第116話 ドワーフの国
お菓子作りの指導に終わった日から一夜明け、ルークとルビアはドワーフ族の国に来ていた。2人を送ってくれたカレンはすぐに城へと引き返した為、現在は2人きりで歩いている。
現在2人の目の前に広がっているのは、見渡す限りの岩山である。その中に、一際大きく口を開けた洞窟らしき穴が見える。この穴こそ、ドワーフの国への入り口であった。その穴の横には、何人もの警備兵らしき姿が見られる。
「ドワーフって、全員が鍛冶仕事をしてる訳じゃないんだね・・・。」
「当然でしょ?それだと国が滅びるわ。それよりも、怪しまれてるから早く行きましょ?」
ルークも少しならばファンタジーの知識を持っている。しかし、ドワーフとは全員が鍛冶師という偏った知識を持っていた為、兵士の姿をしたドワーフを目にして、つい本音を漏らしてしまう。
そんなルークの言葉に、ルビアは呆れながらも答える。そして兵士達が自分達を警戒している事を悟ると、ルークの手を引き歩き出した。そのまま兵士達の元に辿り着くと、1人の兵士が声を掛けてくる。
「身分証の提出をお願いします。」
「はい、どうぞ。」
ルビアが1枚の書状を手渡すのを見ながら、またしてもルークは変な事を考える。
(普通の言葉遣いなんだな・・・。せめて「身分証を出してくれ」とか言って欲しかった。)
当然、ファンタジー小説に登場するようなドワーフも存在はしているだろう。しかし、全員がそんな言葉遣いでは、不敬に当たる場合もあるのだ。態々波風を立てるような真似をするはずが無かった。ルークが偏った知識を修正していると、警備兵達が騒ぎ出す。
「フォレスタニア皇帝陛下にルビア王妃殿下!?」
「い、一体どのようなご用件でしょうか!?」
「お二方がいらっしゃるという話は聞いておりませんが・・・。」
「当然よ?連絡なんてしてないもの。今日はこの国の者に仕事を依頼しようと思って訪れただけだから、気を遣わないでちょうだい?」
「そうですか・・・ですが、国王陛下には報告させて頂いても宜しいでしょうか?」
ルビアが『どうする?』という視線をルークへと向けた為、仕方なくルークが答える。ここまで何も言わなかったのは、初めから皇帝として他国を訪問した経験が無い為である。口は災いの元だと理解しているので、出来る限りの発言を避けようとの考えであった。
勿論、ルークの性分というのもある。基本的に、目上の者には敬語を使ってしまうのだ。一国の主として相応しくないという意見もあるので、慣れるまでは口を開かない方が良いのだ。しかし、染み付いた言葉遣いという物は、簡単には変えられなかった。
「構いませんよ。ですが、あまり事を大きくしないで頂けると助かります。」
「は、はい!それでは、城へと報告して参りますので、詰所の中でお待ち下さい!!」
ルークとルビアは兵士達に案内され、洞窟の横にある詰所の一室へと入る。取り調べ室を想像していたルークであったが、その部屋は割と豪華な造りになっていた。おそらくは、急な来賓たちの控室として作られた物と理解出来る。
ルークと2人きりとなったルビアは、この機会に詳細を説明する。当然、ルークにくっつきながら。
「これからの事だけど、まず間違いなく国王陛下か王妃様と面会する事になるわ。仕事に関しては私が全部説明するけど、ルークには最後のひと押しをして欲しいの。」
「最後のひと押し?」
「地下農園で作られる物を使ったお菓子。それを王妃様に作って欲しいのよ。」
「は?何で王妃様に?国王陛下に酒でも送ればいいんじゃないの?」
「確かにドワーフ族の男性は酒好きだけど、大抵の国は女性の方が強いのよ。この国もそう。そしてドワーフ族の女性は、甘い物に目が無い事で有名なの。だから私は、ルークが作ったお菓子を使って、この国と取引しようと考えているわ。勿論、地下農園で作る予定の果物もそうね。」
ルークの知識では、ドワーフ族の男性は無類の酒好きとなっていた。しかし、女性に関する知識は皆無だった事に気が付く。そしてルビアの考えに対して、ある疑問を抱く。
「この国と取引って、先の話だよね?今回の地下農園は、目ぼしい職人に依頼するんじゃないの?」
「男性の方が強ければそれで済むんだけど、事はそう単純じゃないの。男性は脳筋だから二つ返事で受けるだろうけど、その分女性がしっかりしてるのよ。おまけに皇帝直々の仕事となれば、間違い無く王妃様に話が行くわ。近いと言っても他国での仕事でしょ?難色を示すのは当然なの。」
どの国も、男の扱いが酷いのは同じようだ。おまけにドワーフ族の男性は、あまり国外へ出る事が無いと聞いた覚えがある。簡単に考えていたが、中々に難しい依頼となりそうだ。
「昼間から酒ばかり飲んでる男達が他国へ行ったら、自国の恥を晒すような物でしょ?だから女性達は、男達を国外に出したくないと考えているのよ。」
難しさの意味が違ったぁ!そんな理由なの!?それはアレか?休日の昼間から酒を飲んでる父親を見て、娘が抱く感情と同じ物か?ほとんど酒を飲まないオレは、なんとなく理解出来る。しかし、ルビアの説明は、オレの質問に対する答えになっていない。
「だからそれは今後の話だよね?今回の依頼内容とは無関係でしょ?」
「あぁ・・・説明の仕方が悪かったのね。あのね?今回の依頼では、多くの男性と女性を引き抜く事になるのよ。地下に広大な農園を作って『はい、終わり!』じゃないの。」
