が有利だよな。それよりも、禁呪が解けないのは誤算だった。てっきりあの場を離れたら効果が無くなると思ってたんだが・・・。)


禁呪を使った地点を中心として敷設する、結界のようなものを想像していたルークだったが、どうやらかなり自由に動き回れるらしい。ならば作戦の修正が必要となる。アリドとの距離を確認しつつ、どうすべきか考えるのだった。



しかし実のところ、禁呪の件はそれ程深刻でもない。解けたらいいな、程度のものだったのだから。本当に深刻なのは、ウリドとオリドの居場所がわからない点にある。例え追い付かれても、今なら何とかあしらえる。しかし追い付かれるという事は、追い越される事をも意味している。


即ち、先に2人と合流される可能性が高いという事になる。高いと言ったのは、絶対ではないからだ。



アリドが何を考えて追い掛けて来ているのか、今のルークにはわからない。この先に2人がいるから必死なのか、2人から遠ざける意味でワザと追い掛けてるフリをしているのか。その判断がつかないのだから。


戦闘で決着がつかない以上、運の絡んだ駆け引きに出るしかなかったのである。そんな運任せの作戦ではあるが、追い付かれた段階で僅かでも情報を引き出そうとしている事にアリドは気付いていない。


何とか追い付いた事で、アリドの気が緩む。


「追い付いたわよ!2人の下へは行かせないんだから!!」

「へぇ・・・なら、道は合ってた訳だ?」

「っ!?(ヤラれた!!)」


ニヤリと笑みを浮かべながら呟いたルークの言葉に、自身の失言を悔いるアリド。冷静に考えてみれば、2人が向かった先は自分達しか知らないのである。偶々ルークの向かう先が2人の目的地だった事で、2人の位置を探る方法があると思い込んでしまっていた。


それは間違いではないのだが、何故かこの場所では機能しなかった。探知代わりに使用している鑑定魔法には、何の反応も返って来なかったのだから。


行き当たりバッタリの運任せな、作戦とは程遠い行動ではある。しかし一先ずルークは勝ったのだ。だが問題はこれからだろう。恐らくもう引っ掛けるような真似は通用しない。ならばどうするのか?それは真っ当に作戦を考え、純粋に勝利を手繰り寄せる以外に方法は無い。



(しかし思った以上に上手く行ったな。妹達に指示を出してたから優秀なのかと思ってたけど、案外抜けてる所もあるんじゃないか?妹の方が出来がいい、なんて話は良く聞・・・っ!?)


この時点で、ルークの頭をある仮説が過る。



今まで影すら見せなかった者達のリーダーが、こうもあっさりと引っ掛かるものなのか?そもそも何故『エリド村』なのか?『アリド村』ではない理由は何か?



リーダーシップを発揮していると思われるアリドの名前ではない理由。それは4女が最も優秀だから?だが姿を隠していた者達のリーダーが、態々名前を晒すだろうか?考えられる理由は無数にある。


エリドが最も不出来なのかもしれない。そう思えたらどんなに安心出来るだろう?だが、恐らくは違う気がする。何の根拠も無いが、そう思えてならなかった。


(だとすると・・・ある程度優秀な者が村を纏め、最も優秀な者が全体を統括していた?そこから導き出される結論は1つ。)


「エリドがサブリーダーで、本当のリーダーは・・・オリド?」

「あれ?気付いちゃった?案外鋭いんだね!」


結論を口にしたルークにアリドが驚く。


「なら初めからオレは騙されていたのか!?」

「誇っていいと思うわよ?絶対に気付かれないはずだったんだから。」




褒め称えるアリドだったが、素直に喜ぶ事の出来ないルーク。まんまと出し抜いたつもりが、初めから相手の掌の上だったのだから無理もない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る