「そうなの?」
「通常ならあり得ない空間を作るんだから、定期的に整備する必要があるみたいなの。当然1人2人じゃ無理。移住希望者を確保出来ればいいけど、おそらく難しいから・・・王命での斡旋となるでしょうね。当然そうなると、国としても利益を獲得しようとして来るわ。」
この世界は、都合のいいファンタジー世界では無いらしい。まぁ、それでも充分便利な世界なんだから、あまり文句は言えないか。
「なるほどねぇ。つまり、今回の依頼で今後の取引の話もする必要があるって事か。」
「そう言う事。だからルークには、日持ちするお菓子も作って欲しいの。出来る?」
「日持ちするお菓子かぁ・・・おっと、来たみたいだね?ギリギリまで考えてみるよ。」
ーーコンコン。
「失礼します!フォレスタニア皇帝陛下、ルビア王妃殿下。国王陛下並びに王妃殿下がお待ちです。城までご同行頂けますでしょうか?」
ルビアに考える旨を伝えると同時に、扉をノックして案内人らしき人物が声を掛けてくる。オレ達は国王との謁見を了承し、兵士達に連れられて詰所の外へ出る。
そこには豪華な馬車が用意されており、オレ達は乗り込んで王城へと揺られて行く。道中の窓から見える景色は、想像以上に不思議な物だった。地下鉄のトンネル程の大きさがある通路を抜けると、そこには広大な地下空間が広がっていた。
石造りの建物が並び、その奥には大きな王城が見える。それはまるで、洋画にでも出てきそうな幻想的な光景であった。横に座っているルビアも、その光景に見惚れている様子だ。
案内人から様々な説明を受けているうちに馬車は城へと到着し、オレ達は謁見の間へと案内される。と思っていたのだが、案内されたのは応接室らしき扉の前であった。不思議に思い、思わず声を上げてしまう。
「あれ?謁見の間じゃないの?」
「いえいえ。皇帝陛下と王妃様を無理にお連れしたのですから、謁見の間は使用致しません。こちらの部屋で、我が国の国王と王妃、第1王女がお待ちです。」
「そうなのね。あまり待たせても悪いし、早速案内して頂戴?」
「かしこまりました。それでは・・・フォレスタニア皇帝陛下、ルビア王妃殿下をお連れしました。」
「入りなさい!」
案内人が室内に向かって声を掛けると、中から女性が入室を促す声が聞こえた。扉が開かれ、中に入ると3人の男女が立っていた。
「ようこそドワーフの国へ。ワシが国王のルドルフ=バートンじゃ。」
「妻のサーシャです。こちらが娘のルーシャです。」
「初めまして、フォレスタニア皇帝陛下!ルビア王妃殿下も、ようこそお越し下さいました!!」
ドワーフという事で背は低いのだが、王妃も王女も美人である。もっとゴツい女性を想像していたのだが、どうやらオレの想像は間違いだらけだった。それよりも、国王を見てある人物を思い出す。
「ランドルフさん・・・?」
「「「「え?」」」」」
自己紹介も忘れて、オレはその人物の名を口にしてしまう。その名前に、オレ以外の4人が驚いた様子であった。当然ルビアだけは、何を言っているのかわからないという意味であるが。全員の様子に気付き、オレは慌てて自己紹介をする。
「あ、失礼しました!私はフォレスタニア帝国皇帝、ルーク=フォレスタニア。こちらが妻のルビアです。」
「ルーク?・・・ひょっとして、カイル王国でランドルフ兄さんが鍛冶を教えたという?」
「え?は、はい。カイル王国にあるエリド村の・・・兄さん?」
オレの名前を聞き、国王陛下がランドルフさんの名を口にする。そして国王陛下の呼び方を聞き、オレは再び驚いてしまう。事態が飲み込めず、全員が固まったままだったのだが、1人付いて行けないルビアが口を開く。
「あの・・・全員が世界一の鍛冶師と知り合いという事かしら?」
「え?えぇ、そうね。ランドルフ様は、国王陛下の兄に当たります。」
「国王陛下の兄さん!?ランドルフさん、王族だったの!?」
「手紙でしか知らんかったが、そうか、そなたが兄さんの・・・。すまんが、兄さんの作品を持ってはおらぬか?」
「作品ですか?えっと・・・ここに出しても?」
「出す?・・・おぉ!構わん!!」
武器を携帯する訳にもいかない為、全てアイテムボックスに収納していたのだが、許可を得て取り出す事にした。国王陛下もアイテムボックスに気付いたようだったので、何の問題も無いだろう。アイテムボックスは希少というだけで、ドワーフならば作れる者もいるはずである。
オレはエリド村で回収した武器から、長剣を1つ取り出して国王に手渡す。国王は長剣を鞘から抜くと、刀身を隅々まで見渡してから鞘に仕舞う。
「これは今まで見た兄さんの作品の中でも、極上の品。すまんが、これを譲って貰う事は出来ぬであろうか?無論、相応の代金は支払う。」
「それはランドルフさんの最後の作品ですから当然でしょうね。譲るのは構いませんが、理由をお聞きしても?」
「兄さんの武器は昔から人気でな。この国にも残ってはおらんのじゃよ。・・・最後とはどういう意味じゃ?」
うっかり口を滑らせてしまったので、村人と共に旅に出た事だけを説明して残りの武器も取り出した。オレ達の武器はオレが作る予定なので、全て渡してしまっても問題無いだろう。
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